幕間 アルの一日
朝ソニアさんは仕事に行くので、アルはまぁ六時に起きる。寝床から起き上がろうとするアルに、シルカやソルが抱き着いて離れないときがあるので、引きはがして起きるのが大変だ。
悲しいことに狼の子供よりもアルは握力は弱いのだ。
くせ毛のソニアがやってきて、「こらこら」といって抱き着いて離れないソルとシルカを引き離してくれる。
本当はソニアさんに子供たちはひっつきたいんだろうなと、思う。シルカちゃんは時々ソニアに引っ付いて寝ているのが見える。ソル君のほうはソニアさんに寝ぼけて背中に引っ付いているのが見える。最近はその光景が見えないが。
アルの前で寝ているライの頭をなでて、起き上がる。
「おはようございます」
小声でアルはソニアに言う。
「ああ、おはよう」
ソニアはアルの頭をなでる。
ソニアはアルのことを子ども扱いしているのかな?と思う。アルとソニアが部屋を出て調理場にでかける。
部屋を出ると寒くて体がぶるぶる震える。この時間はいつもなれないなと、アルは思う。
部屋を暖める魔法のファンタジー石があるのらしいのだが、高すぎて手が出せない代物らしい。
ソニアは淡々と火の元に薪をくべて火起こししていく。マッチを擦って、木の屑に入れていくのが見える。この世界にマッチってものはあるらしい。そう思ってアルは我に返る。
この世界って何だろう?
「どうかしたか?具合でも悪いのか?」
基本表情筋が死んでいる狼の言葉は、優しい。
「いえなんでもないです」
「そうか」
二人でぱちぱちしている薪の火を見ていると落ち着いている。
「水くんでくる」
「ありがとうございます」
水瓶は雨水をためるようになっていて、この家のまえにある。朝ソニアがいるときはいつも運んでくれている。
冷蔵庫代わりの棚には食材を入れている。その棚には冷えている魔冷石というものがいれてあり、その石はずっと冷たく冷えていく不思議な石だ。貴重な石で普通買えないものだが、ソニアが冒険者の仕事の時に偶然見つけたそうだ。その石の冷気が逃げないように、棚には布がかかっている。
そんな冷気のただよう棚の布をとってみると、そこにはほとんど食材が残っていなかった。
どうしたもんか。
アルは頭を悩ませる。
残っていたのは肉の塊と、なんか丸い小さな赤い甘い果実と、野菜はもう少ししかない。小麦粉みたいなものはゼロだ。
育ち盛りの子たちには足りない可能性が。
水瓶に水を注いだソニアが戻ってくる。
「食材少ないだろう?すまん、食材今日狩ってくる」
「ありがとうございます。無理しないでくださいね」
「ああ」
「今日の料理まずいかもしれないけど、なんも言わないでください」
「しょっぱくなければいい」
「はい!」
アルは料理を作り始めた。
材料が少なくてどうしようもないときは、塩炒めが一番だと、アルはナイフで肉を細かくして、赤い果実と塩とで炒め始める。よく肉のソースに赤いフルーツとか合いそうだと思う。そこに野菜もいためて完成だ。
一応アルは味見してみる。いや、まずくはないが、やはりおいしくもないような。首をかしげる。
まぁ、いいやとアルはそのままさらに乗せた。
前にとっておいた野菜の皮やくずを干したものと肉の骨でだしを取り、適当に唐辛子の発酵調味料を入れてスープにしたのだった
いつもみながおいしいおいしいと言ってアルの料理を食べるので、正直プレッシャーを感じていた。一度まずいと言われた方が、安心できるかもしれないと、ため息を吐く。
子供たちが必死こいて朝の食べ物を口に入れている。まるで栗鼠のようだ。頬袋にため込んでいる。
「お前たちもっとよく噛んで飯を食え!」とソニアに怒られている。
すごい勢いだ。今日は特に量が少ないので、朝ごはんの取り合いになって負けたソルがギャン泣きしている。ソル君や、君お兄さんみたいな誇り高い狼になるんじゃないのかい?と思いながら、背中をなでる。
「こら!ライ君、ソル君のご飯とらないの!」
ぷんすこアルが怒ると、しゅんっとライは俯く。その顔にアルは弱い。よしよしと、アルはライの頭をなでる。
