【弓術】③

 その後も俺とユーリは、順調にマッピングとレベル上げを続けていった。

 キマイラ以降は中ボスにも出会わず、竹筒から出てくる雑魚モンスターを倒したり、トラップを躱したりする程度だ。


 このボス部屋は、さすがに上の階層よりは狭いようで、すでにマッピング率は七割を超えている。


「うーん、この部屋にも何もなかったッスね」

「そうだな」


 どういうわけか、マッピングが進むにつれて竹筒が出てこない部屋に到達することが増えてきた。


「なんでッスかね? トラップの総量が限られているギミックとか?」

「どうだろう、まったく出てこなくなったわけではないからな。それになんとなくだが、竹筒から何が出てくるかは各部屋で固定な気がするんだ」

「確かに、一度竹筒が出てきた部屋にはまた行っても何もなかったッスからね…………あっ」


 ステータス画面を見ていたユーリが、その時声を上げた。


「今経験値が入って……レベルが上がったッス。ウチ、【25】になりました」


 俺もステータス画面を開く。

 ユーリの言う通り、確かに経験値が入っていた。


「これ、今もテトせんぱいたちがモンスターを倒してるってことッスよね」

「ああ、そういうことになるな」


 まだ三人とのパーティー登録は有効だ。誰かがダンジョンを出たり、二層以上離れると自動的に無効になってしまうのだが……まだそうなっていないということは、少なくとも皆、俺たちを置いて帰ったりはしていないということになる。

 それだけでなく、経験値が入り続けていることを考えると、継続的に戦闘までこなしているようだ。


 俺は、直近で倒されたモンスター名を確認する。


「スターヴィング・ヒュージスケルトン、か……」


 初めて見るその名前をしばし眺めた後、俺はステータス画面から目を離した。

 あまり楽観的に考えすぎない方がいい。


「次に進むか、ユーリ」

「はいッス! ……でも、だんだん怖くなってきたッスねぇ」

「何がだ?」

「そろそろ来るんじゃないッスか……? ボス」


 ユーリはステータス画面を見ながら言う。


「マップを見る限り、行ってない部屋も少なくなってきてますし……。転移した瞬間、いきなりボスがいたら最悪ッスよ」

「うーん……それはないと思うぞ。ボス部屋の中とはいえ、こんなに大きなギミックだと一つの階層のようなものだからな。中ボス程度ならともかく、さすがにボス戦前にはちゃんと準備を整えさせてくれるはずだ」

