【スキル封印・小】④
「ええっと、この辺でしたっけ。テトせんぱいの倉庫」
ユーリに案内されたのは、店の奥にある一画だった。
壁際には、棺桶を直立させたような縦長の収納戸棚がいくつも並んでいる。
これがいわゆる倉庫だった。
「あっ、こういうのだったんですね……」
「名前の割にしょぼいっすよね。でも、ウチも店長も冒険者の人たちも、他になんて呼んだらいいのかわかんないんスよねぇ……あ、これだ」
テトが借りているものを見つけたユーリが、鍵をがちゃがちゃと開ける。
「はい、どうぞッス」
「テトさんのコレクション、ちょっと気になってきました」
「アルヴィンは、一度見せてもらってるのよね」
「ああ。かなりの量があるぞ」
もっとも、今問題なのはその量なのだが。
「へへっ、使いどころがわからない武器も多いけど、間違いなくレアものばっかりだよ。処分に困ってるから、よかったら好きなの持っていって……」
と言いながらテトが戸を開けると。
その瞬間、中からどさどさと大量の武器があふれ出した。
剣やら槍やら、斧やら鎌やら盾やらが床に転がる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あー、またやっちゃった」
テトはそんなことを言って、散らばった武器を床に並べ始める。
「せんぱい……こんなに詰め込んでたんスか……」
「そうだよ」
「俺が見た時より増えてないか?」
「増えた増えた」
「よ、よくこの量がここに収まってましたね……」
「コツがあるんだよねー」
「ねぇ、テト」
メリナが恐る恐る訊ねる。
「あなたもしかして、ここにあれ、仕舞っておくつもりだったの?」
「え? うん」
頷いた後、テトは戸棚に残った武器を見つめながら呟く。
「あれ、ちょっと厳しかったかな……?」
「ちょっとじゃないでしょ!」
どうやら、不安は的中したようだった。
****
「えっ、まだやってたんスか……」
一時間後。
様子を見に戻ってきたユーリが、あきれたように言った。
あれからテトは、どうやったのかすべての武器を仕舞い直すことに成功したのだが、当然ながらギチギチで、例の弓を収納するスペースなんてどこにもなかった。
「いくつか処分したらどうッスか? そんなに詰め込んでると店長も怒りますよー、内側が傷むからやめろって」
「そうしようとしているところなんだが……」
「うーん……これは記念に取っておきたいし、これは……」
床に並べた武器を前に、テトが唸る。
弓が入らないと見るや、じゃあ少し売ると言い出したのはテト自身なのだが、一時間経ってもまだ悩んでいた。
ココルもメリナも俺も、すでに飽きている。
「あの弓、けっこう大きいから場所取るわよ。大きなものから処分したら?」
「うーん……」
メリナが忠告するも、テトは首をひねるばかりだ。
その時。
「えっ、弓ッスか?」
気になったように、ユーリが言った。
同時に、テトがはっとしたように顔を上げて言う。
「そうだ! ユーリが装備してみてよ!」
「えっ、なんスか?」
「なに? どういうことよ」
「弓だよ! もしかしたらいけるかも」
「ええ、何がッスか?」
「ユーリさんって、弓手なんですか?」
「違うけど、弓は使うんだ。斥候だから」
「……なるほど。弓型斥候か」
弓手以外にも、弓を使う
それが、斥候だ。
斥候は、パーティーに先行してモンスターや罠を発見する職業で、
要は、モンスターから見つかりにくくなるのだ。
この職業特性を利用し、不意の遭遇戦や大規模な群れとの
危険で、知識や立ち回りが要求され、戦闘面でも他職に劣りがちと、あまり人気の職業ではない。
だが上位パーティーほど安全を重視するので、【気配察知】や【罠看破】、被発見率をさらに下げる【隠密】のようなスキルを持っているのならば、斥候は加入先に困らない堅い職業でもあった。
あくまで補助的な職業なので、剣士や盗賊のように武器の威力に補正がかかったりはしない。
だから何を使ってもいいのだが、だいたいの斥候はナイフか弓を持つことが常だった。
理由は単純で、重量が軽いために高い
ユーリの場合、弓を使う弓型斥候ということなのだろう。
「それはわかったが……」
俺はためらいがちに言う。
「斥候が装備するには、あの弓は大きすぎないか?」
重量のある武器を装備すれば、その分
俺は加えて言う。
「確かに、あの弓には毒矢と麻痺矢の成功率上昇効果が付いていたが……あの威力の弓でサポートをやるっていうのもな……」
威力補正が乗らず、
状態異常やデバフ効果のある矢を放ったり、パーティー全体に恩恵のある効果のついた弓を使うといった、補助的な役割が主に求められる。
そこに照らすと……メイン火力になれそうなあの弓を斥候で使うというのは、あまりそぐわない気がした。
しかし、テトは軽く言う。
「えー、いいじゃん! あの弓超強いから、斥候でもかなりのダメージソースになれるよ。おもしろくない?」
「まあ確かに、おもしろい編成にはなるかもしれないが……」
「それに、ユーリは弓がすごく上手いんだ。強いの使わないともったいないよ」
「そうなのか?」
「あの~、話が見えないんスけど……」
当事者なのに置いてけぼりだったユーリへ、テトが簡単に説明する。
「前に店長がひどい値付けして売るのあきらめたボスドロップのレア弓があるんだけど、ユーリ、それ使ってみない?」
「はあ、レア弓ッスか。でも、ウチでいいんスか? ボスドロップなら、もっとレベルの高い人に売った方が……」
「今のとこ全滅なんだよね。ほら、アルヴィン出して」
「あ、ああ」
言われるがまま、俺はストレージから例の弓を取り出す。
実体化した虹色のそれを見て、ユーリが目を丸くした。
