【忍びの極意】③
「ふう……助かった、ユーリ。これで少なくとも、俺たちが何か伝えようとしていると三人も気づいたはずだ」
麻痺、麻痺、麻痺、麻痺、毒という行程をもう一度繰り返した俺は、HP回復用ポーションを飲みつつ、なんだか変人を見るような目をするユーリへと言った。
「本当は階層数だけじゃなく、おおまかな現在地まで伝えられるんだが……今は俺たち自身が現在地を知らないからな。三十層にいることだけでも伝わればいい」
「はあ……あの、今ので本当に、ウチらが三十層にいるってみなさんに伝わるンスか……?」
「さあな、そこは賭けだ。事前に打ち合わせをしていなかった以上、この方法を誰かが知っていることを願うしかない」
「ええ……」
気落ちしたようなユーリに、俺は付け加える。
「こんな状況なんだ。できることはなんでもやってみるべきだろう」
「…………それもそうッスね。前向きに考えるッス!」
ユーリは、そう意気込んで拳を握った。
俺は少し安心する。
こういう状況で心が挫けてしまう冒険者は多いが……ユーリはそうではないようだった。
精神力は時に、どんなパラメーターよりも生死を左右する。
逆境で気持ちを保ってくれるだけでも、仲間としては心強い。
「次はどうするッスか? アルヴィンさん」
「そうだな……やっておきたいことはあるが、まずは少し休もう。ここまでほとんどセーフポイントにも寄らずに来たからな」
「それもそうッスね! いい考えッス!」
ユーリが溌剌と言う。
「ここ、モンスターもいませんしね! どのくらい休むッスか?」
「とりあえず、一時間くらいでいいか?」
「了解ッス!」
言うやいなや、ユーリはストレージから毛布のアイテムを取り出す。
「それじゃあおやすみなさいッス! アルヴィンさん!」
そう言い残すと、ユーリは毛布にくるまってごろんと横になった。
そのまま動かない。
まさかと思って近づいてみると……すでに寝息を立てていた。
「す、すごいな……」
ここまでずぶとい冒険者もなかなかいない。
こういう状況だと、普通は簡単に寝付けないものだが……。
「俺も見習わないとな……」
軽く現在時刻を確認した後、俺も同様に毛布のアイテムを取り出した。
丸めて枕代わりとし、仰向けになる。
目を閉じても、今後のことが頭を巡り、なかなか思考が休まらなかった。
****
不意に意識がはっきりとし、俺は目を開けた。
はるか高い位置に板張りの天井が見え、一瞬状況が掴めなかったが……すぐに、ダンジョンで遭難中だったことを思い出す。
ステータス画面で時刻を確認すると、五十分ほど経ったようだった。
冒険者も長くやっていると、だいたい狙った時間に目を覚ますことができるようになる。
「……うし」
俺は勢いよく体を起こす……と、その瞬間。
近くで寝ていたユーリが飛び起き、弓と矢筒を掴んで即座に身構えた。
「っ!?」
突然の挙動に驚き、一瞬固まる。
ユーリは顔を回し、周囲に睨みを利かせていたが、やがて何もないことがわかると、きょとんとした表情で俺へ訊ねる。
「あれ、どうかしたッスか? アルヴィンさん」
「いや……ただ起きただけだが……」
「なーんだ、びっくりしたッス。まだ時間には早いのに、ガバッて起きたんで何かあったかと思ったッスよ」
「そこまで早くもないぞ」
「えー? でもあと十分か十五分くらいはありますよね?」
俺は言葉を失った。
ユーリは、ステータス画面を見たわけではない。
「でも……うーん、いい休憩になったッス!」
ユーリは立ち上がって伸びをすると……次いでストレージから食糧アイテムを取り出し、もぐもぐと食べ始めた。
「ほれで……このあふぉほうふるッフか、アルヒンはん」
「あ、ああ……」
俺は気を取り直すと、口いっぱいにパンを頬張るユーリに説明する。
「基本的に、俺たちだけでボスへ挑むのは、危険だからやらない。だが、脱出のためにはいずれボスを倒す必要がある。それなりに高レベルの冒険者がここに迷い込んで来るのを待って、臨時のパーティーを組んで挑む……そんな形が理想になるな」
「ふぁい」
「それにあたってやっておきたいのが、マッピングと、ユーリのレベル上げだ」
「ん……なるほどッス。ここの四隅にある転移床に乗って、別の部屋に行ってみるんスね?」
「ああ、そうだ」
俺は続ける。
「別の部屋に行けば、モンスターがいる可能性がある。ボス戦に備えてパワーレベリングといこう」
もっとも、メリナの【嫉妬神の加護】が未だ有効である以上、そこまで効率はよくない。ユーリにわざととどめを刺させ、キルボーナスを渡すようなプレイングができないためだ。
しかし、やらないよりはマシだろう。誰かが落ちてくるのを待つ時間が無駄だし、最悪誰も来なかった場合、俺たちだけでボスに挑まなければならなくなる。ユーリのレベル上げは必須だ。
「矢の残りは大丈夫か? これまででかなり使ったと思うが」
「矢は、まだまだいっぱいストレージに残ってるッスよ! ウチ【運搬上限上昇】のスキルを持ってるんで、いつも大量に持ち歩いてるッス!」
「よし。それじゃあ戦闘になったら、弓型斥候のセオリー通り立ち回ってくれ」
「ええっと……中衛位置で攻撃よりも回避優先、無闇にヘイトを集めない、ってことでいいッスか?」
「ああ」
俺はうなずく。
それが、戦闘時における弓型斥候のセオリーだった。
これは前衛を後衛火力や回復役の守りに集中させるための、要するに足手まといにならないような立ち回りだ。
どうしても火力に乏しく、役割が戦闘以外のところにある都合上、斥候は必然的にこういう運用になってしまう。
ただ……今はどちらかといえば、ユーリの安全のためという意味合いが強い。
「基本的には、ステータスに余裕がある俺が中心に戦う。レベル差もあることだし、普通にしていればヘイトがユーリに集まることはないと思うが……念のためだな」
「わかったッス!」
はきはきと返事をするユーリに、俺は少し笑って続ける。
「あとは、できるだけマッピングもしておこう。ボスがいそうな部屋のあたりをつけておきたい。ヒントになるテキストも見つけられればなおいいな」
「了解ッス!」
元気のいい声と共に、ユーリが立ち上がった。
そこで、俺はふと訊ねる。
「なあ。ユーリは、眠りが浅い方なのか?」
「へ……?」
ユーリは、きょとんとした顔で答える。
「そんなことないッスよ。ウチ、眠るのは得意ッス!」
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