最終話 試練を乗り越えし二人に祝福を

 それから10年後。


 神奈川県のグランドモールホテル展望台で、今から一つの結婚式が始まろうとしていた。


 だが、困ったことに新郎がまだやって来ない。

 何度も電話をかけたのだが、電源が入っていないのか、まったくつながらないのだ。


 電話をかけていた20台前半の黒髪の美しい女は、大きな溜息をつくと、待合室にあるテレビを見る。



『大変です! 政府専用機がハイジャックされました! 大泉総理が人質に取られたようです!』


 はわわわわ!? これは大変です!

 黒髪の女は、他の参加客を呼んだ。


『犯行声明が発表されました! 犯人は、10年前にグランドモールホテル人質事件を起こした、過激集団の残党とのことです!』


 テレビの前に集まっていた、結婚式の参加客がざわつく。


『今から我等の無念を晴らしに行く。過激集団はそう言っています!』


 無念を晴らす……? どういうことだろう……?


『あ、政府専用機が動き出しました! どうやら離陸するようです!』


 取材班のカメラは、政府専用機が飛行場を飛び立つまでを追った。



     *     *     *



「こんなことをして何になる!?」


 内閣総理大臣大泉慎之介おおいずみしんのすけは、銃口を突き付けてくる男に怒鳴り付ける。


「我等が同胞の無念が晴らされる」

「無関係の人々を殺して、無念が晴らされるものか!」


「黙れ!」


 大泉総理は顔面を殴られる。


 この過激集団は、この政府専用機をグランドモールホテルの展望台にぶつけようとしている。

 10年前の復讐といったところなのだろう。――いや、その表現はまったく適切ではない。これはただの八つ当たりだ。


「ふんっ、たった一人の高校生に失敗させられたのが、よっぽど恥ずかしかったのかね?」

「……よし、殺せ」


 男達は、大泉総理の側近の一人に銃を向ける。


「――ま、待て! すまん、謝る!」

「どのみち全員死ぬ。ちょっと早まるだけだ。――やれ」


 男がトリガーを引こうとしたその時、パシュッ! パシュッ! という音がした。

 結局男はトリガーを引かないまま、後ろに倒れる。


「――な、なんだ!?」

「後ろから――」


 パシュ! また一人、男が倒れる。


「敵だ! 人質を盾に――」


 パシュ! さらに一人、男が倒れた。頭から血を流している。

 これで残りは客室にいる一人と、コックピットにいる一人の、合わせて二人だけ。


 ヌッ。

 座席の陰から、どう見ても、ただの民間人といった感じの男が姿を見せる。


 パシュ!

 客室の過激組織が全滅した。


 あの男は忍者と呼ばれるエージェントだろう。

 彼等は、すぐれた戦闘能力を持ちながらも、それを気取らせない技術を持っているからだ。



 バンッ!

 コックピットのドアが勢いよく開けられ、最後の一人が大泉総理を人質に取り、銃を突きつける。


「銃を下ろせ! さもないとこいつが――」


 パシュ!

