第10話 事件後
そこからは激動だ。
閃光と轟音、その度に響き渡る衝撃と悲鳴。
五感全てがビリビリと痺れ、動くことさえも許されなかった。
そしてそれが数回繰り広げられた後、辺りには静寂が残る。
もうこの場において立っている者は1人しかいなかった。
雷帝レイモンド・リック・アークトゥルス。
世界に二十一人しかいない一等級魔法師の一人であり、四公爵家の一つリック家の次男。
同じくリック家、長男のエドワードと共に天才魔法師と称されている人物だ。
雷帝の異名通り雷撃を使いこなす魔法師で、最強の魔法使いの一人といっても過言ではない。
まさに圧巻。
その一言に尽きる。
「終わった終わった……ん、お前は確かノーム・レスティだったか」
レイモンドは手を払いながらこちらを見る。
「あ……はい、そうです!」
思わず背筋を伸ばして頷いた。
というのも正直俺はこのレイモンドという男が苦手だ。
ただし嫌いという意味ではなく、性格的な相性のようなものだ。
「なんだなんだ? 評判と違って随分と礼儀正しいじゃねえか!」
レイモンドは俺の背中をバンバンと叩き、豪快に笑う。
ちなみに今の俺とは初対面。
しかし彼は構うことなく頭をガシガシとしてきた。
これこそがレイモンド。
良くも悪くも大胆な性格で色々と豪快な男だった。
俺としてはやはり苦手に感じてしまう。
しかし俺には言うべきことがあった。
「あ、あの!」
「どうした?」
「リビアを助けてください!」
後ろで倒れているリビアを指す。
レイモンドは治療師ではないが、伝手はきっとあるはずだ。
「負傷者か」
レイモンドはそう言ってリビアの方に近寄ると軽やかに持ち上げた。
見た目通りの怪力。
相変わらず魔法師には見えない男だった。
「おい、お前ら!」
そしてしばらく進んだレイモンドは、大声を張り上げた。
何事かと見れば、遠目にレイモンドが連れてきたであろう人影がある。
次第に人々が集まり出した。
見たところ、その多くが冒険者のようだ。
「レイモンドさん、いくら何でも突っ走り過ぎですよ」
一人の冒険者らしき男が愚痴を告げる。
「すまん、つい先走った――っと、その前に治療師はいるか?」
レイモンドの声掛けで数人の治療師らしき人が近づいてくる。
「容体は?」
「酷く衰弱していますが、今すぐに治療を始めれば命に別状はないかと」
「そうか、頼んだ」
治療師はそのままリビアを運んでいく。
俺はホッとしていた。
助かると。
「良かったな」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる。
心の底から感謝を告げた。
「いいってことよ、それが俺の務めってやつなんだからな」
ドンと胸を叩くレイモンド。
何故今まで苦手だと感じていたのだろう。
こんなに頼もしい人、滅多にいない。
「ああそうだ、ノーム、他の連中はどこにいるんだ?」
「えっと、地下室に避難しているみたいです」
俺の答えにレイモンドが眉をひそめる。
何か気に食わないことを言っただろうか。
「だったらお前はここで何をしてるんだ?」
機嫌を損ねてしまったかとオドオドしたが、理由はごく単純なものだった。
俺でも戦場ど真ん中に子どもがいたら同じ質問をしただろう。
「えっと……逃げ遅れてしまって」
なのでもっともらしい答えを告げておく。
もちろん嘘ではない。
俺はちゃんと地下室へと避難しようとしたところを襲われた。
「そうか、なら間に合って良かったぜ!」
そしてレイモンドは些細なことを気にしない。
「本当に助かりました」
豪快に笑うレイモンドに謝意を告げる。
しかしそれと同時に俺の脳裏にはある言葉が浮かんでいた。
レスティ領第二皇女暗殺未遂事件
後の世に出回ることになる今回起きた事件の名称だ。
未遂。
そう、元々この事件は未遂に終わる予定だったのだ。
その要因は言うまでもない。
レイモンド、この人のお陰だろう。
「じゃあ避難した連中を呼びに行くか」
「はい」
俺とレイモンドは地下室へと向かった。
「ノーム! 一体どこへ行っていたのですか!」
地下室へ入るなり、アイリスの怒号が飛んでくる。
普段見られない表情は焦燥感が滲みだしており、今にも泣きそうなほどだ。
常に毅然とした態度を取っているとはいえ彼女はまだ八歳。
心配をかけすぎてしまった。
「おお、アイリス嬢。元気そうで何よりだ」
「あ、貴方は――アークトゥルス卿」
アイリスは俺の隣に立つ男。
レイモンドを見て固まる。
流石のアイリスもここまでのビックネームが来るとは思いもしなかったのだろう。
「貴方がいるといるということは……」
「ああ、事件は万事解決だ」
「そうですか……」
安心したのか、アイリスはその場で座り込んだ。
「……そうだ! リビアさんは大丈夫なのですか!?」
しかし思い出したようにアイリスが声を張る。
当然、聞いてくるであろう質問だった。
俺は苦い顔をして答える。
「いや……俺を庇って背中を刺された。でも命に別状はないらしい」
「そんなっ……」
アイリスは絶句して、顔を伏せる。
責任を感じているのだろうか。
だがそれは違う。
俺が悪いのだ。
一抹の油断。
それが今回の悲劇を生みだした。
今後、一切こんなことを起こしてはならない。
「俺のせいだ」
