【忍びの極意】④
ダンジョンの巨大な異室。
その四方に配置されている転移床の前に、俺とユーリは立つ。
「じゃあ……行くぞ」
「はいッス!」
二人同時に、転移床へと乗った。
直後に視界が暗転し……すぐに光が戻る。
「……なんか、変わってないッスね」
「……そうだな」
目の前に広がっていたのは、先ほどと何も変わらないように見える空間だった。
「はぁ~、緊張して損したッス」
「一応、まだ油断はしないようにな」
「はーい」
返事はしたものの、ユーリはどこか気の抜けた様子だ。
「それで、次はどの床に乗るッスか?」
「そうだな、歩数を節約するなら左か右だが……ここはあえて、対角線の床に乗ろうと思う」
「なんでッスか?」
「何かギミックやヒントがあるとすれば、部屋の中央だろうからな。避けていては何も進まない」
「お~、なるほどッス! じゃあ早速行きましょう!」
そう言って、ユーリが部屋の中央に向かい歩き出した。俺もすぐにそれに続く。
だが、ほんの数歩ばかり歩いた時……、
「っ、待て! 何か来るぞ!」
「えっ? わっ!」
ユーリも、すぐに気づいたようだった。
部屋の中央部分の床が、丸く発光している。
次の瞬間、床から伸び上がるように竹筒が現れた。
形はユーリが飲み込まれたものと同じだが……それとは比べものにならないくらい、大きい。
「えっと……あれに飛び込めば、上に帰れるッスかね……?」
「どうもそんな様子じゃなさそうだぞ」
その時、竹筒が強く発光した。
斜めに切り取られた上部から、ポンポンポンポンッ、と青白い何かが次々に弾き出されてくる。
竹筒から飛び出したそれらは、地面に落ちることなく、周囲に浮遊し始めた。
青白く揺らめくそれは……炎だ。
「あ、あれ……!」
「ウィルオーウィスプだ! 数が多い……! ユーリ、構えろ!」
言うと同時に、火の玉の群れが突進してきた。
後退しつつ、剣で切り捨てる。
火の玉のモンスターは、二撃ほどで次々に四散していく。
ウィルオーウィスプは、アストラル系の下級モンスターだ。
触れると火属性のダメージを受けるものの、落ち着いて対処すれば難しい相手じゃない。
だが……俺の捉えきれなかった火の玉が、いくつも後ろへと抜けていく。
「っ! ユーリ、逃げながら撃て!」
「わ、わかってるッスけどっ……!」
火の玉に囲まれたユーリは、やや苦戦しているようだった。
敵は小さいが、レベル差のためか一矢では倒せない。そのうえ数も多い。
こういう相手には多段ヒット扱いになる“貫通矢”が有効なのだが、【弓術】スキルがなければそれも望めない。
だがそれでも、着実に数を減らしていた。
一矢当てた火の玉に、即座にもう一矢浴びせて倒す。
後退しつつ、近づいてきたものを優先的に狙っていて、ほとんど攻撃を受けていない。
20そこそこのレベルでここまでやれるとは、やはり大したものだ。
俺もペースを上げ、目の前の火の玉を切り捨てていく。
やがて最後の一匹に剣を振り下ろすと――――ウィルオーウィスプの群れは、一面のコインを残して全滅した。
「……」
巨大な竹筒は、もうない。
戦闘が始まってほどなく、床に潜るようにして姿を消していた。
「はぁ~、びっくりしたッス。こんなギミックがあったなんて……」
「お疲れ。やるじゃないか」
ねぎらうように声をかけると、ユーリは照れたように笑う。
「いやぁ、へへ。でも、深層のモンスターって強いんスねぇ……ウィルオーウィスプなんて、一発当てれば倒せると思ってたんスけど」
「……普通は、そうだ。三十層程度ならな」
「え? それなら……」
「普通よりも、いくらかレベルが高かったみたいだ。少し気をつけた方がいいだろう」
もしかしたら、これも二十九層でミート・ゾンビが配置されていた反動なのかもしれない。
あんなおいしいモンスターを出しておきながら、以降の難易度が他のダンジョンと変わらないのでは、バランスが取れていないとも言える。
「それと……さっきの竹筒に、ユーリの【忍びの極意】は何か反応したか?」
「そういえば、何も反応なかったッス。ぼんやり光ってはいましたけど、あれはただのエフェクトッスよね?」
