第6話 興奮と困惑

 濃密で重々しい時は過ぎた。


「ふうー!」


 ベッドに飛び入り大きく息を吐く。


「お疲れさまでしたノーム様」

「本当だよ」


 先に逃げたリビアに妬ましく睨みつけ愚痴を吐く。


 あれは意図的なものを感じた。


「流石にこれからの予定はないよな?」


 睨むようにリビアに問いかける。


「入っておりません」


 リビアは苦笑し首を振る。


 そうか、それは良かった。


 これ以上、サプライズを隠し持っていたとなれば、ノームとしての本性を出さざるを得なくなる。


 リビアとはまだ良好な関係を築いていたいものだ。


「お顔が以前のようになっていらっしゃいますが……何かお考えでも?」


 リビアが乾いた笑みを浮かべ言葉を発する。


 流石はリビア。


 俺の表情一つで感情を読み取ってしまうとは。


「いいや何でもない。今はまだな」

「……これ以上は聞かないようにします」


 少し含みを入れただけなのに、リビアは怯んでしまった。


 俺としては軽い冗談のようなものだったのだが。


 うーん、分かりにくいジョークは控えた方が良いな。


 俺が言うと洒落にならなくなる。


「まあ良いや、ああそうだ。今日の残りはダラダラしたいから、リビアも自由にしていいぞ」

「承知しました。ではまた後程」


 特に何もなくリビアは出て行った。


 さて、始めるか。


 俺は服を脱いだ。


 改めて露になるだらしない身体。


 どうしてもロイの身体と比較してしまい、酷く感じてしまう。


 まあ世間一般的に見ても良くはないだろうが。


「よし」


 気合を一つ。


 手を地につき足を伸ばした。


 そしてその体勢のまま肘を曲げ元に戻す。


 以前、冒険者の人に教えてもらったトレーニングメニューの一つだ。


 魔法師と言えど勇者パーティに身を置く者として、身体も鍛えるべきだと判断し、実践していた。


 もちろん始めたての時は、10回するのもやっとで自分の不甲斐なさを痛感したことを思い出す。

 

「……できねえ」


 だがノームとしての現実はもっと厳しかった。


 1回もできる気がしないのである。


 理由は簡単だ。


 腕の筋力が足りないのと、単純に身体が重い。


 俺自身として、ここまで脂肪を溜め込んだことがなかったので甘く見ていた。


 まさかここまで運動の妨げになろうとは。


 これではトレーニングどころではないぞ。


「これは……上半身は無理だな」


 ひとまず下半身を鍛えるメニューへと変更することにした。


 上半身中心のトレーニングは体重を落としてからやることにしよう。


「1、2、3――」


 膝を曲げて伸ばす。


 それを何回か繰り返すごとにカウントを上げていく。


 単純な運動だが、やはり以前に比べても疲労感が半端ではない。


「はぁはぁはぁ……」


 案の定直ぐに息が切れて、その場に座り込んだ。


 一度できていた経験があるせいか、全く達成感が得られずもどかしい気持ちが続く。


 こればかりは地道に繰り返しやっていく他ない。


「よし、もう一回」


 震える足に力を入れ、もう一度同じ運動を繰り返す。


 そしてまた数回で限界を迎え、へたり込む。


 そのサイクルを何回か繰り返し、最終的には床に倒れこんだ。


「はぁはぁはぁ、今日はこのくらいで……」


 もはや立ち上がることさえできないレベルだ。


 汗の量も凄まじいもので、着ていた肌着もずぶ濡れである。


 しかし脱ぐ体力も残っておらず、俺はそのままの状態でただぼんやりとしていた。


 動くのは億劫なので、動かずにできることはないかとぼんやり考える。


 このまま眠ってしまっても良いかもしれないという甘い誘惑もありつつ、ぼんやりとしていると、ふと思い出した。


 アイリスとの会談前のこと。


 魔法論についてのことを。


「せっかくだから試してみるか」


 筋力の疲労に魔法はほとんど関係がない。


 集中力に影響が出るくらいだ。


 寝たままでも実験くらいはできる。


 果たして、今の俺は水属性魔法が使えるのかどうか試してみよう。


「水流操作」


 俺は手のひらを天井に向けて上げ、魔法を唱えた。

 

 対象とする水は、自分から滴り落ちる汗だ。

 

