【     ・ 】②

 俺の言葉に皆はっとすると、あわてて辺りのアイテムを拾い始める。


 すっかり忘れていた。俺たちはボスドロップを目当てにこのダンジョンへ来たんだった。

 ボスドロップのアイテムは時間経過で消えたりはしないが、そういう問題じゃない。俺も必死で、メインとなるドロップアイテムを探す。


 さすがに四十層のボスだけあって、高級そうな素材アイテムがたくさんあった。中には高価な薬草や装飾品も落ちている。


 と――――その時、一つのアイテムが目に入った。

 歩み寄り、静かに拾い上げる。


 それは、弓だった。

 ドライアド本体の幹と似た質感の弓身だが、実の色で染まっているのか虹のごときド派手な色合いをしている。

 詳しい情報を見るため、俺は弓のステータスを見る。


「……」


 それを確認し……俺は察した。

 とりあえず、三人を呼ぶために声を上げる。


「みんな、見つけた! ……と、思う」


 思い思いにアイテムを拾っていた三人が、それを聞いて急いで駆け寄ってくる。


「ほんとですかっ?」

「思うって何よ、思うって」

「これなんだが……」


 弓を見せると、ココルとメリナが眉をひそめる。


「弓、ですか……?」

「武器じゃないのよ。強そうだけど」

「俺の考えで合っているのか、確かめたいんだが……テト、弓の善し悪しはわかるか?」

「え? うん。たまに宝箱から拾って売ってるから、少しは」

「俺は剣以外の武器はよくわからないんだ。ちょっと見てみてくれないか?」

「いいけど……」


 いぶかしげに弓を受け取り、テトがステータスを開く。

 それから、すぐに目を見開いた。


「えっ、何これ、つよっ!? うわぁ、威力もすごいけど、DEX器用さ上昇効果までついてる!? しかも矢に火、水、風属性付与、毒矢と麻痺矢は成功率アップ!? とんでもないレア弓だよこれ!」


 テトが驚いている。

 やはり、強力な弓だったらしい。


「これ見た目はひどいけど、売ったらきっとすごい額に……ん?」


 と、ステータスの一点を見つめ、テトが眉をひそめる。


「え、何この効果……。こ、これ、もしかして……」

「やっぱり、そういうことか?」

「何? なんて書いてあるんですか?」

「見えないから読み上げてくれない? テト」

「えっと……」


 ややうろたえつつ、テトがステータスの文面を読み上げる。


「これ、DEX器用さ上昇とか属性付与と同じ、武器の効果の内の一つなんだけど……【スキル封印・小】って……」

「え?」

「はい?」

「で、その説明を見てみると……『所持スキルの内、一つがランダムで使用不可になる』って……」


 聞いていた二人が、目を丸くする。


「な、なんですかそれっ!? 明らかにマイナスの効果じゃないですか!」

「もしかしてそれ……デメリット武器なの?」

「デ……え? なんですか?」


 知らないらしいココルへ、メリナが説明する。


「ごくまれにあるのよ。威力や効果が強力な代わりに、デメリットになる効果も一緒に付いている武器が。普通は、パラメーターが下がるようなものが多いんだけど……」

「こういうのもあるんだね。ボク知らなかったよ」


 テトがそう言って、弓に目を落とす。

 デメリット武器は珍しい。俺も実物は初めて見た。


「それにしても、使いづらそうな弓ね。ランダムで一つ、ってところがいやらしいわ」

「そうだな。どのスキルが無効になるかわからなければ、戦略も立てにくい。毎回混乱しそうだ」

「これが使えそうな人となると、そうね……弱めのスキルを一つだけ持ってるか、もしくは全くスキルを持っていない冒険者ってことになるかしら。もちろん、弓手職の」

「弓手って、そんなに数いないんだよねー……高く売るのは難しそう」


 そう言って、テトが肩を落とす。

 金を持っているのはやはり高レベルの冒険者だが、彼らは同時にスキルもたくさん持っていることが多い。

 しかも後衛では魔導士の方が求められがちで、弓手は数が少ない。

 テトの言う通り、あまり需要はなさそうだった。


「あ、あの、気になってたんですが……」


 ココルがおずおずと言う。


「スキルの一つが使用不可能になる……ってことはそれ、もしかして……」

「……ああ」


 俺は、重々しく答える。


「おそらくこれが、例のボスドロップ……スキルを消すと噂されていたアイテムなんだろう」


 ボス部屋に、沈黙が降りた。

 もしかすると、皆ショックだったのかもしれない。


 俺としても予想外だが……一方で、腑に落ちるところもあった。

 消耗品ではなく、無限に使えるものでもなく、それでいて前例のあるアイテム。

 すべてを違和感なく満たせるのは、それこそスキルを使用不可にするデメリット武器くらいだろう。

 むしろ、何故気づかなかったのかわからないくらいだ。



“その▒▒▒▒▒▒は、使用者の持つ才の一つを失わしむる。”



