第1話 悪役貴族への転生

 凄い壮大な夢を見た。


 自分が勇者パーティとして冒険する夢だ。


 眩しいほどにイケイケだった勇者と、見るだけで幸せな気持ちになれる聖女。


 そんな二人と世界を救うために冒険し、そして最後には世界を救うために命を賭して戦った男の夢だ。


「……夢じゃないよな」


 脈打つ鼓動を感じながら、小さく首を振り呟いた。


 あれは夢などではない。


 記憶だ。


 俺が俺である前の記憶。


 世界を救う勇者パーティの一人として戦ったロイ・フィンガルという俺の記憶だった。


 どうして今記憶が蘇ったのか。


 そもそもなぜ記憶が蘇ったのか。


 色々疑問は尽きない。


 様々な感情が渦巻く中で、とある感情が多くを占めていた


「……最悪だ」


 俺は悪態をつく。


 後悔及び絶望の感情。


 それが今の俺の大半を占めていた。


 理由は簡単。


 俺の目の前にある姿見に映るものが全てである。


 散らかった部屋、一台の豪華なベッドの上に男がいた。

 男は脂肪で全身を覆い、乱れた服装がだらしなさを際立たせる。


 状態一言で表すならば怠惰だろう。


 だが残念なことに、その男は俺なのだ。


 研鑽など一切せず、ひたすらに惰眠を貪った。


 ロイだった頃にはあり得ないことだ。


 我ながら情けない。


 だがしかし、俺の絶望はそれだけではなかった。

 

 鏡に向ける視線を上へと上げると、そこには俺の顔が映っている。


 その表情は不機嫌そのもの。


 当然見慣れた顔だ。


 八年もの間、この顔で過ごしてきたのだから。


 だがその顔にこそ絶望の理由があった。


 ノーム・レスティ。


 俺ことロイの仇であろう人物。


 そして今の俺の名だった。 



「どうしてこんなことに……」


 ロイとして記憶が目覚めただけでも驚きだというのに、まさか自分自身が仇として生きていたとは。


 そんな奇天烈なこと、想像すらできない。


 しかもだ。


 ノームとしての俺はまだ八歳であり、記憶が正しければロイとノームは同年齢だった。


 だがロイの俺が死んだのは十八歳であり、辻褄が合わないのだ。


 事実、今までノームとして生きてきた俺の記憶の中にロイを殺した覚えはなかった。


 それらを合わせると、すなわち。


「仇に目覚めただけじゃなくて、ここは過去だってのか……」


 俺は頭を抱えた。


 今までも理解できないことは多々あったが、こればかりは降参だ。


 そんな俺だったが、ふと手に違和感を覚える。


 見れば薬指に一つの指輪が嵌っていた。


「……そういえば」


 昨夜、好奇心のままに家宝である指輪を持ち出したのだった。


 そして疲れ切ってそのまま眠ってしまったのだ。


 俺は指輪を眺める。


 白く輝く宝石が嵌められた見事な指輪。


 ただこのレスティ家に代々伝わるものであること以外、俺は何も知らなかった。


「……関係がないわけがないよな」


 今、記憶が蘇ったことと関係がないとは到底考えられなかった。

 もちろん何の根拠もなく、ただのこじつけだ。

 だが現状、これくらいしか原因が見当たらない。


 そう思い俺は指輪を外す。


 色々な角度から指輪を眺めるが、ただただ綺麗だという感想しか思わなかった。


「うーん」


 結局、何の根拠も見つけることはできず唸る。


 ロイの知識をもってしても分からなかったのだから仕方がない。


 とは思いつつ、明確な力不足でもあった。


 何しろノームとしての俺は、今まで鍛錬を怠りすぎて魔力感知を始めとする魔力操作がほとんどできないのだ。

 ロイだった頃と比べると、天と地ほどの差があり本当に何もできない。

 それどころか同年代の一般市民と比べてもかなりの差があるのではないだろうか。

 ハッキリ言って酷い。


 ノームであると同時に俺自身のことなのが何とももどかしい。


 やきもきとした気分になりながら、手の中でコロコロと指輪を転がす。


 結局、唯一の手がかりである指輪からも何も得られなかった。


 ただこればかりは仕方がないこととして割り切るしかなった。


 神の領分ともいえるこの現象に、俺ごときが歯向かえるとも思っていない。



 ふと、体から力が抜け始めるのを感じた。


 突然何事かと緊張するが、直ぐにその感覚に心当たりを見つける。


 魔力の欠乏。


 人は体内の魔力を短時間で一定以上失うと、身体機能に異常をきたしてしまう。

 その最たる例というのが、頭痛や脱力感、気絶などだった。


 まさに今の状況に当てはまっている。


 ではどうして急に起こったのか。


 魔力の欠乏というのは日常生活では、滅多に起こらない。


 魔力を使う仕事についている人ならば可能性はあるが、それでも稀だろう。


 それこそロイだった俺のように戦いに赴く人たちくらいにしか起こりえない症状だった。


 すなわち何もしていない現状でそれが起こるわけがない。


「……こいつか」


 再び視線が指輪に向く。


 気のせいか、宝石の輝きが増しているような気がした。


 やはりこいつは何かしらの呪いを持っているのかもしれない。


 それもかなり強力で悪質な。


 現代的に言えば魔道具ともいえるが、持ち主の魔力を吸い上げる魔道具とは、何て質の悪い。


 気づかなければ最悪命を落としかねないぞ。


 俺はすぐさま指輪を手放し、指で弾いた。


 だが生憎と失われた魔力はそう直ぐに戻るものではない。


 体力などと同じで食事、睡眠などを経て、ゆっくりと回復していくものだからだ。


 すなわち、俺のこの倦怠感は直ぐには収まることはなかった。


「はあ……最悪だ」


 重力に任せてドサッとベッドに倒れこむ。


 折角、記憶を取り戻したというのに、早々にこの体たらく。


 我ながら出鼻を挫かれたようで、悔しい思いに苛まれる。


 だがこの苦しみから逃れる術はただ一つ。


 もう一度寝ることくらいしか思い当たらない。


 そんな折、扉がノックされた。


「ノーム様、もう起きていらっしゃいますか?」


 この時間に尋ねてくるということは、きっとこの屋敷の使用人だろう。

 俺を起こしに来たに違いない。


 ひとまず混乱の最中に来なくて良かったという思い。


 同時に今も今でタイミングとしては最悪であると言う思いだ。


「ノーム様、失礼します」


 俺の合図がないことをきっかけに扉が開かれた。


 だがそれと同時に俺の意識も朦朧とし始める。


「起きていらっしゃたのですね」

「いや……悪い、もう一回寝る」

「え、い、いえ、眠いのは分かりますが、起きてください!」


 困惑する声を遠くに聞きながら、俺は瞼を閉じた。


 しかしあの指輪のことを思い出して、何とか口を開く。


「あの……そこに置いてある指輪、机の上に箱があるから……入れてから、元の場所に戻しておいて」

「指輪? ってこれ!」


 驚愕の声が響いたが、今の俺にはもはや子守歌だ。


 もうこれ以上、本能に逆らうことはできず俺は意識を飛ばした。

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