サキと紘希

第4話 死神少女のいる生活

 目が覚めると太陽は天高く昇っていた。

 時刻は12時、お昼時だ。


 今日が日曜日でよかったと思いつつ、昨晩のことを思い出す。

 

 確か昨日は死神が出てきてそれで……

 

 うまく思い出せない。

 一体どんな眠り方をしたのだろう。

 床で寝ていたということは少なくともまともな眠り方をしていないことは確定した。


 記憶が欠落しているもどかしさを抱えながら、立ち上がり、あたりを見渡す。

 すると昨晩使用していないはずのベッドに誰かが寝ている。


 ……だんだん思い出してきたぞ。

 確か俺はこのベッドを我が物顔で占領している死神に死ぬほど殴られて気絶した。

 そのままこの時刻まで眠り込んでしまったらしい。


 俺はベッドに近づき、サキを見下ろす。

 美しいロングの銀髪に透き通るような白い肌、端正な顔立ちは職人が丹精込めて作り上げた人形のようだった。

 カーテンの隙間から差し込む光が一層サキの美しさを際立たせていた。

 

 思わず見とれてしまった。

 とても昨晩俺を殴り倒した凶暴な女には見えなかった。

 

 サキの美しさに引き込まれてまじまじと顔を見ていると、かすかにサキの目が開いた。


 「……ん」

 

 瞼が開いて覗いた赤い瞳は、最初はあたりを確認するようにきょろきょろと泳いでいたが、やがて俺の存在を確認すると、みるみるうちに目つきは鋭くなっていき


 「はぁっ!」


 傍らに立つ俺を蹴り飛ばした。



 「何か俺に言うことは」

 「は?いたいけな少女の寝込みを襲おうとして返り討ちにあった変態にかける言葉なんてないんだけど」


 タイミング的に昼飯となってしまった朝飯を食べながら、俺とサキは口論を繰り広げていた。

 ダイニングテーブルに向かい合って座っている。

 昨夜初めて出会った時とは違い言葉に感情が現れていることから察するに、キャラを取り繕うのはやめたのだろう。


 「だから、それは誤解だってば。俺は状況確認をしたかっただけだよ」

 「ふん、どうだか。本当は私の美貌に見とれてたんじゃないの」

 

 大体合っているから困る。

 実際こいつは黙っていればそこら辺の女優より数段可愛い。

 だが素直にほめるのは癪だ。

 だから俺はささやかな反撃を試みる。


 「その絶壁に欲情するわけ…」


 ガンッ!

 

 目の前にフォークが突き刺さった。

 サキも机の上に乗り出して目の前まで来ている。

 それ以上喋ったら殺すという確固たる意思が伝わってくる。


 「……ごめんなさい」


 俺が折れて謝ると、サキは何事もなかったかのように食事に戻った。


 実はサキの胸は絶壁というほど寂しいわけではないのだ。

 昨日はローブを羽織っていたのでよくわからなかったが、パッと見てもふくらみがあることが確認できる程度には発達している。

 それでもつつましいサイズなことに変わりはないのだが。


 失礼なことを考えていると察知したのか、サキがこちらを睨んできたので、俺は食事に集中することにした。


 殺伐とした雰囲気の食事を終え、俺とサキは一息ついていた。

 目の前のローブも鎌も身に着けていない少女は人間と言われても全く疑わないほどに死神の面影がなかった。

 そこで俺はあることに気づく。


 「そういえば昨日あれだけ鎌振り回してたのにどこも壊れてないな。どういうことだ?」


 俺の疑問にサキはめんどくさそうに答える。


 「あの鎌はね、霊力を実体化したものなの。だから物質は傷つけることはできない。その代わり魂と人体のつながりを断つことができるの。だからどこにも傷がついていないのよ」


 よく考えたらあれだけ長い得物を屋内で振り回すことは不可能だった。

 それもこの理由を聞いて納得した。

 しかし疑問はまだある。


 「その魂ってのがよくわかんないんだけど、それを刈り取るためには単純に俺を殺すだけじゃダメなのか?人間的には肉体が死んでも魂は生きるってイメージなんだけど」


 人魂とか幽霊とかはまだ生きている魂がさまよっているというイメージだ。


 それを聞いてサキはもっとめんどくさそうな顔をして説明をした。

 

 「私たち死神が求めている魂は和魂にぎたまっていう、言ってしまえば状態のいい魂のことよ。それに対して状態の悪い魂が荒魂あらたま。無理やり殺すと荒魂になって転生させてあげられなくなったり悪霊になったりいろいろ面倒なのよ。だから今の私の選択肢としてはなんとかしてあの守護の印を破るかアンタが寿命を迎えて死ぬのを待つしかないの」


 「普通に殺して済むならとっくに殺してるわよ」と付け加えてサキは説明を終えた。


 最後に一つ、俺はサキに質問をした。


 「これからお前はどうするんだ?死神界とやらに帰れないならどこに住む予定なんだ?」

 

 俺としては命を脅かす存在が勝手に野垂れ死にしてくれるのはありがたいことなのだが、今のサキはどこからどう見ても年が近い人間の少女だ。

 だからいくら死神と言えども何も聞かずに追い出すことははばかられた。


 質問を受けたサキはきょとんとした顔でこちらを見ていた。

 質問の意味が理解できないと顔に書いてある。


 「え、この家に住むつもりだけど。他に誰も住んでないみたいだし。私死神だから本当は食事とか睡眠とか必要ないんだけど、人間界にいる時は死神よりも人間に近い存在として存在しているの。だから人間と同じような生活を送らなきゃいけないの」


 「それでも人間よりだいぶ丈夫だけど」と得意げになっている。


 てか、え?こいつこの家に住むって言った?

 俺は命を狙ってくるやつと同居しなきゃいけないの?

 マジかよ……


 「それに、ターゲットのそばにいて隙を伺うのはあたりまえでしょ?」


 確かに理にかなっている。

 だがしかし、それだと俺の平和な生活が犠牲になる。

 それだけは避けたいと考えていたら、サキには伝わったらしく、とどめをさしてきた。


 「ねえ、アンタが意味もなく私を召喚しなければこんなことにはならなかったのよ?そこんとこわかってる?」


 ぐうの音もでない。


 俺は泣く泣くサキの同居を許可することにした。

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