き【君】
愛の形なんて、たぶん人それぞれ。私みたいに溢れてくる言葉を彼に囁くことも、彼みたいに言葉にはしなくても行動で示すことも、同じ愛。好きだと伝えたり、手紙を書いたり。手を繋いだり、抱き締めたり、キスをしたり。プレゼントを渡したり、サプライズをしたり、毎日を記念日にしたり。
でも、それだけが愛だなんてのは無粋だと思う。だってそうでしょ? 人によって全く違うんだから。他にも愛し方なんてたくさんあるし、愛されてると思ってたのにそれは勘違いだった、なんてこともたくさんあるはずだから。
もしかしたらそばにいるだけで愛を示しているかもしれないし、もしかしたら殴ることや蹴ることで愛を示すこともあるかもしれない。困らせたり、泣かせたり、怒らせたり、殴らせたり。ハッピーなことが全部愛な訳じゃないってこと。他人から見たらアンハッピーでも、当人は幸せかもしれないってこと。
――つまり何が言いたいかっていうと、私の愛し方も文句つけられる筋合いはないってこと。
彼は私にプレゼントはくれないし、手も握ってくれない。ハグだってキスだって、その先だってまだしたことない。それに言葉を交わすことが一週間以上ないことだってある。愛されてないのかも、って何度も思ったし、何度も泣いた。でもこれが私たちのあり方なんだって、彼がそう言ってくれている気がして、私はこれで納得してるの。
別に悲しくないよ。私が好きだって伝えて彼に嫌そうな顔をされても。私の手紙を彼が破ってるのを見ても。私があげた贈り物がゴミ箱に入ってても。一緒に帰ろうとしてるのに早足で逃げられたり、走って行方をくらましたりされても。何も辛くないし、苦しくない、怒ったりしないよ。
だって私、彼のことが大好きだから。
今日も彼を待ち伏せしてる。高校が終わって、チャイムが鳴って。彼は帰宅部だけど真面目だから、図書館に寄ってから帰る。そう、この時間。カウントダウンしてもいい。だって私が彼の出てくる時間を間違えたことなんて一度もないから。ほら、出てくるよ。
そしていつも二人か三人で靴箱まで来るけど、彼らは帰る方向が違う。つまりそう、今私がいる方に彼が歩いてくる。大丈夫、彼は私に気付いてくれるはず。いつも冷たい瞳ではあるけど、私を見てくれるもん。
そういえば今日は靴箱に十枚の手紙を入れたんだ。読んでくれるかな。いつも通り差出人を見て破り捨てるのかな。
遠くで別れの挨拶が聞こえる。「じゃあ、また明日な」と。彼の声は綺麗で、よく通る。校門近くにいる私の耳にも届くくらい。バイバイ、と手を振るのが見える。あんなに大きくて強そうでかっこいいのに、友だちには手を振るなんてかわいい人。そのうち私にも振ってくれるようになるのかな。そうだったらいいな。
彼の足音がこちらに伸びてきて、私も準備を始める。今日こそはしっかり気持ちを伝えるんだ。好きです、って。私ともっと愛し合いましょう、って。ワゴン車の窓を全部閉めてから、横開きのドアを開ける。右手のハンカチを力いっぱい握ったまま。
彼が車のすぐ隣を通った瞬間、私は外へ出て、ハンカチを彼の顔に押しつける。やめろ、離せ、なんて抵抗をしているけれど、これももしかしてあなたの愛の表現の仕方なのかな。私、嬉しいよ。
好き、大好き、愛してる!
カクン、と全身の力が抜けきった彼を抱き締めて、後部座席に寝かせる。こんなに寝顔が美しいなんて聞いてない。こんなに身体がたくましいなんて知らなかった。今日は眼鏡をかけてるんだね。お肌が綺麗だね。彼の顔を両手で包む。
あぁ、危ない。ちゃんと家に連れて帰ってから、私の気持ちを伝えてから、彼の心を聞いてから。愛し方は人それぞれ。これが私の愛し方なんだって、言い聞かせてあげないと。
き【君】「私」を支え、また狂わせるもの
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