「冒険者って、ダンジョンに対する謎の信頼があるッスよね……。じゃあ、進むッスか?」

「ああ」


 転移床の前まで歩く。

 乗る瞬間、俺は冗談めかしてユーリに言う。


「ボスがいないといいな」

「うええ、不安になるようなこと言うのやめてくださいッスよー」


 言いながらも、ユーリはためらう様子なく、俺とタイミングを合わせて転移床へ乗った。

 視界が暗転する。



****



 視界が戻り、部屋の様子が目に入った時――――俺は思わず息をのんだ。


「っ……!」

「ア、アルヴィンさん、これって……」


 隣でユーリも動揺の声を上げる。


 その部屋には、転移床が三つしかなかった。

 一つは、今自分たちが乗ってきたもの。一つは、向かって左手にあるもの。

 これまでの部屋にはさらに、正面の対角線上と、右手にそれぞれ一つずつ転移床があった。

 だが、この部屋にはどちらもない。

 代わりに、本来あるべき二つの転移床のちょうど中間にあたる位置に、一つの大きな転移床があった。


 周囲より一段高くなった、板張りの区画に置かれたその転移床には、複雑な魔法陣が描かれ、全体がぼんやりと赤く発光している。

 さらには、まるでその光を際立たせるかのように、周辺のみが暗くなっていた。


 明らかに、他の転移床とは違う。


 ユーリが恐る恐る言う。


「これ、ひょっとして……ボス部屋への転移床ッスか……?」

「……間違いないだろうな」


 デザインがそう主張している。

 むしろそうでない方が驚きだ。


 ユーリが溜息をついて言う。


「アルヴィンさんの言った通りだったッスね……まさかこんなにわかりやすく準備のための部屋を置いてくれてるなんて」

「言ったそばから来るとは思わなかったけどな」


 とはいえこれで、ボス部屋までのルートを見つけるという一つの目標は達成できた。

 俺は少し悩んで言う。


「うーん……探索は、このあたりで一旦やめておくか」

「そうッスね。これ以上重要な部屋もないでしょうし、ウチのレベルもさすがにもう上がらないと思うッス」

「十分がんばっただろう。あとはひとまず、救援が来るのを待ってみるか」

「了解ッス!」


 俺たちは転移床を出て、部屋の真ん中の方へと歩いて行く。

 一応警戒はしていたものの、やはり竹筒は現れなかった。


 俺はほっと息を吐く。


「何もないみたいだな。しばらくはここで休もう」

「……アルヴィンさん」


 と、その時、ユーリが赤い転移床を見ながら言った。


「あの周り……まさか、何かあったりしないッスよね? 近づいた瞬間、竹筒が何本も出てきたりとか……」

「……いやまさか。ボス部屋の入り口前にトラップなんて聞いたことないぞ」

「でもあれ、入り口じゃなくて転移床ですし。板張りで、なんか暗くなってますし。何かあるのかも……」


 ユーリが眉間に皺を寄せて、転移床の方を睨む。

 どうやらトラップに晒されすぎて、すっかり疑り深くなってしまったらしい。


 俺は苦笑しながら言う。


「そんなに気になるなら、今確かめてみるか? いざボスへ挑む段になって、パーティー全員で引っかかりでもしたら大変だしな」

「……そうするッス。でも、気をつけた方がいいッスよアルヴィンさん」


 完全に身構えるユーリに見られながら、俺は転移床へと近づいていく。

 板張りの区画に上がっても、何も起こらない。

 俺は気を抜いて、ユーリを振り返った。


「ほら、何もなかっ……」


 その時。

 バキャリ――――というような音が、背後で響いた。


「うおっ! なっ……」


 慌てて顔を戻した俺は、驚愕に言葉を失った。


 転移床の前に立ち塞がるように、一体の大型モンスターが現れていた。

 二本足で立つその体躯は、サイクロプスほどではないものの、でかい。手にはその大きさに見合う刀を持ち、サムライ系モンスターがよく着ているタイプの鎧を身につけている。

 人型ではある。だが鋭い角が生えたその頭は、牛のそれだった。


 俺は思わず呟く。


「ミ、ミノタウロス……? こんなのどこから……」


 ふと、板間の周りにパラパラと木くずが降ってきていることに気づいた。

 天井を見上げると、大穴が開いている。

 ……どうやら上から落ちてきたらしい。


 呆気にとられていたその時、牛頭の眼光が光った。

 巨体の斜め上方に、一つの文字列が現れる。


〈ミノタウロス・サムライロード〉


「中ボス!? ここでか!?」

「だから言ったじゃないッスかーっ!?」


 ユーリが後ろでわめく。

 完全に予想外だった。


 俺は急いで剣を抜きながら、ユーリへと指示を出す。


「お、落ち着いていくぞ! 攻撃パターンを見極めるところからだ!」


 ミノタウロスの侍が、刀を振りかぶる。


 初めて見るモンスターだが、サムライ系統の特徴に合致するとすれば、動きが機敏で攻撃力が高いはずだ。

 初めは慎重にいく必要がある。


 刀が振り下ろされる。

 それを“パリィ”で受けようとした――――その時。


 背後から飛来した光属性魔法の光球が、ミノタウロスへぶち当たった。


 牛頭の侍が激しく仰け反りノックバックする。