 なんのことはない。

 皆、紛らわしい思わせぶりな原典フレーバー・テキストに踊らされていただけだった。


「……はあ。結局、スキルを消すアイテムなんてなかったのね。テトの言う通りだったわ」


 溜息をついて、メリナが言う。


「ボク、ああは言ったけど、自分では結構期待してたんだよね……」


 テトが苦笑いを浮かべながら言う。


「……そうだな」


 俺も同調する。

 落ち込む気持ちも、よくわかった。


「…………い、いいじゃないですかっ!」


 だが。

 ココルはそう、大きな声で言った。


「何が悪いんですか! たくさんアイテムドロップを拾えましたし、ボスだって倒せました! 誰一人欠けてません! 冒険はこれ以上ないくらい大成功ですよ! スキルを消すアイテムなんて……なくたっていいじゃないですか!」


 ココルは言う。


「またこの四人で、冒険に行けば!」


 再び、短い沈黙が降りる。

 それを破ったのは、メリナだった。


「私は……別に、残念だなんて思ってないわよ」


 ふと笑って言う。


「なーんだ、って、ちょっと拍子抜けしただけ。あなたもそうじゃない? テト」

「まあねー。こんなことだろうと思ったよ」


 テトも言う。


「それに、アイテムはもう必要ないもんね。せっかくシナジー発揮してるんだし。たとえマイナススキルでも、消すなんてもったいないからさ」

「……そうだな。俺も……」


 静かに、自分の思いを口にする。


「俺もこのパーティーで、冒険を続けたい」


 マイナススキルを消して、別のパーティーに入る。

 そんなことは、もうとても考えられなかった。


 これほどすごい仲間たちなのだ。

 別れてしまえば、もう二度と巡り会えないと思えるほどの三人。

 他のどんなパーティーに入ったとしても、これほどの冒険ができるとは、とても思えない。


 そして、なんとなくだが――――皆も、同じ思いである予感がしていた。


 ココルが目をごしごしとこする。


「うう、みなさん……っ!」

「そうだ! パーティー名決めようよ、パーティー名!」


 テトが明るく言う。


「パーティー名、ですか……?」

「そうそう! せっかくだしさ。ギルドに登録する時、名前がないと困るでしょ? 何がいいかなぁ」

「そうね」


 メリナが考え込む。


「『紅竜同盟』とか『八神槍』とか、普通は何か適当に強そうな名前を付けるものだけど……どうせなら、このダンジョンにちなんだ名前がいいわね。ここで結成したんだもの」

「じゃあ、『落日』とかですか?」

「うーん、それだとちょっと後ろ向きな感じがするなぁ……」

「……『あかつき』ではどうだ?」


 俺が言うと、三人の目がこちらを向いた。

 少し気恥ずかしくなりながら、俺は続ける。


「星見泉洞というダンジョンのテキストで、夜明けのことをそう呼んでいたんだ。落日の次、という意味合いなんだが……どうだろう」

「いいですっ!」


 ココルが、目を輝かせて言う。


「かっこいい! わたし賛成です!」

「落日の次って、うまいわね。短くて呼びやすいし、私も好き」

「夜明け、なんて前向きでいいねー! じゃ、決まりだね!」


 テトが言う。


「ボクたちはこれから、『暁』だよ! よろしくね、パーティーリーダー!」

「……えっ、リーダー? 俺がか?」


 俺は動揺する。


「いや、その、俺は……そんな器じゃないんだが。それならメリナの方が……」

「何言ってるのよ」


 と、メリナに呆れたような目を向けられる。


「アルヴィン。あなたここに来るまで、ずっとリーダーやってたじゃない」

「そ……そうだったか?」

「むしろ自覚なかったの? アルヴィンも変わってるねー」

「わたしは……」


 ココルが、静かに言う。


「アルヴィンさんがリーダーだったから……ボスを倒せたんだと思ってます。だから、これからもリーダーでいてほしいです」

「そう、か……。わかった」


 俺はうなずいた。


 パーティーからは、これまで何度も追い出されたが……自分がリーダーになったことは、初めてだった。

 皆といると、初めてのことばかり起こる。


「はーあ。でも、さすがに疲れたわね。帰ったらとりあえず……おいしいものを食べたいわ。お腹空いたから」

「それじゃ、明日はドロップアイテムを売りに行こう! ボクいい店知ってるんだよ」

「わたしは……装備を新しくしたいです。せっかくお金が入るんですから、次の冒険のために」

「そうだな……俺も、剣を新調したい。次が、あるんだものな」

「はい! 次の冒険です、アルヴィンさん!」


 ココルが、にっこりと笑って言う。


「次はどこへ行きましょうか!」


 俺も笑みを浮かべ、それに答えた。


「そうだな、次は――――――」

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