第2話 やっぱり魂刈りますよね?

 突然目の前に女の子が現れた。

 見た目は高校生くらいだと思われるが、味方によってはもっと幼く見える。

 その子は背中に大きな鎌を背負い、裾が破けたような黒いローブを羽織っている。

 これぞ死神、というような恰好をしていた。

 フードを被っていて全貌は伺えないが、俺を見下ろす顔はとても冷たい表情をしており、深紅の瞳がこちらをじっと見つめていた。

 湯気越しに見る彼女はとても幻想的で、夢でも見ているような気分になった。

 

 驚いて声が出ない。

 目の前の子の恰好……やはり彼女は死神なのだろうか。


 どうにか情報を理解しようと脳をフル稼働させていると、女の子は口を開いてしゃべり始めた。


 「私は死神。依頼を受けてお前の命を奪いに来た」

 

 やはり目の前に現れた少女は死神だったようだ。

 というか今命を奪いに来たとか言ったよね?

 俺ここで死ぬかんじ?

 とりあえず弁解しなければ…


 「あ、ええっと…確かにあなたに依頼したのは僕です。でもその…大変申し上げにくいのですが…死にたくてお呼びしたわけではなくて本当に死神が実在するのか確かめたかったというか…興味本位でよんだだけというか……」


 何とか口を動かして意思を口にすることができた。

 はたして死神は許してくれるのだろうか…。

 

 恐る恐る目の前でたたずむ死神の方へ顔を向けた。

 そこにはこちらを見つめる怒気がこもって荒々しく光る真っ赤な瞳と怒りの表情が待ち受けていた。

 

 「興味があったからよんだ……?」

 死神は背中の鎌に手をかけて体の前で構えた。


 「ちょっと待って死神さん!話を、話を聞いてくれ!」


 俺の悲痛な叫びは彼女に届かなかったらしい。

 死神は鎌を頭上に構えて振り下ろす準備に入っている。


 「だー待って待って!用もないのによんだことは謝るから一回落ち着こうお嬢さん!!!」

 

 俺の必死の命乞いを無視して大鎌が振り下ろされた。

 

 あ、死んだな。

 

 そう悟った瞬間、思いっきり目をつぶって鎌が俺の首をはねるのに備えた。

 しかし、折れの首が飛ぶことはなかった。

 鎌が俺のもとまで来ないのだ。

 不思議に思い、恐る恐る目を開けて死神の様子をうかがってみると、大鎌を頭上に振り上げたまま赤面して固まっていた。

 心なしかプルプル震えているように見える。 

 透き通るように白かった肌が、今ではゆでだこのように真っ赤になっている。


 一体何があったのか、答えは俺の恰好にあった。

 彼女が俺の前に現れた場所は風呂だ。

 つまり俺は全裸なのだ。

 だから彼女の視界に我が息子が映り込むのは必然だったのだが……

 どうやらこの死神はそっち方面の耐性が無いらしい。

 少しやり取りをしているうちに立ち込めていた湯気が晴れたことで自分が知らない男の息子と対面していたことに気が付いたようだ

 

 見つめあったまましばらく沈黙が続く。

 

 「………やあ、こんにちは(裏声)」

 「いやああああああああ!!!!!」


 鎌は俺の股間目掛けて振り下ろされた。



 なんとか死神の攻撃をかわして自室まで戻ってきた。

 危なかった……危うく魂をとられなくても男として死ぬところだった。

 もっとも、初撃以外は目をつぶって力任せに鎌をふっていたので、避けるのはそこまで大変ではなかった。

 パンツを履くくらいの余裕はあった。

 息子に会わせたら何されるかわかったもんじゃないからな、面会謝絶にしておくべきだろう。


 しかしどうしたものか。

 まさか本当に死神が魂を狩りに来るとは。

 力ずくで帰ってもらうのは不可能っぽいし、そもそも俺が考えなしに呼び出してしまったことが原因なのだから、誠意を見せるべきだろう。

 やっぱり話し合うしかないか。


 話し合いで納得させて帰ってもらうという方針を固めたところで、死神がこの部屋まで追いついてきた。

 「……絶対殺す」

 

