第4話 吸血鬼
「ハクッ!」
「へー君、ハクって言うんだ。可愛い名前だね。この綺麗な銀髪が由来かな」
吸血鬼は嫌がるハクの髪を指先ですくい上げ、手触りを確かめるようにすいた。
ヨウだけが触れることのできる髪を他人にいじられている光景に、ヨウの頭にカッと血がのぼる。助けようと駆け出した足をハクが制止した。
「来ないで!」
ぴたりと足が止まる。このまま飛び込んだところで二人して捕まるだけだった。かといって今の状況を打開する方法は何も思いつかず、ヨウは唇を噛みしめ、吸血鬼を睨みつけることしかできなかった。
その様子を眺めていた男は、やれやれと盛大にため息をついた。
「あとちょっとだったのになぁ。まぁ子供一人捕まえられただけでも上々かな」
彼はヨウに見せつけるように、ハクの頬をなでた。激情が込み上げるが、安い挑発にのってはいけないとヨウはぐっと拳を握りしめた。
「……ハクをどうする気だ?」
「売るのさ。ワイルドタイプの人間を欲しがる吸血鬼はいくらでもいるからね」
「わいるど……?」
「この世の中の人間は二つに分けられる。君たちみたいに人間だけの共同体の中で生きるワイルドタイプ、そして吸血鬼の管理下で暮らすファームタイプだ。ワイルドタイプの血はね、農場産のものと較べて味が濃く舌触りがよくて、とても人気なんだよ。ハクちゃんならきっとどこでも人気者になれるさ」
農場と聞いて、吸血鬼たちが閉じ込められた人間にエサを与えている様子が頭に浮かぶ。
そんなところへハクが連れていかれると想像すればゾッとした。
「嫌だ……! そんなところにハクを連れていかせるもんか!」
「せっかく捕まえたのにやすやすと逃すわけないじゃないか。でもそうだね。僕はどっちかというと、銀色より黒色の方が好きなんだ。だから君がかわりについてきてくれるなら、ハクちゃんは解放してあげるよ」
「ヨウ、だめ……!」
ふるふるとハクが首を振った。もとから白い肌が、血の気がひいてさらに青白くなっている。
ヨウにとってハクと離れ離れになるのは、身を切られるようであった。
いつもの日常に戻れるなら、なんだって差し出す。でもそれが片方にしか叶わないなら。ハクだけでも帰れるなら。
ヨウは覚悟を決め、唇を引き締めた。
「分かった。ハクのかわりに行く。約束だぞ」
「もちろん。僕のところまで君の足でちゃんと来れたら、ね」
川に一歩踏み入れると水の冷たさに身が縮んだが、構わずにヨウは歩みを進める。
そして川を渡りきると、吸血鬼は満足げに笑った。
「本当にいい子だ。素直で――疑うことを知らない」
嫌な予感がしたのと背後に気配を感じたのは同時のことだった。あっと思った時には脇腹をつかまれ、足が地面から離れた。
――二人目ッ!?
いつの間に後にいたもう一人の吸血鬼に軽々と持ち上げられ、肩に担がれる。
じたばた動いてもびくともせずそのまま荷物のように、ハクを掴んだ吸血鬼のもとへと運ばれた。
キッと目の前の吸血鬼を睨みつければ、彼は楽しげにククッと笑った。
「話が違うぞ!」
「いいや? 俺のところまで君の足で来れたらね、とは言ったよ。でも途中で別の吸血鬼に捕まったら、条件は満たしていないよね。それに大好きなハクちゃんと離れ離れになるのは辛いでしょう? 二人一緒に買い取ってくれる人を探してあげるからさ、安心してよ」
怒りに我を忘れてまんまと罠にはめられた己の不甲斐なさに、苦汁が込み上げる。
――このままじゃ連れていかれる。せめてハクだけでも……!
助けられるならと願った瞬間、胸に温もりを感じた。胸のポッケに入っていたお守りだった。悪しきものを退ける力があると渡されていたものだ。
根拠はない。でも確信を持って手にしたお守りを、ヨウを担いだ男の背中に押し当てた。
「ッ……!」
男は苦しげにうめいた。続いてもう一度押し当てるとガクガクと痙攣した。
腕が緩んだ隙に逃れ、大きく飛びのいて、驚いた顔をしているもう一人の吸血鬼に、手にしたお守りを顔面にぶつけた。
「ぐあッ!?」
男はお守りの命中した顔をつかみ地面にしゃがみこみ、ハクを掴んでいた手をぱっと離した。
「ハク!」
手を伸ばし、ハクの手をつかむとそのまま川へと走る。
吸血鬼は流れる水は苦手なはずだ。
さっさとヨウを捕まえなかったのも、川を渡れなかったからだ。
だから、あそこに逃げ込めば追って来れないはず!
前だけを見据えて二人は走る。ハクの手が汗で濡れて、滑りそうになるのをつかみ直しながら、息を切らし吸血鬼の手から逃れようと走り抜けた。
――あと一歩……!
そう思った直後、川に踏み込もうと伸ばしたヨウの足に、しゅるりと何かが掴んだ。
バランスを崩した体は地面へと崩れ落ちそうになる。
「ッ!」
ヨウはとっさに腕をひき、ハクを前へと突き飛ばした。
ばちゃんとハクが頭から川につっこむと同時に、ヨウの足が大きく宙へと引っ張られ、逆さ釣りにされる。
見れば、何か黒いものがヨウの足にぐるぐる巻きついていた。手で払い除けようとしても無駄だった。抵抗できないまま後ろへと引き戻され、まずいと思った時には、ほんの目と鼻の先に、苛立ちを含んだ赤い瞳がヨウをヒタと見据えていた。
「おもしろいもの、持っているね。少しビリビリきたよ」
男は手にしたものを、吊り下げられなす術もないヨウの首筋に押し当てた。
「ぅ……っ!」
首に鋭い痛みが走る。くらりとめまいがして、刺された場所から痺れが広がる。手足が動かなくなる。
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは川でずぶ濡れになりながら泣き叫ぶハクの姿だった。
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