school life.

ヨルムンガンド

入学初日

 八洲国立異能高等学院。国中に居る『異能力者』を集約し、社会貢献獸狩りに繋がる力へと昇華させる為の高等教育機関である。


 在籍生徒数は平均して一学年300人、それが四学年あって、計1200人ほど。高い就職率・大学進学率を誇る。国の税金で賄われているその施設は、他のどの学園にも劣ることのない豪勢さで知られる。体育館、大食堂、多目的プール、講堂、演習場、空調設備……挙げればキリがない。


 圧倒的な権威と歴史的な背景を併せ持つこの学院は、国の誇りであると同時に全国民の憧れでもあった。それこそ、この学院生にさえなれれば将来安泰が約束されるとも言われている。


 そんな学院に入る条件は、細かいものを除けばただ一つ。それは、


「学院の名前になるぐらいだもんな。『異能が使えること』ぐらいは当たり前か」


 学院の代名詞とも言うべき正門を潜りながら、そう呟く者がいた。慣れない制服を見にまとい、手には傷一つ無いバックが抱えられている。


 名は能井践祚のいせんそよわい16歳。どうやら『践祚』というのは天皇が位を受け継ぐことを意味するらしい。下の名前にするには、どう考えても相応しくないだろう。


「おい、邪魔だ。どけ」


 振り向くと、たいへん鋭い目をお持ちな少年がこちらを睨みつけていた。余計に怖い。


 どうやら自分の独り言に夢中になるあまり、後ろがつっかえているようだった。すぐに謝罪して、足早に昇降口へと向かう。


 危ないところだった。あんなやつに目をつけられたら、憧れの学院生活がぶち壊しである。


 そして、ああいう人間はこの学院にすらいるということに軽い絶望と僅かな悟りを覚える。


 もたもたしている間にあの少年が来てしまうかもしれない。若干焦りながら、靴を下駄箱にしまう。


 幸い、一年生の教室は一階にあった。すぐ1Dと書かれた札のある教室に入る。


 中には既に十人の生徒が居た。男女比は半々で、特質した覇気を持つ奴は居ない。人のことを言えるたちではないが。


「おっーす」


 しばらく自分の席を探していると、また一人これからクラスメイトとなる人がやってきた。


 知り合いがいるかも分からないのに、軽い挨拶をしながら入ってくるあたりなかなかのコミュ力の所持者だろうと予想する。


 そしてやはり、見た目も明らかにカースト上位に君臨していそうだった。


 校則に引っかからないするためか、ほんのり茶色に染めた髪の毛にこれまた同程度に着崩した制服。飛び抜けてイケメンでもないが、まあまあに整った顔は自身とやる気に満ちている。


