第7話 過去と現在
魔力属性の複数持ち。
その割合は一万人に一人と言われている。
大陸最大の都市、帝都ディーネルの総人口が約一万人であることから、その数は決して多いとはいえない。
まさしく天才、そう呼んでも過言はないだろう。
「俺が複数属性持ちに……っ!」
そして属性と言うのは生まれ持ったもの。
後天的に変わることなどあり得ず、ましてや増えるなんてことは想定すらされていない。
つまり属性というのは努力でどうにもならないものだったのだ。
「あ、あれ? そうですね。ノーム様は水と土の魔法が使えたわけで……あ!」
俺との温度の違いに違和感を覚えていたリビアも段々と状況を把握していた様で、次第に声音に熱が帯びてくる。
「ふ、複数属性持ち! 凄いじゃないですかノーム様!」
時間差の興奮に思わず苦笑する。
「そうだな、まさかこんな幸運に恵まれるとは。人生は何があるか分からないな」
「ノーム様が言うと説得力が凄いですね……」
「そうだな」
しかしこれなら1等級に上り詰めることも夢じゃない。
ロイでは決して届かなかった壁。
ノームになった今、その壁に挑む権利がようやく与えられた。
ただこれらは自分の行動の結果でなく、偶然舞い降りたものでしかない。
当然複雑な思いもあった。
「まあとにかくこれで魔法の心配はなさそうだ」
「はい、良かったです」
ふと、気になることができた。
この時期の子はどの程度が魔法を使えるものだったか。
という疑問だ。
ロイ、ノーム双方の記憶を当てにしても、手がかりはない。
覚えていないのだ。
ロイであれば昔過ぎて、ノームにおいては魔法を使った記憶さえなかった。
何せノームは直近の実技演習全てをサボっていたからだ。
まあ実際は自分の才に自信がなくて故意にサボっていた。
自尊心の塊であった俺らしい行動である。
しかし決して褒められた行動ではないことは確かだ。
一体誰の金で学園に通えていると思っているのか。
「ちなみにリビアは俺の魔法って見たことあったか?」
試しに聞いてみた。
俺の記憶上では誰かに披露した覚えはない。
だがもしもという可能性を考えた。
「いえ、ありません」
「そうだよな」
まあ案の定首を横に振った。
俺のことをよく知るランキング上位のリビアでさえ俺の魔法の実力は知らないのだ。
ということは、俺は何を基準にして魔法を披露して良いのか分からない。
俺が気にしているのは、やり過ぎないことだ。
正直、二等級魔法師だった俺にしてみれば学園でトップを狙うのは容易い。
しかしここで全力を出してしまえば、当然誰かに怪しまれるのだ。
それこそ以前の俺の実力を知っている教師たちからは確実に。
今、目立つ行動は控えるべきだ。
ロイ混じりのノームに世間が、父が慣れてくれるまでは。
「何か気になることでもありましたか?」
考え込んでしまった俺に質問が飛んできた。
「いや、学園ではどの程度の魔法を披露して良いものかと」
「……えっと、隠す必要があるんですか?」
首を傾げるリビア。
「怪しまれないように一応な」
「なるほど、すいません、魔法には疎くて」
「いや、気にするほどのことじゃない」
リビアは一般的な考えだと思う。
何しろ魔法師と一般市民とでは、主に魔法に関する価値観が大幅に異なるのだから。
簡潔には言い表せないが、魔法のためなら何でもするような連中が魔法師というものだ。
魔法協会が設立されてからは、多少落ち着いたものの、それでも情熱に常識を溶かしている者が多い。
そんな連中が善良な一般市民と感覚が同じなわけがないのだ。
「しかしどうしようか。怪しまれずに、かつそれなりに優秀だと思われるには」
改めてこと何すると、かなり難しい条件だ。
そんな器用なことできる気がしない。
「丁度良い塩梅ですか、学園のこととなると知ってそうなのは……」
俺が真っ先に思い立ったのは父であるロードだ。
親であり公爵である彼なら、学園での俺の評価は当然知っているだろうし、学園のレベルもそれなりに把握していることだろう。
しかし聞けるわけがない。
自分から怪しまれに行くなんて馬鹿がすることだ。
「そうだ」
悩む中、リビアが声を上げた。
「どうした?」
「……今この屋敷内でノーム様の実力並びに学園のレベルをご存じであろう方が一人おります」
「……誰だ?」
リビアのことだから、ここで父の名は上げないはずだと信じて尋ねる。
するとリビアが言いにくそうに答えた。
「……アイリス殿下です」
「……なるほど」
重く頷く。
間違ってはいない。
むしろこれ以上のない人選だろう。
しかし気が進まないのも事実だった。
「リ、リビアなら聞き出せるんじゃないか?」
「……ノーム様、自分が嫌だからと私に役目を押し付けてませんか?」
図星だ。
反応しかけた体を制し、首を横に振る。
「い、いやいや、俺が他人に俺自身のことを聞く方が変だろ?」
「動揺が表に出てますよ……まあ一理あるのですが」
リビアの呆れた視線を受け目を背ける。
「はあ……承知しました、ノーム様のご命令とあらば従います」
