【嫉妬神の加護】②

 セーフポイントが見えてきたのは、それからしばらく歩いてからのことだった。


「あっ、見てくださいアルヴィンさん!」


 指をさすココルに、俺も安堵の笑みを返す。


「よかった。ちゃんとあったな」


 この辺りの階層は、冒険者の間で地図が売り買いされている。

 ここまで潜った冒険者が、自身のマッピング情報を紙に書き写し、それを市場に流しているのだ。


 情報は重要だ。

 冒険者は皆それを理解している。

 ダンジョンでの遭難は死を意味するので、特に地図の需要は高かった。それだけでも十分に稼げることから、マッピングを専門とするパーティーもあるくらいだ。


 ただし、出回る地図がいつも正しいわけではない。

 写し間違いや、行ったことのない場所を適当に描いた粗悪品もよくある。


 だから、地図通りにセーフポイントにたどり着けると、冒険者はだいたい安心するものだ。


 さっそく休息に向かおうとした時――――俺は遠く、微かな物音を感じ取った。


「はぁ~、お腹空きましたぁ。やっとこれで……」

「悪い、ちょっと来てくれ!」

「ええっ? アルヴィンさん?」


 走り出す俺。その後を、ココルがあわててついてくる。


 音が次第に大きくなる。

 モンスターが出す音に、何かが爆発するような音。

 間違いない、これは戦闘音だ。


 ただの戦闘ならなんの問題もないが、どうも普通じゃない気がする。

 予感のままに音の方へ突き進む。

 そして、それが目に入った。


 先が行き止まりになったあい

 そこに、何体ものエメラルドゴーレムが集っていた。


 ゴーレムたちは、隘路の先の行き止まりへと歩みを進めようとしているようだった。

 多数のモンスターによって遮られたその向こうから、時折火属性魔法の炎が飛び、無数のゴーレムの内の一体を燃やしていた。


 隘路の先、行き止まりになっている場所に、冒険者がいる。

 だが……あの様子だと、おそらくごく少数。

 少なくとも、この数のエメラルドゴーレムをなんとかできるほどとは思えない。


 俺は剣を抜く。


「ココル、バフを頼む!」

「は、はい!」


 俺が駆け出すと同時に、ココルが滑らかな詠唱を開始する。

 速く、正確で、認識しやすい。お手本のような呪文詠唱だ。

 俺がゴーレムへ肉薄し、その背の肩口から核に向かって斬り上げる頃には、すでに《物理耐性貫通》のバフが付与されていた。


 エフェクトと共にエメラルドゴーレムの一体が四散する。

 周囲のゴーレムの何体かが、俺へと体の向きを変える。

 そのタイミングで、俺は声を張り上げた。


「おーいっ!! 生きてるか!? いくらかこっちで受け持つから踏ん張れっ!!」

「――――っ? ――――」


 行き止まりの方から声が聞こえたが、同時に放たれた爆裂魔法の轟音と、ゴーレムの群れが出す重低音のせいで内容はわからなかった。

 だが、生きているならいい。


 左からのゴーレムの拳を受け流す。そのままの流れで、右にいたゴーレムの核を突いて倒す。

 エフェクトの下をくぐって、先にいたゴーレムの足を斬る。一定ダメージを超えて転倒したその背中を足場に跳躍。通路の隅を抜けようとしていたゴーレムの首を痛撃し、仰け反りノックバックを発生させて後衛ココルへの強襲を防ぐ。


 バフのおかげもあるだろうが、なんだか調子がよかった。

 どういうわけか隘路の先から放たれる魔法も急に増えて、ゴーレムの数は目に見えて減っていく。


 そして、最後の一体が散った。

 一面に『エメラルド鉱石』やコインが散らばった隘路の中心で、俺は剣を納め、まずは大事なパーティーメンバーを振り返る。


「お疲れ。助かった。それにしてもあのバフ、思ったよりも保つんだな」

「あ、えーっとそれは……へへ」


 なぜだか照れたように笑うココルから視線を外して――――俺は、隘路の先にいた冒険者の少女へと目を向けた。

 黒いローブに、杖。格好を見るに、どうやら魔導士らしい。


「大丈夫だったか? あんた一人か。ひとまず、生きていてよかった」


 聞いた魔導士の少女は――――気まずそうな顔で、やや困ったように答えた。


「あー、その……とりあえず謝っておくわ。ごめんなさい」

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