 その後ろから、似たような雰囲気を持つものたちがぞろぞろと来る。どいつもこいつも、クラスの空気と自分の立ち位置を確認していくような目線である。


 そして、最後も最後。中心に近い自分の席の後ろだけが空いている状態となった。時間的にもギリギリで初日から遅刻かと思ったその矢先。


 扉が勢いよく開かれる。今まで騒がしかった教室はその音によって、静まり返った。


「…………」


 あの少年だ。目つきが悪い上に、今は汚れつきの制服がおまけ。顔にも数箇所のキリ傷が見受けられる。誰が見ても『喧嘩』した後の姿だった。


「あの野郎……」


 女子のものと思われる小さな悲鳴が周囲から聞こえる。そんなものは気にも留めずに、彼は勢いよく着席する。周りの空気が気まずいものになる。


 最悪の一言に尽きた。


 一クラスだいたい30人程の構成でそれが十クラスもあるというのに。単純計算で十分の一の確率を引き当てたことになる。大した悪運である。


 彼の着席から数秒後、予鈴が鳴る。これ以降の登校は遅刻であることを示すものだ。


 空いている扉から、担任らしき先生が入ってくる。


 髪を肩のところで切り揃えたボブカットに、在り来りなグレーのタイトスカートは腰にピッタリである。


 その化粧っ気の少ない顔の女性は、新米先生の権化だった。よく言えばフレッシュ、悪く言えば舐められやすい存在。


 一部の男子生徒から『ちゃん付け』で呼ばれることも時間の問題のように思える。


「こ、これからこの1Dの担任を勤めさせて頂きます。紺野です」


 冷やかしの一つでも入るかと思ったが、皆彼女の発言に引っかかりを覚えたようだ。


「え、どういうこと?」


「じゃあ、担任の先生は……?」


 ざわざわと近くの者同士顔を合わせながらクラスがややざわめく。


「あ、あー、皆さん落ち着いて下さい!担任の先生は今日どうしても外せない用事があるとの事で……」


「入学式より大事な用事って、何すか?」


 当たり前の質問を一人の生徒が発する。


「それが、一切私に連絡がなくて……」


 もじもじしながら、受け答えをする副担任。入学早々、担任との連携が取れていないようである。


 教室内は沈黙で満たされた。さらに重々しさも加わり淀んだ空気が流れる。


「……はぁ、仕方がありませんわね」


 沈黙を破ったその一声に一同が注目する。副担任は今にも泣き出しそうだった。


わたくし竜宮院澪依りゅうぐういんれいと申します。以後お見知りおきを。もうすぐ入学式が始まる時間ですわ。至急、体育館に向かいましょう」


 今度は嬉し泣きしそうになる副担任。どっちの担任も先が思いやられるが、この竜宮院とやらが居れば、学級崩壊は避けられそうである。


 皆が戸惑いながらも、ぞろぞろ廊下へと出ていく。まだ派閥グループ自体が出来上がっていないので、各々が互いの顔を見ながら様子を伺っているようだった。


 能井自身は自分からグループに入ると言うよりかは、誘われた所に所属したかったので敢えて出しゃばるような真似はしないよう心がけた。





 校舎に併設された体育館は、千人強を余裕で収容出来る程の大きさだった。


 天井には異常なレベルで頑丈そうなフレームで補強されていた。あちこちにまるで継ぎ接ぎのような修理跡が見受けられる。異能訓練を取り扱うこの学院ならではの光景だろう。



 ぞろぞろと歩いてきた1Dは、学年の中で到着が最も遅かった。周囲の視線が一斉にこちらへ浴びせられる。ひしひしと感じる視線に思わず声が出てしまいそうだった。


「皆さん、毅然とした態度を崩さずに」


 竜宮院はこんな状況でも狼狽えていなかった。もはや、既に委員長と言っても良い。


「えー、それでは全員の集合が確認されたので会を始めさせて頂きます。一同、礼」


 体育館ステージの横に控えていた先生の掛け声に合わせ、生徒たちは頭を下げる。


「おい、そこの君。頭を下げなさい」


 一人を除いては。例の目つき悪い君(仮称)である。


 先生の注意にも関わらず、彼は礼をしようという意識が微塵も感じられなかった。制服のポケットに手を突っ込み、ぎろりとその先生を睨みつける。


 流石の先生もたじろぐ。


 この学院は八洲の中でも指折りの名門校である。試験の難易度はもちろんのこと、面接による二次試験などで品性などもチェックされる。

 

 何故、試験官はこいつを合格にしたのか甚だ疑問である。かなり特異な能力でもあるのだろうか。


「るせぇ……な。挨拶するのはこっちの勝手だろうが」


 苛立ちをそのまま声にしたかのようだった。


(反抗期かな……?)


 践祚は今すぐこの場から逃げ出したかった。こんな厄介な奴となど関わりたくない。


 周囲も彼の異様さに毒されたのか、ざわざわとし始める。


「皆さん。し、静かに……!」


 自分たちのクラスの副担任は精一杯声を上げているが、生徒たちのざわめきに掻き消されてしまう。




「静粛に」




 ふっ、と誰かが言った。決して大きい声ではなかった。しかしそれは誰の耳にも届き、確かな効果を齎した。あれほど騒がしかった空間が一瞬にして静まり返る。


 例の不良君も苛立ったの様子は変わらないものの、声のする方へ顔を向ける。視線が集まった場所。果たしてそれはステージ上だった。


 中性的な顔立ち、声、佇まい。お手本のような性別不明さんだった。歳はかなり若そうだが、白髪であることが引っかかる。比較的黒髪が多いされる八洲出身では無いのかもしれない。


 何もかもが謎である。


「皆さん、初めまして。私は国立異能高等学院長の佐瀧さたきと申します。四年間よろしく」



 定型文のような挨拶であるはずなのに、纏う空気感が故に心に迫る何かがあった。大袈裟かもしれないが、自分の余命宣告のようである。


「ああ、そこまで畏まらなくて結構。ただ少しやんちゃ過ぎるのは頂けないですね」


 そう言ったあと佐瀧校長は明らかにこちら、というか奴に視線を送りながら目で忠告をしてくる。


『次はない』とでも言いたいのだろうか。自分のことではないものの、勘弁して欲しい。不良の近くにいるだけで面倒事に巻き込まれそうだ。


「……ちっ」


 不良も不良で、完全に様式美と言えるほどの舌打ちで応じる。無視よりは幾分かマシだが、生徒が先生にして良い態度ではないことに変わりはなかった。


「……さて。この学園については皆さんどれほど理解されてるでしょうか。八洲やしまの最高学府、獸狩りの育成所、異能研究の最先端……色々あるかも知れません。しかし、皆さんが忘れてはいけないことがあります。それはここはまず何より『学び舎』であるということです。生徒として入学して来たからには切磋琢磨をしなければならない」


 ここまで聞いたところで急に睡魔に襲われた。昨日は興奮して寝付けなかったことが影響したのかもしれない。軽く目を擦りながら、何とか下向きになりそうな視線を校長の方へと向ける。


「……………だからこそ………けれど………努力とは………」


 全く頭に入ってこない。耳から耳へと言うよりは、耳が音を拒んでいるような気がした。少しばかり、体もふらつき始める。


 聞いているうちに、何となく終わりそうな雰囲気が口調から感じられる。寝ぼけた目で周囲を見ると、救われたような表情をした者がちらほら見受けられる。


 そして、その言葉は聞こえた。


「それでは、皆さんには切磋琢磨してもらましょう」


 よくあるまとめの一言のようにも聞こえる。だが『実際に』という言葉の真意をはかりかねた。


 指が鳴る音がする。見ると校長が指を鳴らしていた。急に何を、と思った次の瞬間。















「どこなんだ、ここ……」










 見知らぬ森の中にいた。





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