 だがやはり自分の身体じゃないからか、いまいち魔力の流れが感じにくい。


 俺は目を閉じ集中することにした。


 ゆっくりと魔力の流れを感じ、手のひらから放出する。


 順調に魔法が発動している感覚が身体に行き渡ってきた。


 そして目を開くと、目の前に汗の粒が浮かんでいくのが見えた。


 水流操作の成功だ。


「ふう……わわっ」


 魔法を解いた瞬間、浮かんでいた汗が俺の顔に降りかかる。


 無事魔法は発動できた。


 だがやはり身体が違うためか、若干勝手が違う。


 魔法に関してもトレーニングが必要そうだ。



 しかしそんなことよりも、俺は感動していた。


 魔法論の結論。


 それが今、解明されたからだ。


 魔力属性は魂からもたらされるもの。


 その結論がたった今確定したのだ。


 つまり魔法工房が出したあの研究論文は間違っていなかったということになる。


「ははは、まさかあの魔法論の答えがこんな簡単に分かっちゃうなんてな」


 寝転がりながら、空に向かって呟く。


 正直なところ、俺自身としては魔力属性は身体に宿る派の魔法師だった。


 何故なら魂なんてあやふやなものを信じていなかったからだ。


 しかしこうしてノームになった今、魂の存在を信じるしかないし、答えもこうして出た。


 魔力属性は魂に宿る、これが結論だ。


「ふう、暇だしトレーニングがてら遊んでおくか」


 もう少ししたらリビアが昼食のために呼びに来るはずで、それまで魔法で暇を潰すことにした。


 しかしリビアが魔法師なら、今回出た結論を実践を交えて熱く語り合いたいところだが、生憎とそうではないのが非常に残念だ。


 アイリスなら分かってくれるかもしれないが、そもそもそういう仲でもないから無理だとして他に話せるような人もいない。


 勿体ないことだが、この感動はひとまずお預けということになる。


「ノーム様、昼食のお時間……何をなさっているのですか?」


 予想通りリビアが昼食のために呼びに来た。


 だが俺の様子を見て驚き固まってしまっている。


 それもそうで、今の俺はベッドがあるにも関わらず床に寝転がっている状態。


 しかも汗びっしょりでだ。


 リビアからしてみれば、奇妙な光景に映っていることだろう。


「少しトレーニングをしていてな」

「いえ、そのことではなく」


 リビアは俺の目の前に浮かぶ水滴を指差す。


「魔法の水流操作だが」


 もしかすると水流操作の魔法を見たことがないと思い説明を行う。


「それは存じております、しかしノーム様は土属性のはず。水属性は使えないはずでは?」


 リビアも俺が土属性であったことは知っていたらしい。

 ということは案外周知の事実なのかもしれない。

 流石は貴族。

 影響力が半端じゃない。


「確かにノームはそうだったんだが、ロイは水属性の魔法師だったんだよ」

「つまりロイ様の記憶に目覚めたことで、ロイ様の属性にも目覚められたと?」

「ああ、そうなんだよ!」


 リビアも魔力属性についての知識はあったらしく思わず興奮して頷く。


 是非ともこの感動を誰かと分かち合いたかった。


「……不味くないでしょうか?」

「……ん?」


 しかしリビアの口から出た言葉はネガティブなものだった。


「不味い? いったい何が?」


 リビアの言っていることが理解できず素直に尋ねる。


「ロイ様とノーム様にある不整合の件です。性格だけなら何とかごまかしが効きましたが、属性まではどうやってもごまかすことはできないのではないですか?」

「……あ」


 リビアに言われて唖然とする。


 確かにそうだ。


 性格については呪いの恐怖で丸くなったとごまかしていくことができる予定だが、魔法属性に関してはどうあがいてもごまかしが効かない。


 水属性魔法で疑似的な土属性魔法を行うなんて絶対に不可能だからだ。


「の、呪いで魔力属性も変わったことに……いや、それこそ呪いによって別人になったと言われかねないか」


 呪い後に性格と魔力属性が変わった。


 そんなのもはや別人だ。


 原理を知らなくとも、ほとんどの人がそう思ってしまうだろう。


 それに生きているうちに魔力属性が変わった人がいるなんて事例なんて聞いたことがないことも、今回の疑いに拍車がかかる。


 すなわち魔力属性が変わるということは、魔法師にとっては別人になるということに他ならないのだ。


「現在は長期休暇中のため学園には通っておられませんが、また1か月後には学園が始まります。その際に披露する機会はあるかと」

「ああ、確かにあるな」


 エルニア学園。


 ロイ、アラン、アリアも通っていた学園だ。


 世界最高の魔法師育成機関としても知られている。


 そのため魔法の授業は必修科目として設置されており、その中には実技を伴うものも多くある。


 つまり学園に通う限り、魔法の披露は欠かせない。


 ならば学園を行かなければ良いかと言うと、当然そうもいかない。


 少なくともロイの身であったなら辞める選択肢もあったかもしれないが、今の俺は公爵家の嫡男だ。


 貴族としての責任がある。


 それこそ父に理由を問われ、正体がバレるかもしくは勘当されかねない。


 それに唯一魔法協会と繋がれるチャンスも失われてしまうのだ。


 従って学園に通わないと言う選択肢はなかった。


「どうなさいますか?」


 不安がるリビアと、焦る俺。


 しかし回避策が何も思い浮かばない。


 せっかく魔法論が解決したというのに、こんな問題を生じさせてしまうとは。


「いや、もしかして」


 ふと、俺は1つの可能性を思いついた。


「ノーム様?」


 不安げなリビアを横目に俺は魔力を込めた。


 そして願うように魔法を口にする。


「砂塵操作」


 魔力の流れを感じる。


 目には見えないが間違いない、確実に魔法が発動している。


「ノーム様、一体何を?」

「……土属性魔法も発動できたかもしれない、薄っすらと砂粒が浮いているのが見えないか?」

「え?」


 リビアの絶句も理解できる。


 俺だってあり得ないと思いながら魔法を唱えたのだから。


 しかし実際に魔法は発動した感覚がある。


 目に見えないのは、単純に操作した砂塵が細かすぎたため。


 現に目を細めてみてみれば、自然の動きをしていない砂粒が目に入る。


「あ、本当ですね!」


 興奮した様子でリビアが声を上げた。


「よし!」


 俺も握りこぶしを作る。


 結論、魔力属性は魂だけでなく、身体の影響も受ける。


 これが解だ。


「ノーム様?」


 喜びで震える俺。


 リビアが不思議そうに眺めてくる。


 しかし俺は喜びを隠せない。


 何故なら、憧れだったのだ。


 複数属性使いの魔法師。


 努力では決して辿り着けない英知の一つ。


 俺は偶然その才を手にすることができたのだ。

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