【スキル封印・小】③

 テトが贔屓にしている武器屋は、ギルドから近い大通りにあった。


 正面の店構えはこぢんまりとしているが、実は奥に長く延びていて、裏手には試し斬りや試し撃ちができる庭まである。

 もっとも、ダンジョンではないからステータスの補正が乗らず、特殊効果も使えないので、あくまで参考程度にしかならないのだが。


「こんちはー」


 慣れた様子でテトが扉を押し開けると、カウンターの向こうにいた小柄な店員が顔を上げた。


「あっ、テトせんぱい! いらっしゃいッス!」


 薄く緑がかった真珠色の髪をした、見慣れない少女だった。

 テトよりも少し背が高いが、同じくらいの歳に見える。


 店員の少女は笑顔で言う。


「今日はどうしました? 買い取りッスか?」

「んーん。ちょっと倉庫を見に来ただけ。物を仕舞いにね」

「またッスか。ええっと、鍵は確か……」


 カウンターの下でごそごそやり出した少女へ、俺は訊ねる。


「あれ……今日、親父さんはどうしたんだ?」


 テトに紹介されてから、品揃えの良さに惹かれ、俺も何度かこの武器屋に来ていた。

 だが、ここの店主は頑固で愛想の悪いじいさんだったはず。


 少女は顔を上げ、苦笑しながら答える。


「ああ、店長は今、二日酔いで寝込んでて……申し訳ないッス」

「いや、別に用があったわけじゃないからいいんだ。もしかして……あんたは孫娘か何かか?」

「えっ?」


 少女は一瞬きょとんとした後、笑って答える。


「あははっ、違いますよー! ただのたなッス。ここの二階に部屋を借りてるので、たまに手伝ってるんスよ」

「そ、そうか……」

「どうしたのよ、アルヴィン」

「いや、あのじいさんに孫がいたのかと思って、ちょっと驚いただけだ」

「どんな店主なんですか……」

「でも、気持ちはわかるッスよ。実際店長、若い頃奥さんに逃げられてるみたいッスからねー」

「想像できるな」

「ただ、あれだけ頑固なのにテトせんぱいのことは目にかけてるんスよねー」

「ええ……そうかなぁ。ボク、けっこう怒鳴られてる気がするけど……。よくレア武器を売りに来るからってだけじゃない?」

「そんなことないッスよ。せんぱいだからッス」

「ねえ、そのせんぱいって……何? 彼女、あなたの孤児院での妹分だったりするのかしら?」

「違う違う。ユーリは、親しい冒険者のことはだいたいそう呼んでるんだ」

「はい! ウチもこう見えて、駆け出しの冒険者ッスから!」


 ようやく引っ張り出した鍵を手に、ユーリと呼ばれた少女ははにかみながら言った。


「みなさんせんぱいッス!」



****



「ひょっとして……なんスけど」


 店の廊下を奥に向かって歩く途中、ユーリが俺たちを振り返って訊ねてきた。


「みなさんは、『あかつき』の方たちッスか?」

「ああ、そうだが」

「うわー、やっぱり! テトせんぱいからはちょっと聞いてましたけど、お会いできてうれしいッス!」


 ユーリが歓声を上げて、俺を振り仰いだ。


「じゃ、お客さんがアルヴィンさんッスか?」

「あ、ああ……」

「噂に違わぬ男前ッスね!」

「ど、どうも……」


 ぐっと親指を立ててくるユーリに、俺は微妙な顔で答えを返す。

 どんな噂が流れてるんだ?


「じゃあ、そっちのお二方が……」

「メリナとココルだよ。っていうか、なんでそんなはしゃいでんのさ。ボクいつも話してるじゃん」

「実際に会うのとは違うッスよ! 冒険者の中で、今一番有名な人たちじゃないッスか! いきなり現れて、あっという間に難しいダンジョンを攻略して、しかも全員マイナススキル持ちって、話題性しかなくてすごいッス! ウチと歳もそんなに変わらなさそうなのに」


 ユーリが弾んだ声で言う。


「メリナさんは、やっぱり噂通りの美人ッスね!」

「そ、そう? ありがとう……」

「ココルさんは……かわいらしい人で意外でした。噂と違って、あんまり怖くなさそうで」

「えへへ、ありが……ええっ、ちょっと待ってください! わたしの噂だけ、なんかおかしくないですか!?」


 あんぐりと口を開けるココルの横で、テトがすねたように言う。


「ボクだってメンバーなのに……」

「あはは。テトせんぱいは、なんか今さらッスから」


 苦笑しつつ、ユーリが俺に話しかける。


「せんぱい、迷惑かけたりしてませんか?」

「迷惑なんてとんでもない。テトにはよく助けられてるよ」

「えっ、そうなんスか。せんぱい、ほんとに強かったんスねー」

「ユーリはボクのなんなんだよ……」

「あはは。でも、よかったッス」


 ユーリは安心したように言う。


「テトせんぱい、パーティーを組むまでは、やばい階層に何日もかけて一人で潜ったり、無茶してたみたいなんで。あんなんじゃいつか死ぬぞって、店長も言ってたッスから」

「……」


 テトは、俺たちの中では一番年下だ。

 それにもかかわらず、出会った時にはすでに【55】という、ココルに次ぐレベルを持っていた。

 小さい頃からダンジョンに潜っていたようだし、持っているスキルの恩恵もあったのだろうが、それでも相当無茶な冒険をしてきたことは簡単に想像できた。


 だが、俺もそれを咎められるような人間じゃない。


「そうか。でも、それは……俺も似たようなものだな」

「……」

「危険なレベリングをしたり、強い武器を買うために無理して金を稼いだり、ずいぶん無茶をしたよ。マイナススキルを持っていると……まともにパーティーを組めないせいで、いろいろと苦労があったからな」


 たぶんそれは、ココルもメリナも一緒だろう。


「だからこのパーティーを組むことができて、本当によかったと思ってるんだ。やっとまともな冒険者になれた気がするよ」

「へぇ……なんか、いいッスね」


 ユーリが静かに微笑んで言う。


「いいパーティーみたいで……テトせんぱいがうらやましいッス」

「あの、テトさんは、わたしたちのことどんな風に話してたんですか?」

「みなさんのことは、よく誉めてたッス! みんなすごいんだって」

「ええっ、そうなんですか!? 具体的には?」

「気になるわね」

「はあっ!? もういいだろそんなことー!」

「ええっと……」

「ユーリもやめろって! はいはいもう終わり!」

「えー……じゃあユーリさん。あとでこっそり聞かせてくださいね」


 店の廊下に、わいわいと騒ぐ声が反響する。


「あ、そういえば、ユーリさんも冒険者なんですよね?」


 ふと、ココルが言う。


「ユーリさんは、どこのパーティーに入ってるんですか?」

「いやぁ……別に有名でもなんでもない、普通のパーティーッスよ」


 取るに足らないことのように、ユーリは答える。


「ただちょっと合わなくて、そのうち抜けるかもしれないッスけどね」


 そう付け加えると、ユーリはふいと顔を背けた。

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