【     ・ 】①

 エフェクトの残光と、大量のコインやアイテムが散らばった中心で……俺は、呆然と立ち尽くしていた。

 勝った……のか。

 しかも、最後は俺の一撃で。

 現実感が湧かない。ボス戦に参加したことは数度あるが、キルを取ったのは初めてだった。

 こんなに思い切り戦えたのも。


「アルヴィンさんっ!!」


 不意に衝撃を感じて、俺は驚く。

 ココルが抱きついてきていた。

 感極まったのか、半泣きで笑っている。


「やりましたね! やりましたねアルヴィンさん!」

「……ははっ。ああ、そうだな」


 俺も、思わず笑みがこぼれる。


「やっほーぅ! やったねー、アルヴィン! 最後決めてくれちゃってさー!」

「まったく、ヒヤヒヤさせるんだから……でもすごいわ、アルヴィン。私たち、勝ったのね」


 テトとメリナも、俺たちを取り囲んで口々に言う。

 二人も嬉しそうだった。

 俺もようやく実感が湧いてくる。

 俺たちは、このダンジョンをクリアしたのだ。


「でも、終わってみれば……けっこう楽しいボスだったね。はい赤! はい緑! って。失敗しちゃった人たちには、申し訳ないけどさ」

「そうね。ボスのモチーフも興味深かったわ。年を取ったドライアドの絵描き? だったのかしら。言葉遣いも単語や文法が独特だったし、凝ってたわね」

「落ち着いて考えると、あんまり難易度も高くなかったですよね。四十層のボスにしては」

「もしかすると……スキルを使用不可にする分、他のステータスが抑えられていたのかもしれないな」


 ダンジョンは、バランスが取れているものだ。

 それはボスだろうと変わらない。

 開始直後に即死攻撃を撃たれるような理不尽さは、ここにはない。


 むしろ……理不尽なのは、下手したらこちらの方だったかもしれない。

 俺は、戦闘中ずっと思っていたことを口にする。


「こういう言い方をしてはアレなんだが……三人とも、ちょっと気持ち悪いほどだよな」

「え、ええっ!? なんでそんな急に辛辣なんですか!?」


 口をあんぐりとあけるココルに、俺は言う。


「ココルのバフだが……あれはどうなってるんだ?」

「え……? ああっ、あれのことですか」


 聞いたココルが、笑顔になって言う。


「アルヴィンさん、知ってましたか? バフって、効果が切れるその瞬間にかけ直すと、付与エフェクトがすごく小さくなるという小技があるんですよ。特に意味はないんですけど、支援職の間では有名でして。かけ直してたの気づかなかったでしょう?」

「あ、ああ……それは、狙ってやってたのか?」

「……? そうですよ。タイミングとしては理想なので、これが完璧にできるようにがんばって練習しました。神官なら当然です!」

「……」


 ココルは胸を張って言うが、当然ではないと思う。

 常にそんなことができる神官なんて聞いたことがない。そもそも支援職以外に知られていない時点で、使える人間がほとんどいないことは明らかだった。


「ま、まあいいか……。メリナにも訊きたいことがあるんだが」

「何?」

「ドライアドが次に攻撃してくる色は、どうやって予測してたんだ?」

「そんなこと?」


 メリナは、大したことじゃないことのように言う。


「枝が降ってきて少しすると、天井の枝がざーって動いて、隠れてた実が出てくるのよ。それが次の攻撃色。口で言ってもわかりにくいから、あの場では言わなかったけどね」

「……そんなの、よく気づいたな」

「そう? 天井に見えてる実の数が変わらなかったら、なんとなく怪しいって思わない? 後衛だと視野が広くなるから、意外と気づけるものよ」

「……」


 絶対そんなわけないと思う。

 ボスの中には、まるで行動パターンに気づいてほしいかのように攻撃の兆候を示すものもあるが、これは確実にそういうやつじゃない。本来だったら気づかれずに終わっていたはずのものだ。


「ま、まあいいか……。テトは……まあいいか」

「えー、何それ! ボクにも何か訊いてよー」

「訊いてもどうせわからない」


 初見のボスの弱点部位を見抜き、有効タイミングを見極めて返り討ちカウンターを決めるなんて芸当、どんな説明をされてもできる気がしない。


 本当に、この三人はどうなっているんだろう。


「今さらだが……なんだかとんでもないパーティーに入ってしまった気がするよ。凡人の俺からすれば、みんな何をやっているのかわからなくて怖いくらいだ」


 三人ともが、一瞬沈黙する。

 だが、すぐに口々にわめき始めた。


「いやいやいや! アルヴィンさんに言われたくないですよ!」

「何をやってるのかわからないはこっちの台詞よ!」

「アルヴィンのあれこそなんだったのさ!」


 俺は首をかしげる。


「あれ、ってなんのことだ?」


 三人は顔を見合わせた後、代表するようにココルが言う。


「わたしは、剣士のことはよくわからないんですけど……あの影の範囲攻撃を受けた時、アルヴィンさん“パリィ”を使ってませんでした? あと最後に“強撃”も……【剣術】スキル、使えなくなってたはずですよね?」

「ああ、あれか」


 俺は説明する。


「実はパリィは、【剣術】スキルがなくてもできるんだ」

「え?」

「……?」

「はあ?」

「モンスターの攻撃は、身体が傷つくことこそないが、衝撃はあるだろう? それを上手く受け流すようにすると、【剣術】スキルの“パリィ”と同じように、HPも減らないし体勢も崩れなくなるんだ。“強撃”も同じだな。スキルと同じ動きを意識すると、火力が上がる。たぶんだが、【剣術】スキルは実際には、こういう動きを補助アシストするだけの効果なんだと思う」


 三人は呆気にとられたような顔をしている。


「ええ……そんなの初めて聞きました。ちょっと、衝撃なんですけど……」

「もしかして、ボクの【短剣術】や【投剣術】もそうなのかな」

「おそらくな。他の武器スキルのことはよく知らないが」

「アルヴィン。あなたそれ、自分で見つけたの?」

「いや。剣の師匠だった元冒険者のじいさんから聞いたんだ。じいさんは【剣術】スキルを持っていなかったからな。スキルに頼ってしまう俺では、一生気づけなかっただろう」


 役に立たない教えだと思っていた。スキルがあるなら、それを使えば済む。

 だが、ここにきてあの教えが生きた。

 じいさんに怒鳴られ、いやいやながらに練習した甲斐があったというものだ。


「もっとも、うまくいくことの方が少ないんだけどな。そのうえ冒険者になってからはスキルに頼りっぱなしだったから、さっきのは奇跡みたいなものだよ」

「えー? じゃあなんでやろうと思ったのさ」

「なんとなくだが……できる気がしたんだ」


 たぶんその直感も、冒険者プレイヤースキルだったんだろう。


「えへへ、すごいパーティーですね。わたしたち」

「本当にね。マイナススキルのシナジーが、大したことないように思えるくらい」

「ボクたちだったら、もっと深い階層のボスだって倒せるんじゃない?」

「そうだな。今度行ってみるか」


 それまでは、マイナススキルもそのままでいいかもしれない。

 せっかくシナジーを発揮しているんだ、まだ消さなくても……、


 と、その時。

 俺は、急に思い出した。


「あっ! そ、そうだ! アイテムはっ……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る