年の功
若い政治家は声を上げた。
「私は常々中高年と言われる方々に疑問を抱いてきました。年の功とは言いますが、中高年の皆さんは、ただ時間だけが過ぎるばかりで何の経験もなしに生きているわけではないと胸を張って言い切れますか?私は、歳を重ねるごとに知識や経験は増えていくべきだと考えています」
政治家の男の横には大きなスクリーンが設置されており、そこには『年の功試験プロジェクト』と書かれていた。彼の演説を何事かと聞く高齢者、スクリーンをぼうっと見る若者、彼の言葉に耳を傾ける主婦、人によって反応はそれぞれだ。彼は更に言葉を続ける。
「私が考えた『年の功試験プロジェクト』は、その年齢に応じた知識や体験を確かめるものです。年齢に応じたものであれば歳を重ね、基準に満たなければその年齢をもう一年重ねていただきます。尚、年の功試験の結果はマイナンバーに同期され、マイナンバーカードがあれば合否が分かるものとなっています」
この大胆な政策には批判が相次いだ。結局は学力が全てなのか、俺達国民をなめているのか、など。その多くは中高年から寄せられたものだった。その一方で、若い世代には賛成する者が多かった。これで老害が炙り出せるな、と半ば冗談のような言葉もネットの海に数多く投稿されていた。
賛否両論であったが、この政策は施行されることになった。また、この政策では高校生までは試験は免除されることとなった。
国民は一斉に試験を受けた。年代別にみると、中高年の多くは二十~四十代であるという結果が出た。若者の中でも、試験の対象の中で最年少である十九歳に該当する者が数多くいた。その結果は、働く者であれば企業と家庭、それ以外は家庭へ結果が通知された。
結果として、実年齢と同じ結果となった者は全人口の三割程度であった。その衝撃の事実は、各ニュース番組で取り上げられ、話題となった。
上司としてふんぞり返っていた中年の男性は三十歳という結果を受け、周囲に失笑され肩身の狭い思いをすることになる。美人で有能とされた女性は実年齢の十歳下である二十歳でありショックを受け退職。酒好きの男は知識不足で十九歳という結果になり酒が飲めなくなる、等人々に様々な影響を与えた。
歳を取るという当たり前のことに緊張感が生まれ、仕事に良い影響を与える場合もあれば、そうでない場合も出てくる。そして一番問題となったのが年金だった。実年齢で言えば年金を受け取れるはずが、試験に合格できずに年金を受け取れず、逆に保険料を払い続けなければならない高齢者が急増した。家を失い、露頭に迷い、役所に行っても『六十五歳以上ではないですよね』と門前払いされる。行き場がなくなり、自ら命を絶つ高齢者が増えた。
そういった実情を踏まえ、政府はお金と年齢を取引することにした。ある程度のお金を払えば実年齢に認定してもらえるというものだ。お金のある者はこれに飛びついた。しかし生活するだけで手一杯の者はそうはいかない。貧富の差が広まっていく。何故この政策を受け入れたのか、受け入れてしまったのか。怒り、悔やむ国民の目は、政策を提案した政治家へと向いた。一人の男が政治家目掛けて走り出す。その手には包丁を持って。
「お前が全ての悪だ!死ねえええ!!!!!」
しかし、食事をろくに取れなかった細い腕はセキュリティ・ポリスに呆気なく捕まってしまい彼の憎しみが届くことはなかった。
「……私がこの政策を推した時の選挙の投票率を覚えていますか?」
「はあ?」
政治家は取り押さえられている男に向かって問いかけた。男は政治家を睨みつける。
「四十パーセントです。残りの六割の国民は選挙に行かなかった。あれだけニュースで私の政策が取り上げられ、賛否両論と言われていたのに。自分の一票だけでは何も変わらないと諦めて何もしなかった。その結果がこれさ。恨むなら投票に行かなかった国民を恨むしかないね」
政治家はそう言い残して去って行った。
Fin.
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