自由になりたかった女


 彼が浮気していた。それは、仕事終わりに歩いていた時だった。彼が女と手を繋いで歩いていた。女は嬉しそうに笑い、彼も笑っている。私は心臓をバクバクとさせた。鉛のように重いなにかが私の動きを鈍らせる。私はよろよろと覚束無い足取りで、なんとか二人の後をつけた。二人は談笑しながら、ホテルに入っていった。私はその様子をカメラで撮影する。パシャリ。パシャリ。パシャリ。スマートフォンに映し出された二人の姿。彼らを切り取ってみると、なんだ、お似合いじゃないか。私は渇いた笑いが止まらなかった。






 私はコンビニに寄り、好きだったビールとつまみをいくつか買った。彼は酒を飲まない人だったので私もそれに合わせていたが、今はもう合わせる必要などない。私は少しばかり重くなったマイバックを手に家に帰る。

 家に帰り、ビールのプルタブを引く。プシュ、と小気味良い音が聞こえ、私はビールを喉に流す。芳醇な麦の匂いが鼻へ抜ける。アルコールの焼けるような感覚、そして炭酸の刺激。その全てが久しぶりであり、大好きだった。つまみのジャイアントコーンを何粒か口に入れ、ガリガリと咀嚼する。その塩気がビールをより引き立てる。私は再びビールを喉に流し込んだ。ぷは、と息を吐く。


「……美味しい」


 多分、ずっと飲みたかったんだろうな。私、何で我慢してたんだろ。気が付けば涙がポロポロと溢れて頬を濡らした。もう、我慢するのはナシだ。私の人生なんだから、好きに生きないと。






 ガヤガヤと賑やかなファミレス。彼に別れを告げると、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。要件は話したので私は席を立つ。


「ま、待ってくれよ!」


 彼は慌てたように言い、私を引き留めた。


「何?」

「いきなり別れるって何だよ?俺達仲良くやってたじゃないか!」

「仲良く?いいえ、ちっとも仲良くやっていたわけじゃないわ。私が友達と遊ぶと不機嫌になるし、ビールだって禁止するし、私はずっと窮屈だった。だから、もうやめるの」

「わ、分かった!友達と遊ぶのもビールもいいよ!許可するから!」

「許可するって何?何でアンタに許可をもらわないといけないの?」

「……ど、どうしたんだよいきなり……」

「私、目が覚めたの。じゃあね」


 私はお代を机に置いて立ち去る。私は解放感に満ち溢れていた。






 熱い。背後が、とても熱い。なんとか後ろを振り向くと、酷い顔をした彼がいた。


「え……?」

「俺から離れるなんて許さねえから」


 彼は何かを私の身体から引き抜いた。赤に塗れて光るそれは、包丁だ。どうやら私は背後から包丁で刺されたらしい。遅れて激痛に襲われる。私は地面に倒れ込んだ。鉄の匂いが強くなってゆく。まだ、まだやりたいことはたくさんあるのに。こんな、こんなところで、私――。


『次のニュースです。〇×県〇〇市の路上で市内に住む会社員の女性が背中を刺され死亡しているのを近所の住民が発見しました。事件に関与した疑いがあるとして、現場近くに住む会社員山田 太郎容疑者を殺人容疑で逮捕しました。警察によりますと、帰宅途中の女性を包丁のようなもので背後から刺し、殺害した疑いがもたれています。警察の調べに対し、別れを切り出されてカッとなってやった、と容疑を認めているということです』


Fin.

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