「ごめんね」
その横では妹のご飯を奪おうとしたソルが、その妹に腕を噛まれて悲鳴を上げた。
「もうソル君!!」
「アル、お前も食え。飯なくなるぞ」
一家の主がそそくさ朝ご飯を食べ終えている。
「そ、そうですね」
朝ご飯の取り合いを見ていて、なんか朝から疲れたアルだった。
それからソニアは短剣などの道具を手入れしている。アルは貰った櫛でソニアの尻尾を手入れし始めた。
「アル、やめろ、くすぐったい」
「すみません」
「あとにしてくれ」
「はい!」
フリフリ揺れるソニアの尻尾をにやにやアルは見た。
水は貴重だ。桶に入れた水を用意し、シルカに顔を洗うようにいうと、シルカは桶に顔を突っ込んでしまうので、アルはシルカを抱え上げて、顔を拭く。そして、残った桶の水を捨てて、次はソルが桶に顔を突っ込み、ぶくぶく泡をたてて遊んでいる。容赦なくアルはソルを抱え上げると、顔を拭く。ライ君はきちんと顔を洗ってくれるので、すぐ終わる。
その隣でソニアが歯を磨いている。
「ソニアさん、子供の歯磨きお手本お願いします」
アルは子供たちみんなに、木の棒に細い草を巻いたものを手渡す。
「お前らきちんとそれで歯を磨くんだぞ」
そういってソニアは歯を磨いているところを見せる。シルカはその棒をガジガジ噛んでいる。歯を磨いているとはあまり見えない。
ソルはといえば、歯ブラシの木の棒で、ライの頭を叩いて、喧嘩に発展した。
「こら!」
「お前らいい加減にしろ」
ソニアはソルの鼻をつまんだ。
「兄ちゃんの馬鹿!!」
そういうと歯ブラシの木の棒を投げ捨てて走って行ってしまった。それを見たソニアはため息を吐く。
「悪いが時間がない。ソルのことを頼む。ライに謝るように言っておいてくれ。俺も帰ってきたら話すから」
そう言ってソニアさんはライの頭をなでた。
「わかりました」
「今日教会に朝行くのなら、昼頃までに教会に迎えに行く」
「なんでです!?」
「念のためだ。まだこの辺りの道覚えていないだろう」
「悪いですよ」
「いい」
オオカミは髭を短剣で剃り始めた。
「いってきます」
「いってくるね」
ソニアとアルは出かけていくので、シルカで見送る。隠れて見送るソルの姿を見つける。可愛い。
ソニアと途中で別れ、アルはそのままクレアとレアの様子を見に教会へと向かう。
教会に行くとクレアとレアが出てきて、アルに走ってきて抱き着いた。
元気そうでよかった。
アルはクレアとレアの頭をなでる。
シスターさんに皆で賛美歌を歌うのでみに来るかという誘いを受け、教会に入り、なぜか教会の昼食の準備の手伝いに参加をし、急いで家へかえった。
帰り際のレアとクレアの寂しそうな顔に、アルは身が引き裂かれそうになる。
カタリ神父はアルの姿を見ると、「おやおや、今日は寄付はないんですか」と残念そうな顔をしていたので、アルは何度も頭を下げた。
お昼ごろ、ソニアは教会にもどってきて、アルを家をまで送ってくれた。
帰宅後朝の準備につかれたアルはソニアが出勤した後、豆茶を入れて一休みする。一休みした後、お昼の食事を準備するのだが、今日はもう食料がない。
シルカちゃんやソル君やライ君は育ち盛りだ。食事がないのはつらいだろう。何かないかと冷蔵庫とかをあさり始める。すると川魚の干物と、大量の果物の干物を見つけた。仕方がない。今日は干物パーティーだとため息をつく。
その後たまっている桶に洗濯物を詰め込んで近くの川に行くのだが、ふてくされた調子のソルがアルのもとにやってくる。
「アルは俺とライのどっちの味方なんだよ!」
「どっちって」
「アルは俺のなの!俺のものなの」
と地団太踏んでよくわからん独占宣言をしてくる。何と答えていいかわからないので、アルはにこにこ笑いつつ、こっちに来るように手招きする。すると、ソルは尻尾をふりつつ、アルに飛びついてくる。
「おーよしよし。ライ君のこと嫌い?」
「嫌い」
「どうして?」
「なんか生意気だから。俺を馬鹿にしている」
