【弓術】④

 転移を終えて視界が戻ると、俺たちは部屋の中心付近に立っていた。

 今までのように、四隅に転移床が置かれているわけではない。俺たちの乗ってきた、部屋の中心から少しずれた位置にあるこの赤い魔法陣だけが、この部屋唯一の転移床であるようだった。


 部屋の内装には、変化があった。

 草を編んだ敷物の床は変わりないが、壁代わりだった引き戸がない。代わりに、格子状の木枠に白い紙を貼った何かが、四方を囲っていた。

 部屋は暗く、本来転移床があるはずの場所に置かれたランプのような照明器具が、周囲をぼんやりと照らしている。


「……なんでしょう、この部屋。なんだか様子が違いますね。特に周りの壁が……」

「レールがあるのは変わらないから、これも引き戸ではあるんだろうけど……変なの」

「……これ、窓よ」


 メリナが、周囲を眺めていった。


「見て、四隅のランプ。周りの引き戸と同じように、薄くて白い紙が貼ってあるでしょう? これ……光を透過させるための工夫なのよ」

「ガラスを使わない、異文化の部屋ってことですか?」

「じゃあ、今は…………夜って設定、なんだね」


 薄暗い部屋を見回し、テトが呟いた――――その時。


 部屋の左手奥に、巨大な竹筒が現れた。

 竹筒はその斜めに切られた口から、青白いウィルオーウィスプを撒き散らす。


「うおああっ! 来たッスか!?」

「いえ、まだこれは演出なので……」


 身構えるユーリに、ココルが苦笑いと共に言う。

 事実その通りに、大量のウィルオーウィスプは攻撃してくることもなく、現れたそばから消えていく。


 やがて、ボフッ、ボフッと、まるで汚れの詰まった管を無理矢理通すかのようにウィルオーウィスプを吐き出した竹筒は、するすると床に潜っていく。


『……ヂヂッ……』

「……ん?」


 微かな鳴き声のような音と共に、一瞬白い尻尾のようなものが見えた。


 消えたと思った竹筒は、続いて右手奥にも現れた。

 今度の竹筒はポンポンポンッと、たくさんのアイテムを吐き出していく。


「うおああっ! お宝ッスか!?」

「んー……? やっすい素材アイテムだよ、これ」


 テトが拾った鉱石を投げ捨てると、一面のアイテムはすべて消えてしまった。


『……ヂヂヂッ、ヂヂ……』

「……今」

「ああ」


 メリナの呟きに、俺もうなずく。

 今度は尻尾だけでなく、鼻先と、その周りから伸びる髭までちらりと見えた。


「どうやら竹筒の主は、獣型のモンスターらしいな」


 そして、俺たちの正面に、竹筒が現れる。

 斜めに切られた口。そこから顔を出したのは――――真っ白な、狐に似たモンスターだった。


『……ヂヂ……』


 百鬼怪道のボスたるそのモンスターは、竹筒の縁に前肢をかけ、周囲を嗅ぎ回っている。


 完全に小動物の仕草だが……そのサイズは、先に倒したキマイラを優に超えていた。


 細長い体をしていて、竹筒の中にその胴体のほとんどを収めているのだろう。狐に似ているとは感じたが、おそらく狐がモチーフではない。鼻面が短く、耳が丸く、異様に寸胴な体つきは恐ろしくしなやかに動く。


 目の周りは赤い炎のような模様で縁取りされ、首には細い紙を垂らした太縄が飾りのように巻かれている。

 何らかの宗教的なシンボルにも見えるが、わからない。


「……これは、何がモチーフのモンスターなんだ?」

「狐か犬か……微妙なところね。猫ではなさそうだけど」

「でもちょっとかわいいですね」

「ダンジョンの外にはいない動物なのかなー」

「……ウチ、こいつはよく知ってるッスよ。懐かしいッスね」


 呟いたユーリに、全員が目を向ける。


「狩人の間では、ヤマイタチとか、クダギツネって呼ばれてるッス。細くてすばしっこくて、すぐ岩の隙間に逃げ込むからなかなか獲れないんスけど、でも――――」


 ユーリは弓を握ると、微かな笑みと共に、ボスモンスターを見据える。


「毛皮がいい値段で売れるんス。お宝ッスよ」


 その時、ボスモンスターがまるで初めて俺たちに気づいたように、こちらを向いた。

 つぶらな黒の瞳で侵入者の一団を睨み、牙を剥く。


『……ヂヂッ、ヂヂヂヂッ、ヂィ――――ッ!!』


 その白い頭部の上方に、文字列が現れる。

 中ボスものとデザインが異なるそれは、ボスモンスター用の名前表示エフェクトだ。


〈ディメンション・チューブフォックス〉


「さて……じゃあやるか」


 俺は剣を構える。

 予想外に長くなってしまったこの冒険も、いよいよ大詰めだ。

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