数合わせ
@tomomoku
第1話入ってはいけない山
「なあなあ、今度の土曜日に、入らず山に登ろうぜ」
田中君が言った入らず山は、聞いたことがなかった。そんな山、この近くにあったっけ?
「いらず山って?」
「入らず山って、川の向こうにある山だよ。昔から、色々噂がある山なんだよ。佐藤は、近所の人から聞いた事ない?」
私は半年程前に、お父さんの故郷の村に引っ越してきてから、家族と学校以外での、話し相手はまだいない。お母さんも世間話をする相手は、できていない様子だった。ここで生まれ育ったお父さんとお祖母ちゃんとは、ほとんど顔を合わせていない。
お爺ちゃんが亡くなって、お父さんが家業を継ぐ為に、この村に引っ越す事になった。だから、お父さんは今、その勉強の最中で、お祖母ちゃんは、お父さんにお仕事を教えている。だから二人とも、忙しいらしい。
お母さんは、お父さんが家業を継ぐ事に、乗り気ではなかった。だからか、引っ越してきてから、あまり機嫌が良くない。お母さんは、前と違って何時も家にいる。買い物等で、外に出かけて帰って来る度に、田舎は本当に不便だと、よく言ってる。だから、この辺りのことは、ほとんど知らないはずだ。弟は、まだ小さいので、家族以外の人との交流はない。
「入らず山って、小さい頃に、蛇が出るから入るな。とか、迷いやすくて危ない。とか散々、言われたから。そういえば、この年になってからだと、逆に、言われないよね」
「地盤が脆いから、崩れやすい。熊や猪が出る。後は、人が入らないから荒れてる。とか言われたな」
麻子ちゃんが、窓の外の山を見ながら言い、その後に鈴木君が、他の理由を教えてくれた。
私はその話を聞いて、とても不安になった。
「ええ、そんな山、入って大丈夫?危ないんだよね」
「俺も、入らず山って、人が入れない山だって思ってたんだけど。どうも、そうじゃないっぽいんだよねぇ」
「なんだよ、もったいぶってないで。早く話せよ」
そう言って、鈴木君は田中君を小突いた。田中君は、私達の顔を見回してから、にやりと笑いながら話し始めた。
「実は先輩から聞いたんだけど、あの山には、神社があるらしいんだよ」
「ええっ本当にー?」麻子ちゃんは大きな声を上げた。鈴木君も目を大きく開いて、ポカンとしている。
私はさっき、入らず山を知ったところなので、ピンとこない。だけど、それだけ、二人にとって、入らず山には入れない。という事が当たり前なのだろう。すごく吃驚している。
「俺も驚いたんだけど、実際にあの山に登っている人もいるんだって。で、先輩も驚いて、その人に話しかけたんだよ。そしたら、登山が趣味で来たんだって。人が登れない山だと思ってたって言ったら、その人は、木が倒れている所はあったけど、普通に道があって人が登れるようになってたって。後、登った先には神社があって、花は枯れてたけど、ちゃんと手入れがされてたって」
「ええっ、じゃあ普通に入れる山なんだ。なんで、あんなに注意してきたんだろ。あたし、絶対に行くなって。何があっても責任はとれないって、すっごい、怒られたんだけど」
「まあ、親が子供の頃に、散々言われたからじゃないかな。それに、子どもだけで山登りは危ないし、言い方がきつくなるのは仕方ないよ」
その当時の事を思い出して、顔をしかめた麻子ちゃんを、鈴木君が宥めた。
「えー?それにしても、言い方きつ過ぎだったけど」
「そんなに注意されるものなの?」
「ホントに、事あるごとに言われたの。山の近くで遊んでたり、外で遊ぶってなったら、絶対言われたもん」
「山の近くに、子どもの姿があったら、遠くから大声で叫んできてたよな」
「人によっては、近くまで来て、危ないから他所で遊べって。追いだされた事もあったかな」
麻子ちゃんの話に、田中君と鈴木君の「入らず山に入るな」と言われたという話が続いた。
「ええっ、やっぱり、危ない山なんじゃ」
「でも、そんだけ危ない山に登る人がいるのに、人が怪我したとか、死んだって言う話聞かないだろ。ニュースでも見たことないし。やっぱ、大人が言い過ぎてるだけなんだよ」
「あたしは、人が入らないから、事故が起こってないだけだと思ってたけど・・・上まで道があるなら、迷う心配もないかー」
「だよな。なあ、山に行ってみようぜ」
田中君は再び、いらず山に行く事を提案した。私は何かあったらと不安だった。そもそも、何も無ければ、そんな話は出てこないだろう。
「でも、登った事ないんだよね。登って降りてくるまでの時間、知らないの危なくない。暗くなったら道があっても危ないよ」
「早紀、怖がり過ぎだって。朝早くいけば、暗くなる前に降りてこられるよ」
「山に入ろうとしているところを、人に見られたら止められるだろうから、朝早く行く方が良いな」
麻子ちゃんと鈴木君も、山登りに乗り気のようだ。
「じゃあ、何時に集まる?」
「あたしの家は、朝の五時には畑に行くから、早すぎても、どこに行くのか聞かれちゃうかな」
「あー、確かに、顔合わせると面倒か。畑に出た後の方がいいな。七時に集合にしようぜ」
田中君の言った集合時間に、麻子ちゃんと鈴木君は、遅すぎないかと反論し始めた。
ドンドン、山に行く方向に向かって行っている。入らず山に対する漠然とした不安の他に、山に行きたくない理由が頭に思い浮かぶ。この時期の山は草が生い茂っていて、虫も出るだろう。それだけでも、正直、行きたくない。そんな朝早くから遊びに行くのも、気が進まない。でも、皆が行くのなら、私も行きたい。
三人とも、私と仲良くしてくれる。他の人は、転校してから半年も経っているのに、私を避けている感じがする。話しかけてみても、全然喋ってくれない。山に行くのを断ったら、三人は、もう私に話しかけてくれなくなってしまうかもしれない。やっぱり、みんなと一緒に山に行かないといけない。
その後も、皆で話し合って、色々と準備してから、山に行く事になった。
山には道があるそうだ。だけど、山の近くにいると注意されるので、三人とも山には近づかないようにしていて、山への入口は知らないらしい。田中君と鈴木君が、それとなく場所を探すことになった。麻子ちゃんと私は、虫よけスプレーや水筒にお弁当。暗くなった時のための懐中電灯など、山登りに必要なものを揃えることになった。
数日が過ぎて、二人が山の入り口を見つけて、正式に山に登る事が決まった。集まっていると目立つので、現地集合になったけど、私は、道に迷わないように、麻子ちゃんが、一緒に行ってくれる事になった。
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