「うわぁ。これまた派手な弓ッスね……」
「そうなのよ。見た目はすごくいいでしょ?」
「レア武器感あるよな」
「ええっ、そうかなぁ。なんか毒々しくて悪趣味じゃない……?」
「わたしも同感です……」
デザイン肯定派の俺とメリナに対し、テトとココルは否定派のようだった。
俺は自分の派閥を擁護するべく言う。
「強い武器ほど、こういう常軌を逸した見た目をしているものなんだ。格があっていいだろう。な、メリナ?」
「格はよくわからないけど、かっこいいわ」
「……」
どうやら俺とメリナも別の派閥だったらしい。
ユーリが、虹色の弓を手に取る。
張られた弦や反りを見るその目には、真剣な色があった。
「ユーリ、ここで装備してみてよ」
「え、ここでッスか?」
テトの言葉に、ユーリが不思議そうに問い返す。
武器は、ダンジョンの中では持っているだけで装備扱いになるが、ダンジョンの外ではステータス画面から登録してやる必要がある。
ただダンジョンの外で装備しても、パラメーター上昇などの恩恵が得られないので、普通はそんな意味のないことしない。普通は。
「別にいいッスけど……」
「あ、その前にステータスのスキル画面見せて」
「ええ、なんでッスか?」
「それ、デメリット武器なんだ。持っているスキルが一つ無効になる効果が付いてるから、どれが無効になるのか確かめないと」
「……あー、値付けがひどくて買い手も付かないってそういうことだったんスね。いいッスよ。ウチもちょっと気になるッス!」
そう言って、ユーリが左手の指を振ってステータス画面を出す。
それからふと顔を上げ、気を使って正面に回っていた俺たちへと言った。
「あれ、どうしたんスかみなさん。こっち来ないと見れないッスよ」
「み、見ていいのか?」
普通、他人のステータスを覗き見るのは重大なマナー違反だ。
親しくない相手にそんなことをすれば、ぶん殴られても文句は言えない。
だが、ユーリは笑って言う。
「全然いいッスよ! 隠すようなステータスでもないッス!」
「そうか……?」
それなら、と、俺はココルとメリナと一緒に、すでに覗き込んでいたテトの近くに寄る。
そのスキル欄を見て、俺は思わず目を瞠った。
【敏捷性上昇・小】
【器用さ上昇・小】
【運搬上限上昇】
【忍びの極意】
「い、良いスキルを持ってるな!」
「うわぁ、四つもあるんですねぇ……」
「しかも一つが【忍びの極意】よ。め、恵まれてるわね……」
ユーリの持つ四つのスキルは、どれも腐りにくい有用なものばかりだった。
平均よりも多いうえにこの内容は、相当に運が良い。
しかも一番下の【忍びの極意】は、かなり強力なスキルだ。
本来の効果よりは劣ってしまうものの、【隠密】【罠看破】【敏捷性上昇】【筋力上昇】スキルが複合しており、加えて【体術】スキルの一つである“変わり身”が使える。【縄抜け】のように、モンスターの拘束を抜け出すものだ。
さらにはナイフと投剣系武器の威力が少し上昇するなど、もうなんというか豪華なスキルだった。
ただ……弓型斥候よりは、ナイフ型斥候や盗賊に向いたスキルではある。
武器威力上昇の恩恵が受けられないうえに、戦闘では後衛になるので“変わり身”が腐りやすい。
だがまあ、
素直にうらやましい。
「うらやましいです……」
「うらやましいわね……」
「ス、スキルならみなさんの方が持ってるじゃないッスか!」
「私たちの場合、余計なスキルもあるから」
「普通にしてたらあれで全部帳消しです」
「そ、それは……まあそうかもッスけど……」
「そうそう、ユーリは恵まれてるんだからねー? 【忍びの極意】なんて、斥候ならみんなうらやましがるスキルだよ。そんなにすぐレベルを上げられたのも、いいスキルを持ってたおかげでしょ」
あらためてステータス画面を見ると、ユーリはレベル【19】であるようだった。
十分中堅を名乗れる水準だ。駆け出しが本当だとしたら、相当早いペースでレベルを上げられたことになる。
「あはは……そうかもしれないッスね」
ユーリはそう言って、困ったように笑った。
まあなんにせよ、レベルが高いということはパラメーターも高いということだ。多少重量のあるこの弓を装備しても問題はないだろう。
「でも問題は……どのスキルが無効になるかよね」
「できれば【器用さ上昇・小】だといいかなー。弓に同じ効果がついてるから、差し引きゼロだよ」
「次点で、【運搬上限上昇】でしょうか?」
「そんなところだろうな」
逆に言えば……それ以外だと厳しい。
「じゃ、じゃあ、装備するッスよ」
俺たちの期待にわずかに緊張した様子のユーリが、装備のための操作を行う。
少し間を置いて――――一番下にあったスキルの文字が、灰色に変わった。
「えっ」
「あら……」
「あちゃ~」
「よりにもよって、か……」
無効になったのは、あろうことか【忍びの極意】だった。
斥候をやっていくには、この中で一番重要なスキルだ。
「これは、ちょっとねー……」
「まずいだろうな……」
「残念ね」
「そうですね……ごめんなさいユーリさん、変に期待させてしまって……」
ココルが謝ると、じっとステータス画面を見つめていたユーリは、あわてたように手を振って言った。
「いいッスいいッス! 運が悪かっただけですし、むしろこっちが申し訳ないッス。それに……やっぱりこの弓、斥候が装備するには大きいッスから。ウチが使うのは難しかったと思うッス」
ユーリは若干すまなそうに言うと、それから俺たちへこんなお願いをしてきた。
「でも、いい弓ッスね! ちょっと引いてみてもいいッスか?」
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