唐突に仰々しい口調で頭を下げるリビア。
まるで無理やり命令する悪役貴族と嫌々従うメイドの構図である。
「ごめんなさい、やっぱり自分で行きます」
以前のノームのようだと揶揄されている気がして直ぐに謝罪をする。
するとリビアは笑みを浮かべた。
「ふふ、冗談ですよ。期待せずお待ち下さい」
「……頼んだ」
翻弄された。
俺に対して、この立ち回りができるのは流石リビアとしか言いようがない。
しかし改めて思うと、俺の立場で誰かに頼み事はあまりするべきじゃないか。
下手をすると、命令だと捉えかねない。
それこそ以前の俺の横暴である。
「では行ってまいります」
リビアを見送る。
しかしリビアがいなければ間違いなくパンクしていた。
情報の整理、収集、身の回りのこと等々。
その全てがリビアありきなのだ。
いつかきっと恩返しをしよう。
それもとびきりのだ。
何てことを考えている間にも彼女は勤めを果たしている。
さて、今頃アイリスに質問をしている頃だろうか。
そういえばアイリスもアイリスでこうした面倒ごとに良く巻き込まれる印象がある。
母が巻き込まれたクーデターだって皇族である彼女は関係者。
国中を騒がせたノームによる誘拐事件に至っては被害者で、学園で起きた魔人襲撃事件やレスティ領暗殺未遂事件だってそうだ。
それに俺の今回の件だって見事に関係者となっている。
しかしこうして思い出すと、全てにノームが関わっているな。
もしかするとアイリスではなく、俺の方がそういった星の生まれなのか?。
否定できないのが難である。
「ん? レスティ領暗殺未遂事件……」
記憶を辿っていく内にふと、引っ掛かりを覚えた。
レスティ領第二皇女暗殺未遂事件とはその名の通り、レスティ領で起きた反皇族派による暗殺未遂事件のことだ。
公爵家であるレスティ家で犯行が行われたこと。
犯人の1人がアイリスの使用人だったこと。
暗殺手段に魔物が使われたこと。
そして魔物を操ったとされる主犯が見つからなかったことから国中が大騒ぎになっていたことを覚えている。
ああ、今改めて考えるとその襲撃事件は魔王復活の兆候だったのかもな。
何せ魔物を操ることできる存在など、その魔物より格が上の魔の存在しかあり得ないからだ。
魔王、もしくは魔人らが裏で手を引いていた可能性はある。
ただ敢えてもう1つ可能性を考えるならば天恵魔法の存在だ。
未だ解明されていない謎多き魔法、人が想像できる全ての魔法が天恵魔法として存在するとも言われているほど、理から外れた何でもありな魔法。
その中に魔物を操作する魔法があってもおかしくない。
となると真犯人は思ったよりも身近な人物の可能性だってある。
「……ノーム」
ロイだった頃の最後の記憶を思い出して顔を顰める。
何故あの場にノームが現れたのか。
俺は魔王軍にノームが情報を漏らし、その結末を見に来たと考えた。
だが実際はそうではなく、ノーム本人が魔物を操作する天恵魔法の使い手だったとしたらどうなる。
レスティ領で起こった襲撃に魔物が使われた事実、偶然だと考えるべきか、あるいは――いや、今はそんな不確定要素を考えている場合じゃない。
ふと、衝撃の事実に鳥肌が立つ。
いや、待て。
あのアイリスが襲われた事件は確か俺がまだ学園に入学する前の頃だったはずだ。
つまり時期的に言えば今ともいえる。
そして極めつけはアイリスの滞在。
嘘だろ。
前提条件が全て揃っている。
更に最悪なことにその事件には死傷者がいたはずだ。
「くそっ!」
俺は慌てて部屋から飛び出した。
杞憂であってくれ、そう思いながら。
「アイリス、リビア!」
客間の扉を勢いよく開き、息継ぎする間もなく叫ぶ。
「ノーム様、どうなさいましたか!?」
「ノーム? 突然何の用ですか?」
二人は丁度会話をしていたようで、顔面蒼白な俺を見て言葉を発した。
リビアは驚き、アイリスは怪訝そうな表情をしている。
時は一刻を争うかもしれない。
俺は勢いそのままにアイリスへ叫んだ。
「アイリス、あの使用人はどこにいる?」
「ひとまず落ち着いて訳を話してください。そんな形相の相手に使用人を紹介するわけにもいきません」
しかしアイリスに窘められてしまった。
彼女の言い分も分かるが、今はそれどころではない。
「ノーム様、本当にどうなされたのですか?」
リビアが不安そうな顔でこちらに近寄ってくる。
その瞬間だった。
「っ!」
高魔力の気配。
間違いない。
攻撃が来る。
「伏せろ!」
直後、凄まじい爆音が辺りに響き渡り、爆発の威力で地面が揺れた。
「くそっ!」
防げなかった。
歴史が正しく動き出している。
「リビア、アイリスを連れて中へ!」
今の俺に以前のような動きはできない。
魔法だってまだ馴染んでいない。
だがそれがどうした。
それが諦めの理由になんてならない。
歴史、運命に抗ってみせる。
それが今の俺にしかできないことなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます