【嫉妬神の加護】①

 俺は剣を振るう。

 レベルが低かったのか、最後のテンタクルプラントはそれだけで体を四散させた。


「ふう」


 群れの殲滅を終え、一息つく。

 ダンジョンの一面には、大量のドロップが散らばっていた。


 俺たちは、ここ落日洞穴の二十四層にまで到達していた。

 ダンジョン中層でも深部に近くなってくると、出現するモンスターはさらに強力になり、たとえ中級者でも攻略用のパーティー編成が不可欠になってくる。俺でも、ソロで潜るならしっかりと事前準備しなければ危険な階層だ。


 とはいえ、まだレベル的にはいくらか余裕があるし、それに今の俺は一人じゃない。


 俺は振り返り、後衛として控えていた神官の少女に声をかける。


「ココル、ドロップの回収を手伝ってくれ。俺一人では拾いきれないかもしれない」

「は、はい!」


 ココルが落ちているアイテムへと駆け寄り、ステータス画面を開いてストレージへ収納し始める。


 モンスターがドロップしたアイテムは、時間が経つとひとりでに消えてしまう。ちょうど、モンスターの体と同じように。

 一度ストレージに入れたりダンジョンから出すとそんなこともなくなるのだが、この特性のせいで大量にドロップがあると拾う前に消えてしまうこともたびたびあった。


 そんなわけで、一度は自分が運ぶと言ったものの、結局回収をココルに手伝ってもらっていた。

 運搬上限が上がりにくい神官だが、超高レベルなだけあってまだまだ余裕らしい。

 本当に得がたい仲間だ。


 アイテムやコインを回収しながら、俺はにやける。

 まさか、俺がこんなにドロップを得る日が来るとは思わなかった。埋まっていくストレージを見ているだけで楽しい。


 ダメだダメだ、この贅沢が当たり前になりつつあるな……。

 少なくとも今は、ただココルのスキルの恩恵にすぎないのに。

 この状況にあぐらを掻かないようにしなければ。


「一通り拾い終わったな」


 ダンジョンの床を見回した俺は、それからココルへと言う。


「結構歩いたが、大丈夫か? 無理そうなら休んでもいいが」

「いえ、大丈夫です。アルヴィンさんが問題なければ、次のセーフポイントまでは進みましょう」

「わかった」


 俺はそう短く答え、歩みを再開する。


 しばらく無言で進んでいたが、不意に後ろからココルが声をかけてきた。


「……あのう」

「ん?」

「アルヴィンさんの剣って、特別なものなんですか?」

「俺の剣? いや。威力はそれなりにあるが、普通の剣だよ。特に効果も付いてない。これくらいのものは、深層へ潜る剣士なら誰でも持ってる」

「そうなんですか……。じゃあ、何か特別なスキルでも持ってるとか? 【一撃死】みたいな」

「い、いや、そんなスキルは持ってないし、たぶん存在もしないと思うが……どうしてだ?」

「いえ……」


 ココルが少し置いて言う。


「アルヴィンさんに斬られたモンスターは、ほとんど一撃で死んでいるので……。いくらレベル【43】の剣士でも、二十四層のモンスターを一撃って、普通無理です。だから、何かあるのかなと思って」

「あー……確かにそうだな」


 俺は説明する。


「理由はいくつかある。まず【一撃死】なんてスキルはないが、【筋力上昇・大】のようなパラメーター上昇系スキルは持ってる。そのおかげで、実際のステータス数値はレベル以上にあるんだ。それから、今はココルのバフもある」


 二十層を超えたあたりから、ココルは俺にバフをかけてくれていた。

 しかも《筋力増強》《ダメージ軽減》《毒耐性》といったものを重ねがけ。おかげでかなり楽に戦えていた。

 MPは大丈夫なのかと思ったが、全然余裕らしい。さすがレベル【80】の神官だ。


 だが、当のココルは首をかしげている。


「うーん……それでも一撃は無理だと思うんですけど」

「いや。これくらいの攻撃力があれば、弱点部位さえ突ければ中層のモンスターなら一撃でも倒せる」

「……え? もしかして、さっきの全部弱点部位を斬ってたんですか?」

「さすがに全部ではないが、一撃で倒せていた奴はそうだな」

「ええ……な、なんですかそれ。どんな腕してるんですか……」


 ココルが驚いたように言う。


「わたし、結構高レベルのパーティーに参加したこともありますけど、アルヴィンさんのようなことしてる剣士は見たことないです。腕もそうですけど、それだけモンスターの弱点部位を覚えてるってことですよね? よほど経験を積まないと無理だと思うんですが……」

