さらば春

羽暮/はぐれ

さらば春

 反吐松へどまつリョウゴなるヤンキーがいる。

 名も顔もヤンキーの手本のような男で、高三にして髪はパンチ、全身ヒョウ柄の一点張り、気が向けば教師の家を放火するなど不羈ふきにして極まりなかった。顔はポンパドウルのレモンドーナツ状に隆起していてこわい。神が河川敷の岩を数個、ナンプレをやるついでに手慰みで組み合わせ、そのまま魂を吹き込んだようなガタイであった。

 そんな反吐松には贄となる生徒が複数人いて、その一人が私である。およそ人の苦しみとして最悪であった。学内評価をコツコツ重ね、労せず手堅い大学に推薦されたいという私の夢は、反吐松の存在によって阻まれつつあった。具体として貯金を満額渡したお礼に首より下を隈なく殴打され、ストレスで不眠になってテストの点が大いに失調、既に甚大な被害が出ている。

 これらの所以ゆえんにより、私は反吐松という男が心底憎く、彼が目前に居なければ常に呪詛を放ちながら行動していた。なにか霊的な要因による失脚を目論んでの行動であるが、寝る間を惜しんでの祈祷が私の睡眠に更なるダメージを与えていることは無視できなかった。限界であった。心の芯に白アリが巣食ったようで悄然とした。

 

 夜が更け朝が巡り、校門前の大通り。私は信じられないスクープを目の当たりにした。

 岩盤に邪念を打ち込んで生じたような反吐松が、車道にうずくまっていた子猫を拾い、歩道まで運んでいたのである。反吐松は行き交う車を屁ともせず、工業用機械のような足取りで猫へぐんぐんに近づいて、猫を拾う時の手さばきと言えばそれは菩薩を想わせる優しさに満ちていた。慈愛に溢れていた。その慈愛がどういう理屈で人間に一切の指向をせぬのか疑問に思った。

 私は信じられぬ目でそれを睨む。なぜ睨むか、といえば私の双眸には多分の悪意、掘り下げれば『お前のような反吐は一生、人間の心を持たず非業の死を遂げるべき。つつがなきや』との思想が含まれたからで、そんな生き仏のような面を反吐松が持つのは許せなかった。

 私はこの窮状に苦しんでいた。

 普段の反吐松の行い、つまり校内における振る舞いというのはこれはもう明白な悪で、しかし現状の救出劇というのは明白な善であって美徳であった。これまで私は心底から反吐松を憎みたく思い、また彼はそれを是とする身持みもちぬしであったから、ある種信頼して私は彼のことを呪えたのである。

 それがどうか。

 いま私は彼の善性と対峙している。どうなるかと言えば、私は反吐松の内奥に存在する”善”の部分をも厭悪するか、或いは、それはそれとして善の部分を尊ぶ、つまり、『アイツもいいトコあんのヨ』と一人の人間として反吐松を観るかせねばならず、それはどうあっても嫌だ。

 反吐松というのは論を待たず極悪、姦譎かんけつの尖兵でなくてはならず、世に曖昧があろうとも反吐松が怨敵であるのは確実、絶対の真理でなくてはならなかった。私が『こういう人、嫌やわあ』と言えば、反吐松はその全てに当てはまってないと理に適わぬ。そういう宗教めいた考えを根底に置いて私は苦悩した。

 俺の嫌いな人間が、俺の好ける部分を持っていてたまるか。カス。ドブグソの主め。オゲレツ愛猫家。

 自家撞着に陥りながら反吐松を睨んでいた私は、子猫が反吐松の足へと擦り寄るのを見て発狂、「オンダラボケガノカス」と訳わからぬことを言って反吐松に殴り掛かって、くわーん、裏拳一発でシバき倒され、車道に落ちて車に轢かれてポックリと死んだ。

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さらば春 羽暮/はぐれ @tonnura123

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