「ライ君、ソル君になにかひどいこと言った?」
「俺の肉とった」
「ひどいね。じゃぁ、ライ君はソル君に謝らないといけないね」
「うん」
「ソル君はライ君に木の棒でぶたれたらどう思う?」
「痛い」
「そうだね。ライ君はソル君のお肉とったこと謝って、ソル君はライ君に痛いことしたら謝らないとね」
「なんかやだ」
「木の棒で頭叩いたら、死んじゃうかもしれないんだよ。喧嘩するなら、嫌なことされたらきちんと言葉で言わなきゃだめだよ」
「あいつ、わからない」
「それでも」
よしよしとアルはソルの頭をなでた。
アルはそれからライの姿を探す。ライはなにかあるといつもテーブルの下にいるので、みつけやすい。テーブルの下で膝を抱えているライを見つけだす。
「おいで」とアルがいうと、ライは這ってでてくる。
「僕、捨てられるの?」
「捨てないよ」
アルはライの体を引き寄せて、膝の上に座らせて、ライの髪を持っている櫛でときだす。ライはアルの指を口の中に入れ、まるで母乳のようにあまがみしつつ吸う。最初はライのその行動に驚いたが、これをやると落ち着くというライの精神安定のために、様子を見ることにしている。
ライは目を細めて心地よさそうにしている。
「ライ君、勝手に人のものとってはだめだよ。ほしい時はきちんと話さなきゃ」
「ごめんなさい」
「うんうん」
ライの髪をよくすいていると、つやつやに輝いてくる。不思議な達成感だ。
「頭痛い?大丈夫?」
「別に」
「そう」
こうやってアルは時々ライと二人きりになる時間を作っている。
「あいつ外からこっちの様子みている」
不機嫌そうなライに微笑む。
「そっか」
あまりライとソルの仲はよろしくないようだ。いつかまぁ、仲良くなれたらなと、アルは適当に望んでいた。まぁ、仲良くなれなかったらそれはそれで仕方がないが。
洗濯物を何とかほして、お昼ご飯の取り合いはなんとかソフトに終わった。
午後に戸口の方から「こんにちはー!」と、スペル少年の元気な声が聞こえてきた。
「はい!」
アルは立ち上がり、玄関に向かった。
小柄な浅黒い元気な様子のスペル少年は、この家に通うソルたちの親友だ。
「こんにちは」
「ソルたちいる?」
そわそわスペルが部屋の中を覗き込んでいる。
「いるよ」
そういうと、部屋の中からソルが出てきてすぐさまスペルと一緒に部屋の中に入っていった。
アルも部屋の中へ入ろうとすると、複数の少年がこちらの方を覗き込んでいる様子が見えた。
嫌われているのかな?と、アルは首をかしげて部屋に戻る。
余った干した果物を蜂蜜につけたものと豆茶を、ソルとスペルの部屋に持っていく。
部屋ではうつ伏せに寝転んでソルとなにやら遊んでいるスペルの様子が見える。
「スペル君、外にスペル君たちのお友達が来てるよ」
「ああ、あいつら?あいつらしつけぇーんだよ。この家が気になるみたいでさ。俺の後ついてくんの。あいつら面倒だから放っておいてるんだ。ここにくるの俺だけでいいんだ」
「そ、そう?」
スペルの言い分はよくわからず、アルは内心首をかしげながら、お茶請けとお茶を置いていく。スペルは歓声を上げて蜂蜜づけのフルーツを口に入れた。
「やっぱおいしい!!アル最高!!」
と歓声をスペル君があげた。よ、よかったね。
ちらちらスペルとソルの間に入りたさそうにしているシルカを抱え上げ、部屋に運ぶ。なにか昔話をしながら、シルカとライを寝かしつける。
そしてアルは少し休むと、夜ご飯の準備を始めるのだが、そのひはもうたべものすっからかんなので、アルはそのまま子供たちと寝てしまった。
頭の感触でアルが目覚める。
そこにはソニアがいて、アルの頭をなでていた。
「おかえりなさい」
そう目を開いて言う。
「ただいま」
とソニアは穏やかに言った。
その夜は巨大な獣肉をさばくことをやめ、芋を焚火で焼いてみんなで食べたのだった。
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