第6話入ってはいけない理由

 麻子ちゃんのお葬式が終わった次の日、田中君が家に来た。田中君は、とても顔色が悪かった。

「どうしたの?すごく顔色が悪いけど、大丈夫?」

「あのさ、昨日、じいちゃんから聞かれたんだよ。鈴木さんと高橋さんの家の子と仲良かったなって。それで、お前らまさか、入らず山に登ったんじゃないかって」

「えっ、何で急に」

「俺も、何で急にそんなこと言うんだって、聞いたんだよ。そしたら、昔から、こういうことが起きるんだって・・・」

「こういうことって・・・」

「仲の良い子どもが、立て続けに死んでいく事だよ。死んだ理由はバラバラだけどさ。でも、共通してるのは、入らず山に登ってた事、だってさ」

 田中君は口元を歪めている。いつもの笑顔と違うというだけで、目の前にいる人が、本当に田中君なのか、疑わしくなってくる。実は、麻子ちゃんと鈴木君が死んでしまったのは、夢なのではないか。そう思ってしまう。

 いつも、夢ではないか思ってしまう。何度も何度も夢じゃないかと確認した。だけど、どうしたって、これが夢ではなく、現実なのだと思い知らされた。何で、どうして。


「ずっと昔さ、入らず山って、本当に危ない所だったんだってさ。迷いやすいし、動物が出て、畑が荒らされるだけじゃなくって、襲われて、死んじゃう人もいたって。しかも、水害とか、土砂崩れとかもあって、危ない場所だったんだってさ。

 だから、それを何とかする為に、人柱を建てる事にしたんだよ。佐藤も見ただろ。六つ並んだ石。あれが人柱なんだってさ」

「あの石が人柱って。じゃあ、あの石の下には人が埋まってるの?」

「昔の話だから、詳しい話は分からないって。でも、あの石は人柱になった人が六人だったから、六個置いてあるんだって」

「でも、何でそれで、人が死ぬことになるの?何にもしてないのに」

「人柱を建てることになったけど、勿論、それに反対する人が出たんだよ。まあ、結局は人柱にされてしまったんだけど。でも、反対していた人の内の一人が、せめて、亡骸だけでもって、掘り起こして持って行ったんだって。掘り起こされた事に気付いた時には、その人達は、どこかに行ってしまっていたんだってさ。だから、いなくなってしまった柱の人の代わりに、また、人を埋めたんだって。それから暫くは、何の問題も起きなかったんだ。人柱を建てたおかげか、災害とか事故が起きなくなって。実りも豊かな良い土地になったてさ」

 田中君は、いつも楽しそうに話をしていた。けれど今は、お爺さんから聞かされた話を、そのまま、私に伝えているのだろう。田中君は、淡々と喋っている。


「でも、あの神社に行った人が、死ぬ事が増えてきたんだって。でも、神社に行っても無事な人がいるから。皆おかしいって思ってたけど、偶然だと思ってたんだよ。昔は今よりも、人が死に易かったからさ。でも、ある時、村にお坊さんが来て、その人が言ったんだよ。村で人が死ぬのは、人柱を建てた所為だって」

「人柱を建てた所為って、どうして?無理やり人柱にしたから?でも、それなら、無事な人がいるのは、おかしいし」

「人柱にされて、世を恨んで、来た人を呪い殺しているんじゃなかったんだよ」

「え・・・でも、じゃあ、どうして人が死ぬの?」

「埋められた人を掘り返して、持って行った人がいただろ」

「うん、それで、代わりの人を埋め直したって」

「その所為で、入れ替わるようになったんだって」

「入れ替わるって。人柱を?えっ、でも、そんな・・・」

「石があった所に、入った人は、元々いた人と入れ替わりで、人柱になるから、死んでしまうんだって」

「でも、それなら、入った人は、皆死んじゃうんじゃ」

「掘り返された後、近い人の方が良いだろうって、血縁者から決めたから。最初に人柱になった人と血縁関係がある人じゃないと代わりになれないって」

「じゃあ、血が繋がっていなかったら、大丈夫なんだよね」

「うん、でも、昔は今と違って、村の人と結婚するのが当たり前だったから。皆どこかで血が繋がってるって。だから・・・」

 外から来た人の場合、あそこは何の問題もないから。あんなにも、無防備な作りだったのだろうか。でも、石があった所は、不用意に人が入って良い場所ではないように思える?近くに住んでいる人程、気を付けなくては、ならないはずなのに。

「石がある所に入ったら、もう、ダメなんだって。だから、だから、俺たちも、もう、ダメだって。どうしようもないことだって・・・」


 田中君は、俯いたまま、黙り込んでしまった。

 私は、まだ、田中君の話を飲み込めないでいた。確かに、鈴木君も麻子ちゃんも死んでしまった。でも、それが、あそこに足を踏み入れたからだと言われても、納得ができない。二人とも、立て続けとはいえ、事故だった。ただ・・・ただ、運が悪かったというだけかもしれない。だって、そうじゃないとおかしい。そんな話はあり得る訳がない。もし、本当にそうだったら、どうしてもっと、ちゃんと子どもに言っておかないの?それに、私は、今だに、お父さんからも、お祖母ちゃんからも、何も言われていない。

「考え過ぎだよ。偶然だよ。そんな事ある訳ないよ。だって、そこに入ったら、人柱が交代になって、それで、人が死んじゃうなんて。意味が分からないよ」

「でも、二人とも、死んじゃったじゃん」

「偶然だよ。山に登ってから、時間も経っているし。麻子ちゃんは、飲酒運転だったし。鈴木君は、打ち所が悪かったって話だけど。三人とも、山に登った事、ずっと気にしていたし。それで、注意が疎かになっていたからだよ。私も何かあるんじゃないかって、気になってたもん。小さい頃から、山に登るなって言われてた三人は、もっと気にしてたでしょ。だから、事故が起こったんだよ。偶然だよ。そんな事ある訳がないよ。そんな非科学的な事、起こらないって」

「そうかな」

「そうだよ。みんな気にし過ぎだって。人は関係ない事も、関連付けて考えてしまうって、テレビで言ってたよ」

 田中君は、暫くの間、黙り込んでいたが「佐藤。ありがとうな」と言ってくれた。


 田中君が帰るので、見送るために玄関まで付いていった。扉を開けて潜り、扉を締め切る前に、田中君はその手を止めた。田中君は、私の足元を見ながら言った。

「でも、もし、佐藤に何かあったら、本当にごめんな。ごめん。ごめん。謝っても、何にもならないけどさ。俺の所為で・・・本当にごめん」


 その三日後、田中君は熊に襲われて亡くなった。




 田中君のお葬式から、一ヶ月経った。

 私は、母方の祖父母の家に、引き取られる事になった。

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