 俺は思わず目を瞠った。

 そして――――期待を込めて振り返る。


「おおー、一撃で引けましたね。さすがメリナさんです。あっ、アルヴィンさーん!!」

「ちょっとココル! まだ倒せたわけじゃないんだから……」

「あーっ! ユーリもいる! よかったー……」


 俺たちが出てきた側とは別の転移床の近くに、三人の人影があった。


 メイスを持った手をぶんぶんと振る、青髪の神官の少女。

 それをたしなめる、杖を手にした金髪の魔導士の少女。

 隣で胸をなで下ろす、黒髪の盗賊の少女。


 思わず呟く。


「みんな……」

「わーっ! テトせんぱいたち、助けに来てくれたんスか!?」

「そうだよっ、まったく!」


 ユーリの歓声に応えるテトの声。同時に、投剣が閃いた。

 それらは次々にミノタウロスの鼻面へと命中し、さらにそこへ、跳躍したテトのナイフが突き立てられる。


 復帰したばかりのミノタウロスが、再び仰け反りノックバックした。


 床に降り立ったテトは、体勢を崩す巨体を見ながら仏頂面で言う。


「まずはさっさとこいつ、倒すからね。アルヴィンも手伝って」


 次の瞬間、ステータス画面にアイコンが点灯する。どれも、見慣れたものだ。

 《筋力増強》《敏捷性増強》《ダメージ軽減》。


「HPは大丈夫みたいですね! たぶん今かけた分が切れる前に倒しちゃうでしょうから、あとはわたしは応援してますね!」


 腰に手を当てて、弾んだ声でココルが言う。


「これ、ゾンビ系じゃなくてミノタウロス? だったら雷属性の方がいいかしら……。ほらアルヴィン。次撃つから、早くヘイト稼いでちょうだい」


 杖を構えつつ、平然とメリナが言う。


 俺はひとりでに笑みが浮かぶのを感じながら、ミノタウロスを見据えて答えた。


「ああ、わかった!」



****



『モ゛ォォォォォ…………』


 ミノタウロスはあっけなく膝をつき、そのまま四散した。


 所詮は三十層の中ボスだ。平均レベルが56になったあかつきの敵じゃない。

 仰け反りノックバックに次ぐ仰け反りノックバックで、ほとんどまともに行動させないまま倒してしまった。


「ふう……」

「アルヴィンさんっ!!」


 俺が剣を収めるやいなや、ココルが飛びついてきた。


「いだっ」

「もー、心配したんですからねっ!」


 俺の手を取って、ココルが詰め寄ってくる。


「いったい何してたんですか! ユーリさんと二人きりでこっそり消えるとか、わたしは認めませんからっ!」

「いだだっ、コ、ココル握力が……いだだだっ」

「ココル、その辺でやめておきなさいよ……」


 メリナに言われ、ココルは握り潰さんばかりに握りしめていた俺の手をしぶしぶ離した。

 俺は痛みに手を振りながら答える。


「何って……君らも見当がついてるはずだろう。転移トラップに引っかかったんだよ。それより……」


 俺は三人を見回す。


「助けに……来てくれたんだな」


 妙なモンスターとの戦闘が続いていたから、ひょっとしたらとは思っていたが……まさか本当に来てくれるとは。


「当然です!」


 ココルが胸を張って言う。


「パーティーメンバーを見捨てるわけないじゃないですか!」

「大変だったけどね」


 メリナが苦笑する。


「ここ、転移床だらけでどこに飛ぶかもわからないし、変な中ボスやトラップはたくさんあるし。でも、見つけられてよかった」

「やっぱり……トラップの数が少なくなっていたのは、君らが攻略していたからだったんだな」


 可能性の一つとしては考えていたが、ぬか喜びが嫌であまり期待しないようにしていた。

 だが……さすがはこの三人だ。


「テトせんぱい~!」

「もう、くっつくなよー」


 傍らでは、ユーリがテトに抱きついていた。

 テトはそれを、迷惑そうに押しとどめている。


「いつ来てくれるのかと思ってたッス~!」

「まったく……。普通ダンジョンで遭難なんかしたら、助からないことの方が多いんだからねー? HP残量が見えてなかったらきっとあきらめてたよ……」


 テトの言う通りだ。特に未踏破のダンジョンなら二次遭難の危険もあるし、俺も逆の立場だったら同じような判断をしていたかもしれない。

 パーティー登録が生きていたからこそ、無事を伝えることができた。


「積もる話は後です!」


 ココルが意気込んで、赤い転移床を指さす。


「さあ! 早くボスを倒して、まずはここを出ましょう!」

「そうね。三十層のボスだし、初見だけど普通にやればすぐに倒せるでしょう」

「ああ」


 俺もうなずく。

 なんと言っても、脱出方法はそれしかないのだ。


「じゃあ、行くか」

「はあ、いよいよボス戦ッスか。緊張するッスね~……」


 ユーリが硬い声で言う。

 初めてのボス戦だ。無理もないだろう。


 そしてミノタウロスの消えた板敷きの区画へ、皆で足を踏み入れようとした……その時。


「えっ、待ってよ」


 最後尾で、テトが唐突に言った。


「いやいや、みんななんで何も言わないのさ……。ユーリがついてきちゃダメでしょ」

「え、ウチ……ダメッスか?」

「当たり前じゃん!」


 きょとんとするユーリに、テトが大きな声を出す。