「ああ。俺にも見えていたからな」
となると、やはりあの竹筒はトラップ扱いにはなっていないのか。
俺は小さく溜息をつく。
妙なギミックに、レベルの高いモンスター。
このダンジョンは、どうも一筋縄ではいかなさそうだ。
****
「ここからは俺が前を歩こう」
次の部屋へ転移した俺は、ユーリへと提案する。
また同じような内装だが、今度も何かあるかもしれない。
「どうやら、ここのギミックはスキルで見分けられないようだからな。狭いから隠密効果も意味がない。それなら、俺が前衛として壁になっていた方がいい」
「はい……お役に立てなくて申し訳ないッス。斥候なのに……」
しょんぼりするユーリに、俺は言う。
「他の斥候だって同じだ。ここがそういうダンジョンというだけだから、気にしなくていい。それより、またモンスターが抜けたら頼むぞ」
「……わかったッス! ウチでも、ウィルオーウィスプくらいなら倒せるッスからね!」
俺たちは部屋の中央に向け、歩みを開始する。
ほどなくして中央の床が光り、またあの竹筒が現れた。
「さあ、なんでも来いッス!」
張り切るユーリの前で、俺も剣を構える。
俺のレベルはここの適正帯よりも、だいぶ高い。ソロでも潜れるほどだ。
ウィルオーウィスプの群れだろうと何だろうと、普通にやれば相手にならない。
竹筒が、強く光る。
だが……今回吐き出されたのは、モンスターではなかった。
「なっ……」
「へ……?」
竹筒の上部から飛び出してきたのは――――巨大な球形の岩だった。
身長の倍ほどもあるそれは、ずしんと床に着地すると、そのままの勢いでごろごろとこちらに転がってくる。
「くっ、避けるぞユーリ!」
「ひえ~!」
跳ぶようにして、俺たちは大岩を躱す。
岩は二回ほど壁に跳ね返ると、砕けて消えてしまった。
「って、また来るッスよ!」
竹筒は消えることなく、またも岩を吐き出してきた。
いくら避けてもキリがない。それどころか……だんだんと、吐き出すペースが速くなっている気がする。
もはや避けることに精一杯で、他の転移床まで行くどころではない。
「アルヴィンさんこれやばいッスよ~!」
「い、一度戻るぞ!」
俺たちは急いで、先ほど乗ってきた転移床へと飛び乗った。
****
「さっきは災難だったッスね……」
「ああ……」
俺とユーリは、また別の部屋に転移していた。
例によって、内装は同じだ。
対角線にある転移床を見据えながら、俺とユーリは話し合う。
「次にあの岩が来たら、どうするかだが……」
「思ったんスけど……初めのうちは、岩が出てくる間隔が長かったッスよね? だったら、最初の岩を避けてすぐ走れば、いけるんじゃないッスか?」
「うーん、それしかないだろうな」
おそらくだが、ユーリの言った通りの方法で攻略するギミックなのだろう。
「だがもし危なそうなら、すぐに撤退するぞ。他にも転移床はあるんだから、無理する必要はない」
「了解ッス!」
俺とユーリは歩みを進める。
ほどなくして、またあの竹筒が現れた。
「くっ、今度はなんスか……?」
ユーリが身構える。
竹筒はまたもや光り、今度は小さな何かをいくつも吐き出した。
それらは床にぱらぱらと散らばって……何も起こらない。
「……ん? これだけか?」
そのうち、竹筒は光を消すと、床へと潜っていってしまった。
俺とユーリは、床に散らばった物へと目を移す。
「これはもしかして……アイテムか?」
「……うっひゃあ! アルヴィンさんすごいッスよ! 『大判金貨』に『極光真珠』、『紅玉珊瑚』って! 高級アイテムばかりッス! 売ればすごい金額になるッスよ!」
言われて、俺もいくつか拾い上げてみる。
確かに、貴重な換金アイテムばかりだった。こういうのは大きな都市の金持ちが高値で買うから、結構な金になる。
「お宝ッス~!」
はしゃいだ声を上げるユーリをちらと横目で見つつ、俺は頭を掻いて呟いた。
「なんなんだ、このギミックは……」
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