「経験はもちろんだが、ギルドの書庫にある資料を読んだり、熟練の冒険者にしつこく話を聞いたりして勉強したんだ」


 俺は苦笑と共に言う。


「ドロップで足を引っ張る分、少しでも活躍しなきゃいけなかったからな」


 マイナススキル持ちのうえに足手まといとあってはどこのパーティーにも居場所はないと、俺はとにかく必死だった。

 結局、足手まといでなくても居場所はなかったわけだが。


「アルヴィンさん……」

「でも、それだけじゃないぞ。俺もソロではこんなことしない。ココルがいてくれるからこそだ」

「わたしが?」

「ああ。後衛に回復職が控えていてくれるからこそ、多少危険な賭けにも出られる」


 弱点部位を狙うのは難しく、失敗した時には反撃を喰らう可能性もある。

 腕に自信はあるものの、ソロの時はなるべく控えるようにしていた。もちろんその分効率は悪くなってしまうが、それはやむを得ないことだ。

 だが仲間がいれば、そんなことを気にする必要もなくなる。


 聞いたココルが照れたように笑う。


「……えへへ」

「あとは……正直に言うと、あんたにいいところを見せたいというのもあるな」

「え、ええっ!? な、なん……」

「前衛として力不足だと思われたら困る。せっかく出会えた仲間なんだ。レベル【80】の神官様に、見限られないようにしないとな」

「あ……そ、そういう……ですか」

「どうした?」

「……なんでもありませんっ」


 ココルが後ろですねたように言った。

 たまにこうして機嫌を損ねてしまうのだが、どうしてかよくわからない。


「……ん」


 その時、前方に重い足音を轟かせながら、見上げるほどのモンスターが現れた。

 緑色の巨石でできた体。

 風属性と物理攻撃に耐性のあるエメラルドゴーレムだ。


 普通ならなかなか厄介なモンスターなのだが、俺はほっとしていた。

 いいタイミングで来てくれた。怒らせてしまったことを誤魔化せるかもしれない。


「……っ」


 俺は素速く距離を詰め、右足にまず一撃を見舞う。

 【剣術】スキルの一つ、“斬鉄”を使っていたおかげか、ゴーレムが大きくよろめいた。


 ただ、そこまでのダメージはおそらくない。

 いくらかレベルが高いようだ。これは少し時間がかかるかもしれない。


 ゴーレムの反撃の豪腕を、剣を立てて冷静に受ける。

 激しい音がダンジョンに響き渡るが、俺の方は揺るぎもしない。

 攻撃力はさほどでもないようだ。

 よし、それじゃあ次は……、


「アルヴィンさんっ!」


 その時、後ろからココルの呼びかける声が響いた。

 すぐ後に体を光が通り抜けていくような感覚がして、視界の隅に文字が一瞬映る。


 《物理耐性貫通》。

 バフがかかったことを示す表示だ。


「おおっ!」


 俺は感動の声を上げた。

 これなら話は変わってくる。


 ゴーレムが腕を引くと同時。

 俺は地を蹴って跳躍し、その分厚い緑色の胸部に剣先を突き入れた。

 剣はその物理耐性を無視して深く突き刺さり――――その奥にあった、ゴーレムの核にまで届く。


 残りのHPを一撃で削りきられ、エメラルドゴーレムがエフェクトと共に四散した。

 ダンジョンの床にはその名の通り、コインに混じっていくつもの『エメラルド鉱石』がドロップする。


 俺は神官の少女を振り返る。


「助かった。こんなバフもかけられたんだな。それにしても耐性を完全無効とは、かなりMPを使いそうなバフだったが大丈夫か?」

「はい、それは全然」

「すごいな、頼りになるよ」

「……えへへ。でもアルヴィンさんも、反応早すぎですよ。あのバフは効果時間がとても短いので、何回かかけ直すことも想定してたんですが……さすがです」


 それから、俺たちは『エメラルド鉱石』とコインを回収する。

 この鉱石はいい値段で売れるので、かなり美味しいドロップだった。


 アイテムを拾い終えたタイミングで、ふとココルが言った。


「それにしても、なんだかごちゃごちゃしたダンジョンですね」

「ん?」

「出現するモンスターがバラバラと言いますか。上の方にいた火属性や麻痺毒モンスターはどうしちゃったんでしょう? ここはマンドレイクやテンタクルプラントのような植物系モンスターばかりですけど、でも、かと思えばエメラルドゴーレムなんか出てきますし」

「うーん、そうだな」

「ここまでテーマ不明ででたらめなダンジョンも珍しいです」


 でたらめ、か。

 確かにその通りだが……一方で、俺はそうじゃないという気もしていた。

 階層によって、ある程度出現するモンスターの傾向に偏りがある。

 だから、何か法則がありそうな気がするのだが……今はまだわからない。


 ダンジョンの謎はひとまず置いておき、俺たちは先へ進むことにした。

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