【ミイラ盗り】⑥
「秘密って……何よ、それ」
メリナが問い詰める。
その口調には、微かな困惑がうかがえた。
「ここの深層から下の地図って、出回ってないよね。どうしてだと思う?」
「どうしてって……不人気だから。苦労してマッピングしても採算が取れないから、地図屋が嫌がってるんでしょう」
「それもあるだろうね。でも地図の供給元はそれだけじゃない。深層を攻略する高レベルパーティーが、小遣い稼ぎに売ることもある」
「それが何よ」
「地図が出回っていないのは……このダンジョンの攻略に向かったパーティーが、帰還していないからさ。みんな全滅してる。ボス相手にね」
「……ありえない」
俺は思わず口を挟む。
「普通、高レベルパーティーほど慎重だ。安易にボスに挑むとは思えない。挑んだとしても、撤退の手段くらいは残しているはずだ」
「まあ聞いてよ。ここから下の階層には、さっき言ったように毒モンスターがよく出るようになる。これが弱いんだ。毒は対策をしていなければ厄介だけど、ちょっといい耐毒ポーションで簡単に防げるからね。高レベルパーティーなら当然そのくらいの備えはあるし、毒モンスターはステータスが低めだから、大した障害もなくどんどん先に進める。最下層には闇属性モンスターが少し出るけどその程度で、あっという間にボス部屋の前だ」
「……」
「で、そこまでたどり着いた冒険者は思うわけだよ。『消耗も少ないし、ちょっとボス部屋の様子でも見ていこう』ってね。扉を開けて入ったら、それが最後。そこから誰かが出てきたことはないし、今ダンジョンが健在なことからもわかるとおり、クリアだってされてない」
「撤退してきたことがないということか? 帰還アイテムで帰ったんじゃないのか?」
「たぶんそうじゃないよ。だって――――ボス部屋の扉は、パーティーが入った直後にひとりでに閉まったからね。入り口からは出られるはずがないし、きっと帰還アイテムだって使えなくなってる。あれは撤退不可のボスなんだよ」
「そ、それはおかしいです!」
今度はココルが口を挟む。
「撤退不可のボス部屋には、普通は何かのギミックがあります! そしてそういうボスのいるダンジョンは、全体に類似のギミックが配置されていることがほとんどです! こんな何もないダンジョンのボスが、撤退不可なんてこと……」
「そうだね。お姉さんの言う通り、撤退不可のボス部屋には仕掛けがあることが多い。まるでその情報を持ち帰らせないためみたいにね。だから――――このダンジョンのボス部屋にも、きっと何かギミックがあるんだよ。ここのボスだけの……どんな高レベルパーティーも攻略できなかった、秘密のギミックが」
「そんな、でも……」
「たぶん、ダンジョンにもあるような転移やダメージや拘束系トラップとかじゃなくて……ルールみたいなもの、なんだと思うけど」
「ルール、ですか?」
「うーん……なんて言ったらいいのかなー」
難しい顔をして、そこでテトは言葉を切ってしまった。
何か考えていることはあるらしいが、どうにも言葉にできない様子だ。
「本当かしら? どうも違和感があるのよね」
メリナが、眉をひそめて言った。
「あなたはそれを知らずにボスに挑むパーティーを、黙って見てたってことよね。それも、何度も」
「それは仕方ないだろー」
テトが、少しむっとして言う。
「ボクも最初の一、二回は確証が持てなかったんだ。それに、他人の冒険にとやかくいうのはマナー違反じゃないか。ボクだって逆ギレされたくはなかったんだよ」
「……」
「それでも……何回か、忠告くらいはしたよ。でもね、だーれも聞かないの! お姉さんみたいにボクの言うこと信じないか、信じた上でボス部屋に突撃するかのどっちかだった。もうほんと、冒険者なんてバカばっかり! だから今回はうまく言いくるめてあきらめさせようとしたのに、それすらも聞かないしさー」
「……」
「きっとボスに挑んだパーティーの中には、マイナススキルを持ったメンバーもいたんだろうね。今思えば、だからあんなに必死だったのかも……。それでも、こんな小規模ダンジョンの不確かなボスドロップになんて期待しないで、身の丈にあった冒険を続けていればよかったのに……せっかくパーティーに恵まれてたんだから」
テトの独白に、俺は思わず視線を落とした。
言われてみれば、自分も無謀なことをしようとしていたのかもしれない。
それでも、パーティーに恵まれなかった俺には、他に選択肢がなかった。
おそらく、ココルとメリナにも。
「……そうじゃないわ」
しばしの沈黙の後、メリナが口を開いた。
「私が言いたかったのは、そういうことじゃなくて……なんで、そんな状況になったのかってこと」
「え……?」
「深層の地図が出回ってないってことは、あなたは深層があるって知らないまま、このダンジョンに来たってことよね? どうして? 宝箱漁りをするのなら、普通は浅くなりがちな小規模ダンジョンになんて来る意味はないんじゃない? 最初は何しに来たの?」
「そっ……」
「ボス部屋へ他のパーティーが入っていくところを何度も見ているのも不思議だわ。同行していたわけでもなさそうだし、あなたはそこで何をしていたわけ?」
「……」
しばらく押し黙った後、テトはばつが悪そうに言う。
「それは……お兄さんにでも訊いてよ」
「はい?」
「どうせ、お兄さんはわかってるんでしょ」
メリナが顔を向けてくる。
「そうなの?」
「ただの予想だ。違っていたら言ってくれ」
テトからの返事はない。
俺は続ける。
「テトさんは初め、他のパーティーがボスを倒したら、そのドロップを横取りするつもりだったんだろう」
「は、はあ!?」
「そうなんですか!?」
テトは黙ったまま何も言わない。
やはり、間違ってはいないようだった。
「なんでそんな……」
「仕方ないだろー。こうでもしないと、ソロのボクはボスドロップになんてありつけないんだ」
テトはまた、皮肉げな笑みを浮かべる。
「今のレベルも、キルの横取りで稼いだようなもんだからね。それくらいお手の物さ」
「……やっぱりこの人、ギルドに突き出した方がいい気がしてきました」
「マナー違反ではあるが、禁忌じゃない。ギルドも何もできないだろう」
「そうかしら。その辺の雑魚モンスターならともかく、普段からボスドロップの横取りなんてやってたなら、ギルドだって黙ってないと思うわよ」
「さすがに普段からそんなことはしないだろう。今回は……このダンジョンのボスドロップだけは、特別だった。違うか?」
テトは何も言わない。
「特別って……」
「俺たちと同じ事情だ。スキルを消すアイテムがどうしても必要だったんだ。テトさんは――――マイナススキル持ちだから」
パーティーを組めないからこそ、手段を選んではいられなかった。
テトは、やはり何も言わない。
ココルとメリナが驚いたように声を上げる。
「ええっ、この人もですか?」
「どうしてそんなことわかるの?」
「戦闘中に使っていたスキルが多かった。俺が見てた限りでも四つだ。あとは、それ以外の状況から予想しただけだな」
高レベルの冒険者は、人よりたくさんのスキルを持っていることが多いから、確証があったわけじゃない。あくまでただの予想だ。
自分がそうだから、という思い込みもあったかもしれない。
結果的に当たっていたが。
「マイナススキルって、どんな?」
メリナの問いに、俺は首を横に振って答える。
「いや、俺もさすがにそこまでは……」
「【ミイラ盗り】」
俺の言葉を遮って――――テトが、そのスキル名を口にした。
まるで自嘲するように、笑って言う。
「本当に、厄介なスキルだよ」
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