[       ]③

 そしてようやく、俺たちはその場所にたどり着いた。


 目の前にそびえるのは、古めかしい巨大な金属扉。

 それは紛れもなく、ここ落日洞穴ボス部屋の扉だった。


「……一応、ここまで来たが」


 静寂の中、俺は口火を切る。

 皆に訊いておくべきことがあった。


「俺たちは、ここから帰ることもできる。ここまでで運良くかなりのアイテムが手に入った。一回の冒険としては十分な報酬だろう。『記憶の地図』を使ってもいいくらいだ」


 俺は続ける。


「四十層のボスともなれば、危険も大きい。しかも撤退不可のボス部屋だ。正体のわからないギミックの存在も考えると……ここで無理をする必要は、ないとも言える。今以上に準備を重ねて、後であらためて挑んでもいいし、上の階層で攻略のヒントをもっと探したっていい。地図と情報を売って、ボスドロップが市場に流れるのを待ってもいい。そういう選択肢もある。だから……皆の意見を、訊いておきたいんだ」

「……アルヴィンさんは、どうしたいんですか?」


 沈黙の中、ココルがぽつりと言った。


「俺は……」


 わずかに口ごもりながら、俺は告げる。


「俺は、先へ進みたい」

「……」

「今は、奇跡的に消耗が少ない。誰の怪我もなく、アイテムだって十分残っている。ヒントがこれ以上あるとは思えないし、他のパーティーが攻略して、ボスドロップを市場に流すなんて都合のいいことも考えにくい。これ以上状況がよくなるとは思えないんだ」

「……」

「俺たちは……誰が欠けてもダメだ。この四人でないと、マイナススキルを打ち消せない。だからこそ、今挑むべきだと思う」


 冒険者が欠けることは、珍しくない。

 怪我や病気に、事故。ふとしたきっかけで、いつもの酒場から見知った顔が消える。


 彼女たちとの『次』がいつまでもあると信じられるほど、俺は楽観的ではなかった。

 今が、最後のチャンスになるかもしれないのだ。


「じゃ、決まりですね」


 ココルが、笑って言う。


「行きましょう!」

「……いいのか?」

「はい! アルヴィンさんがそう言うのなら」

「そうね。私たちはそもそも、ボスを倒すためにこのダンジョンに潜ったのだものね」


 メリナが、静かに言う。


「この機会は逃せないわ。私もアルヴィンに賛成よ」

「ボクも、それでいいよ」


 テトが言う。

 いつもの軽い調子ではなく、少しだけ真剣な口調だった。


「撤退不可は怖いし、ギミックも見当がつかないけど……でも、このパーティーならきっとクリアできる。むしろボクたちでダメなら、誰もクリアできないよ」

「そう、か」


 小さく呟く。

 同じ思いだったとほっとすると同時に……少し寂しくもあった。


 今俺たちのマイナススキルは、マイナス効果のみすべて打ち消され、逆にプラスになっている。

 このパーティーのまま冒険を続けるならば、スキルを消すアイテムなんてわざわざ手に入れる必要はない。


 それでもボスに挑むのは……やはり彼女らも、このパーティーが永遠でないと思っているからなんだろう。

 誰かが冒険者を続けられなくなるかもしれない。あるいは、何かのきっかけで仲違いしてしまうかもしれない。

 長く続くパーティーなど、実は一握りだ。


 自分一人になっても、世界は続くし、生きていかなければならない。

 だからこそ、マイナススキルは消す必要がある。


 俺は、ボス部屋の扉に手をかける。


「じゃあ、行くぞ」


 三人がうなずいたのを確認して――――俺は、扉を押す手に力を込めた。

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