「……そうかもしれませんね、ですがきっとリビアさんは貴方を責めたりはしないでしょう」
「どうだろうな」
「なら後で元気になったリビアさんに叱られてください、私から何か言うことはありません」
「ああ、分かった」
励ますつもりが励まされてしまった。
流石はアイリスだ。
この歳でありながら俺よりも大人だと感じてしまう。
「挨拶も済んだみたいだし、そろそろ出ようぜ」
レイモンドの一言。
いつの間にか父ロードも出てきており、皆を先導していた。
そして部屋の奥に小さな人影。
間違いない、妹のミリアだ。
その体を抱きしめるように縮こまっている。
相当怖い思いをしたのだろう。
「アイリス、ミリアを頼めるか」
「……分かりました」
悔しいが俺がいっても逆効果だ。
リビアがいない今、ここはアイリスを頼るしかない。
アイリスは複雑な表情をするも、素直に頷いてくれた。
ミリアの下に向かうアイリスを尻目に俺は地上へと出た。
改めて見る屋敷の中。
窓も割れ、扉に至ってはぶち破られている。
まさに襲撃の後と言った感じだ。
そして壁や床に見られるに焦げ付き。
ただこれはレイモンドによる雷魔法の影響だ。
あれだけ派手にやっていたのだから仕方がない。
まさに雷帝の名に恥じぬ活躍だった。
まあ人の屋敷でやる魔法ではない気もするが目を瞑ろう。
「アークトゥルス卿、この度は助力感謝する」
「おおレスティ公、ご無事で何よりだ」
見れば父とレイモンドが話していた。
立場的に言えば公爵である父の方が上であるが、そこまで立場の差は感じられない。
それは単にレイモンドの性格というわけではなく、一等級魔法師に与えられる法名が貴族で言う爵位に相当するほどの権威を持つとされているからだ。
レイモンドであればアークトゥルスという名がそれにあたる。
対魔工房アークトゥルス、そのマスターの証なのだ。
流石にあの中に入ろうとは思わない。
遠くで成り行きを見守ることにしよう。
「しかしだレスティ公、貴方の大切な嫡男が戦場のど真ん中にいた時は流石に驚いたぞ」
俺の話題が出てビクッと身体を震わせる。
一体どういう風に父に報告されているのか分からない。
恐る恐る父の顔色を窺い、言葉を待つ。
「すまない、どうやら襲撃の際アイリスと共にいたようでな」
「ん? ということはアイリス嬢を逃がすために自分は残ったということか?」
「いや、まさか。恐らく逃がしたのはいいが、何らかの要因で自分は逃げ遅れてしまったのだろう」
父の言葉に俺は安心した。
ましてや俺が敵を二人も倒したなんて夢にも思っていないだろう。
もちろんそれは父からノームに対する評価が低いことの表れでもあるのが複雑ではあるが。
「へえ……しかし何らかの要因か」
「それは本人に聞いた方が早いだろう、ノーム、こちらに来なさい」
「は、はい!」
まさか呼ばれるとは思わず、裏返った声で返事をして父の下へ向かう。
「よ、さっきぶりだな」
「ど、どうも」
当たり障りのない返事を返す。
「それで、話は聞こえていたか?」
「一応は」
この場で嘘をつくわけにもいかず頷く。
「言いにくいとは思うが、逃げ遅れた理由を聞かせてくれるか? 一旦状況を整理したくてな」
「えっと、最初の爆発の後、少し外の様子を見ていてそれで……」
「情報収集をしようとしたってわけか、なるほど、偉いじゃないか! まず初めに敵の情報を図る、戦闘において大切なことだ!」
俺の頭をガシガシと撫で、大きく笑う。
「アークトゥルス卿……それで自分が逃げ遅れてしまっては元も子もないでしょう」
レイモンドの賛美に父が苦い顔をする。
「まあそうだな、ノーム、何事も状況判断が大事だ。これからは気を付けろよ」
「はい、すいません」
「ま、結果としては無事だったんだから良しとしよう」
背中を叩かれ、励まされる。
「ノーム、今度からは気をつけなさい」
「はい」
父からも注意を受け、俺はこの場から離れた。
少し離れたところで大きく息を吐く。
緊張した。
冷静に考えて、公爵と一等級魔法師に詰められる機会などロイ時代でもなかった。
貴重ではあるが、あまり経験したくない時間だ。
「ノーム」
「わっ!?」
そんな俺に背後から話しかけてくる人物。
思わず驚愕の声を漏らす。
「驚きすぎですよ……」
見れば呆れた顔をしたアイリスがいた。
「すまん、油断してた」
「それで、アークトゥルス卿と何を話していたんですか?」
「俺が避難に遅れた理由だ」
「……なるほど」
リビアのことを思い出したのか、アイリスは表情を暗くする。
「ああ、そうだ。ミリアちゃんは部屋へ連れて行きました、話しかけた理由はそれだけです」
「そうか、ありがとう」
「……ええ」
アイリスはそう言って、レイモンドと父の下へ向かっていった。
リビアがケガしたと聞いたときは狼狽えていたが、今ではもう毅然とした態度を崩さない。
身体が震えるほど怖い思いをしたはずなのに。
本当に強い人だ。
俺はアイリスの後姿を見てそう思った。
現状、俺の存在は彼女にとっての足枷だ。
早く評判を改善して、少しでも彼女の負担を減らしてあげたいものだ。
「……くっ」
そう心に誓った直後、俺は疲労で倒れこむのだった。
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