文字の海

七星北斗(化物)

プロローグ

 『あ』じゃ強すぎる。


 『い』もまだ強い。


 なら『う』はどうだろう?ちょっと優しすぎるかな。


 『え』は何か違う気がする。


 じゃあ、『お』はどうかな?うーん、問題外だ。


 おや?物語がもう始まっていたようだね。


 これは失礼しました。


 一体何の話をしてるかって?


 それは秘密です。


 それよりも、ここはどこなのか?気になってるみたいだね。


 四方八方を黒い崖に囲まれた光の届かない場所。


 しかし、星の数ほどの文字が青白く光を発している。


 この場所は文字の海。


 吐き出された文字の眠る場所。


「大雑把に言うなら、見たまんま文字でできた海さ」


「君は人間の吐き出した文字は、どこへ行くのか気にならないかい?」


「文字の海は文字の終着点であり、海に還るって表現でも間違いではない」


 『何故なら全ての文字は、文字の海で生まれたのだから』


「意味がわからない?それよりも、お前誰だよって?」


「僕の名前は奇天烈きてれつ。文字の探求者だ」


「文字の海の管理人。いや、守り人といった方がいいかな」


「え!?文字の海で泳いでみたい?気持ちはわかるけど、この海に体が触れると文字の毒が全身に回り即死する」


「だからこうして小船を漕いでるのさ」


「僕のように耐性のある人間でも、短い単語に一瞬触ることがやっとでね」


「何故そんな危険な場所にいるのかって?」


「そりゃそうだよね。理由が知りたくなるのは当たり前だよね」


「何故この場所にきたかというと、文字の海は少し特殊な場所でね。触れると知りたい文字の記憶を読み取ることができるのさ」


「どうしてその文字が生まれたのか?君を文字の旅に招待しようと思ってね」


「文字の旅って言われても、よくわからないよね?だけど、そのままの意味だよ。文字の記憶を紐解くのさ、きっと楽しいよ」


 奇天烈は楽しげに微笑んだ。そして顎に手を当て、思案するように海の方を見つめていた。


 文字で埋め尽くされた海面、神秘的だと一言で表現するにはあまりに言葉が足りない。


「そうだな、まずは死ねという単語の文字に触れてみようと思う」


「言う側も言われる側も悲しい文字。そして日常的に使われるようになってしまった文字だね」


「死ねは、もともと日本では往ぬという文字からの派生のようだけど」


「まあ、それ以前から死ねって意味の言葉は存在しただろうけどね」


「どんな文字にでも、きっと何か理由があるのさ。それを知ることは大事なことだ」


 静寂な文字の海に楫音かじおとが聞こえる。そして小船は、文字の海の中央に到達した。


「それじゃあ、文字に触れるよ?覚悟はいいかい?」


 奇天烈はおそるおそる小船から身を乗り出して、文字に触れた。

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文字の海 七星北斗(化物) @sitiseihokuto

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