「ユーリ、まだレベル【25】なんだよ!? 三十層のボス戦には早すぎるよ!」

「言われてみれば……そうね」

「なんだか普通にスルーしちゃってましたけど、そうでしたね。じゃあユーリさんは、ここで待って……」

「いやッス!」


 だが、ユーリは俺たちに向け、はっきりとそう言った。


「ウチも行くッス! こんなところでただ経験値だけもらうなんてごめんッス! 行かせてくださいッス!」

「はあ!?」


 テトがあんぐりと口を開ける。


「ユーリ、自分が何言ってるかわかってんの?」

「わかってるッス! 危ないのなんて百も承知ッス!」

「だったらなんで……」

「見てくださいッス、テトせんぱい」


 ユーリは、そう言って虹色の弓を掲げる。


「テトせんぱいが使えって言ってくれた弓ッスよ。これでもう、火力不足で足を引っ張ったりはしないッス」

「そんなの……! 火力だけじゃん! HPもVIT耐久も低いままなのに、ボス戦なんて無謀だよ!」

「ウチだって冒険者ッス!!」


 ユーリは、強くそう言った。


「この変なダンジョンをここまで攻略して、最後だけお預けだなんていやッス!」

「ユーリ……」

「せんぱい……ウチ、弓手に転職することに決めたッスよ。じいちゃんが死んでなんとなく冒険者になって、ただスキルに向いた斥候職を選んで、流されるまま今までやってきたウチッスけど……初めて自分で、この職業ジョブをやろうって思えたッス。冒険者として、弓手をやってみたいって」

「……」

「じいちゃんが目指して、あきらめた夢がなんだったのかを知りたいッス。だから……ここのボスも、拝まずには終われないッスよ! 竹筒トラップの主が、この先にいるんスよね? 気にならないわけがないッス!」

「で、でも……」

「テト。ユーリなら大丈夫だ」


 俺は、静かに言った。


「ここまでずっと一緒に攻略してきたんだ。ユーリはもう、三十層のボス相手にだって十分戦える。俺が保証する」

「ア、アルヴィンまでそんな……っ」

「それに」


 俺は、ふと笑って付け加える。


「こういう謎解きだって、ダンジョンの醍醐味じゃないか」


 普段金や実績の話ばかりしがちな冒険者でも、必ず皆、心のどこかでは思っているものだ。

 ダンジョンを攻略するのはおもしろい、と。

 冒険に赴く者が絶えないのは、こんな理由もあるかもしれない。


「俺たちだって、おもしろそうだからこのダンジョンに来たんだ。最後だけ仲間はずれだなんてかわいそうじゃないか。一番おもしろいところなんだから」

「そんなの、生き残れればの話じゃん! ふ、二人もなんか言ってよ!」


 テトが、ココルとメリナを向いて言う。

 二人は顔を見合わせると、小さく笑って答える。


「《ダメージ軽減》と《耐久上昇》バフをかけておきますね。レベル【25】もあるなら、それだけでかなり安全になるはずです」

「なっ……」

職業ジョブはまだ斥候のままなのよね。だったら弓手よりAGI敏捷が確保されてるから、攻撃も避けやすいんじゃないかしら。後衛の立ち回りはわかる?」

「はいッス! アルヴィンさんに一通り教わりました!」

「なら、やってみてもいいと思うわ」

「メリナまで……」

「テト。無茶するなだなんて言葉は、ユーリもあなたにだけは言われたくないんじゃない?」

「う、だ、だけど……ユーリはまだ駆け出しなんだよ? 経験が足りてないのに、ボス戦だなんて……せめてもっと、レベルを上げてからでも……」

「テト」


 俺は、心配するテトへと言う。


「誰だって、初めての時はある。経験は機会を通して積むしかないんだ。安全なレベリングばかりしていても、冒険者プレイヤースキルは上がらない。そうなるといざ難しいダンジョンへ潜った時、かえって危険なこともある」


 俺が前に所属していたパーティーが、まさにそれだった。


「上を目指すのなら、いずれはボス戦だって経験する。その初めての機会ということなら、今が絶好じゃないか」

「…………なんで?」

「俺たちがいるからさ」


 俺は笑って、テトへと告げる。


「駆け出しが一人入ったからってなんだ。それだけで崩れるような俺たちじゃない。そうだろう?」

「う……」

「テトせんぱい」


 ユーリが、テトへと向き直る。


「足手まといなのはわかってるッス。それでも……ウチ、やってみたいんス! お願いします!」


 しばらく黙り込んでいたテトだったが……やがて仕方ないといった風に、大きく息を吐いた。


「……わかったよ、もう」

「わぁ、ほんとッスか!?」

「ただし、無茶はしないこと! ヘイトを稼ぎすぎないのはもちろんだけど、たまにヘイト関係なく飛んでくるような範囲攻撃もあるから、いつでも避けられるようにね!」

「わかってるッスよ~!」


 不承不承といった様子のテトだったが、対するユーリはうれしそうだった。

 俺は笑みと共に、パーティーメンバーへと告げる。


「よし……行こう」

「はい!」

「ええ」

「うん」

「了解ッス!!」


 全員で、転移床の魔法陣を囲むように立つ。

 そして、一歩踏み出した。

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