雨を食べる

黒瀬

雨を食べる


 この街の主食は雨である。

 空から降ってきた水滴をバケツに溜めて、そしてそれを食べるのだ。雨は不思議なもので、わたしたちが望んだ形になった。

 ある時は肉のような歯ごたえを含んだものになるし、ある時はヨーグルトのようなものになる。長期的な保存も効くので干した魚のように干からびることもできる。

 変化したものによって味が変わるのも不思議だった。


 原理は分からない。しかしこの町では誰もが生まれた時から雨が食べている。だからいくら奇怪なことでも疑わない。もちろんわたしも含めて。


 お昼休み、わたしたちはお弁当に入っている雨をつついて談笑をするのだ。教室はすぐに雨の匂いでいっぱいになる。昼休みの匂いといえばこの匂いだとわたしの中では決まっている。


 冷蔵庫で保存していたストックの雨が底を尽きた。

 今日からの雨はどうするんだろう。そんな心配をしながら家に帰ると、なんと雨が湯気を立てて食卓を盛り上げていた。

「ただいま」

「おかえり、今日は奮発しちゃった」

 母さんはいい雨が買えたと喜んでいた。今日は給料日だった。

 雨が降らなかったりストックが尽きた日はスーパーで雨を買うことも珍しいことではない。スーパーの雨は安定した味なので買い手も多い。調理の手間もいらない。しかし天然の雨と比べて高価なので、うちみたいな家では頻繁に買うことは難しい。

「たくさん贅沢させてあげられなくてごめんね」

 母さんは晩御飯のとき、ことある事にそう言った。しかしわたしは気持ちだけで満足だった。

「大丈夫だよ。母さんのならどんな雨でも美味しいし」

「ありがとう」

 そういう言葉を交わして食べる雨の味は、普段の晩ご飯よりも濃い味がした。


 ある日、世界的な雨不足が深刻になった。貯蓄は枯れ果て、店にも雨が並ばない。気まぐれな雲に祈る日々が続いた。やがて世界は雨にこだわる勢力と、別の主食に移行するべきだという勢力に二分された。


 わたしと母さんは雨にこだわった。しかしこだわったとして雨にありつけるかはまた別の話だ。街の人間たちは段々と別の主食に移って行った。ある人は砂、ある人は葉っぱ、ある人は石、ある人はーーー。


 雨が降らない間は、空腹との戦いだった。雨ではなく水道水を主食にした時期もあったが、塩素の匂いのおかげで食欲どころではなかった。


 ある時、台風が大量の雨を連れてきた。今まで雨に見切りをつけていた人たちも軒先に出てバケツを並べた。


 結局わたしたちは雨がなければ生きていけないのだ。どれだけ雨が気まぐれだろうと、結局はそれが一番のご馳走。

 約1ヶ月ぶりに食卓に並ぶ雨はキラキラと輝いて、感じのいいスパイスが鼻の奥をくすぐった。

「いただきます」

 今日もわたしは雨を食べる。世界はそうやって回っている。



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雨を食べる 黒瀬 @nekohanai2

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