 最後の一人が死んだ。



「お……おお……」


 総理大臣である自分が人質に取られていたというのに、一切ためらわずに撃ちやがった。――たいした奴だ。

 大泉は「ふふん」と笑う。


「礼を言おう。――君、名前は?」

「申し訳ありません。名前を明かすことはできません」


「そうだったな……だが、それはこの私に対してもかね?」

「はい」


 大泉総理は、エージェントの男を見る。


 まだ若い。年は20台半ばといったところだろうか。

 中肉中背。まったく特徴が無い。こういったところも、エージェント向きの特性なのだろう。


「何かお礼をしたいのだがな」

「それでしたら、一つお願いがあります」


「お、いいぞ! 何でも言ってくれたまえ!」

「現在、この政府専用機はグランドモールホテルに向かっていますね? このまま進路を変えずに、上空を通過して欲しいのです」


「ほう? それはなぜかね?」

「これからそこで私の結婚式があります。そうしていただけると、遅刻せずに済むのです」


 大泉総理は大笑いする。


「なるほど! 私のせいで、結婚式に遅れそうになっている訳か! ならば、そうするしかあるまいよ! ――おい、パイロットに伝えてくれ!」

「は!」


 秘書がコックピットへと向かう。


「感謝致します総理」


 エージェントの男は頭を下げる。


「お安い御用さ。一応確認しておこう。君はここから飛び降りて、ホテルに向かうということでよろしいかな?」

「はい、そのとおりです」


 再び大泉は大笑いする。


「それは素晴らしい! もうすぐ到着するが、君の奥さんはどんな人なのかね?」

「数学者で、お料理研究家だそうです」


 男はパラシュートの準備をしながら、淡々と話す。


「ほう、面白い肩書だな。ところで、『だそうです』とは、どういう意味かね?」

「会うのは10年振りなんです。何せ、日本に帰って来たのが今日ですから」


「そうか。我が国のために人生を捧げてくれたこと、心より感謝する。末永くお幸せにな」

「ありがとうございます。――それでは失礼します」


 男は扉を開けると、大空へと飛び出した。



     *     *     *



 グランドモールホテルの敷地内に無事着地した俺は、ハーネスを取り外し、急いで展望台直通エレベーターに乗る。


 ここは俺と彼女にとって、記念すべき場所だ。

 ここでの出来事が、俺達の運命を変えた。


 ポン。エレベーターのドアが開く。



「――あ、兄上が到着されましたです!」

「おお、颯真! 狙いすましたようなタイミングで来たな!」

「うふふ! さすが颯真ちゃんね!」


 紬……綺麗になって……でも、相変わらず、その喋り方なんだな。

 父上、母上、新居の住み心地はいかがですか?



「おせーんだよ、八神!」

「社会人になって遅刻とか、マジありえねーべ!」


 北原、小松……なんか普通になってるし。子供もいるのか。



「八神氏、10年振りなのに遅刻とはパねえですな!」

「八神君、ひさしぶりだね!」

「ギリセーフだな」


 星、一条、吉田、品川、木野村……。



「ガハハハハ! 颯真! 久しぶりじゃな!」

「颯真ちゃーん! おめでとなー!」


 極悪院先輩が、ちゃんとスーツを着ている。

 憲司はすっかり美しい女性になってしまって……もしかして、手術してしまったんだろうか?


 寺田先輩や鷹飼もいる。

 服部先輩はいない。なぜなら、俺と同じ仕事だからだ。

 今は確かタジキスタンにいるはず。



「やあ、八神君。君はあんまり変わらないね」

「久しぶりにミット打ちやるか! 八神よ!」

「地下闘技場出ろよ。お前に全財産賭けるからよ」


 座間のオッサンはすっかり老けたな。

 荒暮会長は相変わらず。

 迫田さん、子供もいるんだし地下闘技場はやめましょう。



「八神君、さあ行こ」

「先輩、待ってますよ!」


 桜子先生……。紫乃……。

 二人共10年前と変わらない魅力……いや、それ以上の素敵な女性になっている。


 俺は2人に案内され、先へと進む。




 ウエディングドレスを着た、黒髪の女性が背を向けて“立って”いる。


「10年振りだな……」


 花嫁が振り返る。

 八重歯をのぞかせた可愛らしい笑顔を見せながら。



「颯真さん……ずっと待っていました……」

「本当にごめんな」


 彼女の記憶は失われたままだ。

 だが、別にいい。



「これから二人で、たくさんの思い出を作っていこう」

「はい。とても楽しみです」



 俺達は抱きしめ合った。


 10年分の想いを乗せて。



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エージェント・ソウマの記録


壊滅させたテロ組織:7

阻止した陰謀:27

その結果、守り抜いた笑顔:4千万

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超絶陰キャの俺。【強制青春選択肢の呪い】に、めちゃくちゃな行動をとらされるが、三姉妹を惚れさせてしまうし、部活でも大活躍してしまう 石製インコ @sekisei-inko

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