 あらやだ物騒。

 いや、死神だからこの発言は普通か。

 しかし先ほどまでとは違って殺意のこもった赤い瞳はしっかりとこちらをとらえている。

 もう空振りは期待できなそうだ。

 俺は説得を試みる。

 

 「まてまてまて。いったん落ち着いてくれ。ほら、ちゃんとパンツはいたから一回俺の話を聞いてくれ」


 先ほどより冷静さを取り戻していたのか、死神は俺の腰に布地を認めると鎌を背中に戻した。

 どうやら話くらいは聞いてくれそうだ。

 

 「まず、軽率に君をよんだことは謝る。すまなかった。」


 死神は表情を変えない。


 「俺は死ぬつもりはない。だから命は奪わないでもらえないだろうか」


 変わらず冷たい視線をこちらに向けている。


 「風呂で君と出会ってしまったのは……あれは不可抗力だ。電話の後にあれだけ時間がかかるなんてしらなかったんだ」


 死神は顔を伏せて耳まで真っ赤にしていた。

 なぜだろう、恥部をさらしたのは俺のはずなのに全く恥ずかしくない。

 

 今度は早く恥ずかしさから立ち直ったようで、死神は自分で顔をパンッと叩いてこちらを向いた。

 彼女の両頬はほんのり赤くなっていた。


 「電話からこちらに到着するまで時間がかかったのは人手不足で誰が向かうのかすぐに決まらなかったからだ。最近は自殺志願者が増えていてな、朝から晩まで大忙しなんだ。そんな中どうにか時間を割いて来てみれば面白半分で呼んだとか死ぬつもりはないとかぬかす上に裸体まで見せつけてくるし……」


 説明をしながらも死神の怒りのボルテージが上昇していく。

 これはまずいと瞬時に察知した俺は、彼女の話が終わる前に割り込むようにして謝罪する。


 「あー!そんな事情があったなんて、本当にすみませんでした!!」


 俺の勢い任せの謝罪と流れるように移行した土下座に面食らったのか、再燃していた死神の怒りは流れたようだ。

 気を取り直した死神は、説明を続けた。

 

 「いたずらで呼び出したことはもうよい。ところでお前、死ぬつもりはないといったな。残念だがその願いは叶えられない。一度死神と死の契約を交わした以上、お前に死ぬ以外の選択肢はない。自業自得だと思って観念することだ」


 突然の死刑宣告に頭の中が真っ白になった。

 何か達成したい大きな夢があったわけではない。

 俺が死んで悲しむ人も……いることはいるだろうが俺の死でその人の人生が大きく変わることはないだろう。

 それでも突然未来が奪われるというのはとてもショックだった。

 まだ高校生の俺にとって自分の死など縁遠いもので、深く考えたことはなかった。

 なんとなく適当な大学に進んで、会社に就職して、家を買って、結婚してもしかしたら子供までできて、年老いて人生を終える。

 ふわっとしているが、なんとなくこんな人生を送るだろうと想像していた。

 だがこの想像が現実になるかどうかは確かめることができないらしい。

 実感こそ湧かないが、形容しがたい恐怖に襲われた。


 「では、いくぞ。来世ではもっと注意深く生きるんだぞ」

 死神は申し訳程度に別れの言葉を告げると、無機質な表情のまま鎌を振りかぶった。


 逃げなければ。

 さっきとは違い、確実に死ぬ。

 そう頭ではわかっていても体は動かなかった。

 死神が鎌を振り上げる動作がスローモーションで見える。


 まて、本当に死神が来るなんて思わなかったんだ。

 一度呼び出したら死ななければならないことも、何もかも知らなかったんだ!


 胸中で惨めな言い訳を叫ぶが、声にならない。

 

 俺はこんなわけわかんない理由で死ぬのかよ


 絶望の中で取り返しのつかないことをしでかした自分を恨んだ。

 今更後悔したところで遅いのだが、後悔せずにはいられなかった。


 どうか、どうか来世では死神と出会わない人生が送れますように。


 勢いよく鎌が振り下ろされた――

 

 

 

 

 

 


 

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