第65話 思い出の公園

 目が覚めてから2週間後、俺は無事退院し、瑠璃川邸へと戻って来た。


 アメリカに行くことを話した結果、先生はわんわん泣きながら猛反対。

 今もほっぺたを膨らました状態で、ぷいっとしている。本当可愛い人だ。


 紫乃も最初は反対していたが、何度も話続けた結果、俺の考えを受け入れてくれた。



 そしてひまりはというと……。


 茫然自失といった状態で、ずっと部屋でボーっとしている。

 話しかけても、ろくに反応が無い。


 このままでは良くない。俺はひまりの部屋に入る。


「ひまり……例の公園に行こうか」

「はい……」


 俺はひまりの車いすを押して、駅前のパン屋に入る。あの時入ったパン屋だ。

 そしてまた、あの時買ったパンを買い、あの時座ったベンチに座る。


「ここがその公園だよ。思い出したか?」

「いいえ……でも、あたしはここがすきです」


 俺は微笑むと、一本の木を指差す。


「あの木にメジロがいたんだぞ」

「そうですか……」


「お前は手が冷たいからと、俺のポケットに手を突っ込んで来た」

「そうですか……」


 ひまりはブルブルと震えている。

 今はもう12月。じっとしているのは堪える時期だ。


「ごめん、寒かったな。もう帰ろうか」

「もうすこしいたいです」


「分かった。じゃあこうしよう」


 俺はひまりを車いすからベンチに移し、隣に座る。

 そして、彼女を包み込むように抱き寄せた。


「ふゆのこうえんはさむいです。またはるにつれてきてください」


 しばしの沈黙が訪れる。


「……ごめんな。いつになるか分からない」

「う……うう……うえーん!」


 俺はひまりが落ち着くまで抱きしめ続ける。

 数分が経過し、ひまりの嗚咽がとまる。


「やがみさんがそばにいると、とてもつらいです。でも、いなくなってもつらいです……」

「ひまり……」


「あたしがんばって、やがみさんがそばにいても、だいじょうぶになります。あたしといっしょにいてください」


 俺はひまりを強く抱きしめる。


「おりょうりも、おべんきょうもがんばります。だから、おいていかないでください」

「俺も本当は一緒にいたいよ……。でも、ごめんなひまり……お前を守るためなんだ。分かってくれ……」


 再び泣き出してしまったひまりをなだめようと、頭を撫でる。


 これは災厄だ。

 俺が受け入れなければ、代わりに周りの人達が不幸な目に遭うだろう。

 最悪テロリストどもに命を奪われる恐れだってある。

 みんなを守るためには、こうするしかない



 ひまりが落ち着きを取り戻したので、彼女を車いすに移し、瑠璃川邸に戻る。


「ただいま」

「たあいまー」


 リビングに行くと、ほっぺたをぱんぱんに膨らませ、仁王立ちしている桜子先生が待っていた。

 その横に、紫乃が申し訳なさそうに立っている。


「どうしました先生?」

「八神君、いえ颯真。私と勝負して!」


「え? どういうことですか?」

「【黒鉄の武士】の世界大会で、私が勝ったらアメリカ行きはなしにして!」


【黒鉄の武士】の世界大会だと?


 すでに決勝大会進出チームは、決まってしまっているのだが?

 というか、そもそも桜子先生はゲームなんてできないだろうに。




 ここで【黒鉄の武士】の世界大会について説明しよう。


 この大会はオンライン対戦でおこなう予選大会と、実際に会場に赴いて戦う決勝大会がある。


 俺はひまりと一緒に、この大会で優勝するつもりだったのだが、ひまりがどこまでやれるようになるのか分からなかったので、エントリーをギリギリまで保留していた。

 なぜなら一度エントリーすると、メンバー変更ができないからだ。


 世界大会のルールは3VS3デスマッチだが、チームは5名まで登録できる。

 相手との相性や作戦などを考慮し、出撃させるメンバーを選ぶ訳だ。


 ただし決勝大会では、全メンバーが決勝戦までに、必ず一度は参戦しなくてはならないというルールがあり、しかもライブで世界に発信される。

 まともに戦えないひまりをむりやり参加させた場合、世界に恥を晒させることになり、彼女を傷つけてしまう恐れがあるのだ。



 で、結局保留している内に、俺は銃で撃たれ昏睡。

 その間に、エントリー締切日が来てしまう。


 ただ、何らかの理由で俺がエントリーできなかった場合に備え、あらかじめ紬に代理を頼んでおいた。ここらへんはさすが俺といった感じだ。

 ただしその場合は、俺、紬、紫乃の3名だけで登録することとしておいた。


 そのため、残念ながら今回の大会にひまりは参加できない。

 その代わり、必ず優勝するつもりだ。おそらく今回が、俺の最後の大会になる。



 ――で、その世界大会なのだが、予選はすでに終了しており、決勝大会に進む32チームはすでに決定してしまっている。

 当然、我が【ゴッド・エイト・ブレス】は勝ちぬいている。

 前大会優勝チームの【クッキー・マジシャンズ】も、もちろん参加だ。


 なので、先生と決勝大会で戦うことはない。

 素人なので、そのへんのことがよく分かっていないのだろう。



「先生、それは無理です」

「それは、颯真が決勝戦まで勝ち残れないってこと?」


「はい?」

「【クッキー・マジシャンズ】リーダー。搭乗機、キルシュブリューテ(桜)。それが私」


「え……? 嘘ですよね?」

「本当です先輩。桜子ちゃんのアカウント見せてもらいました」


 マジかよ……!? まさか王者がこんな近くに……しかも先生だったなんて……!


 決勝大会は直接会場に赴くので、当然プレイヤーの顔は晒される。

 だが【クッキー・マジシャンズ】のメンバーは全員顔出しNGだったので、全員マスクを被っていた。確かリーダーは、リスのマスクだったと思う。


 そのため、奴等の正体を知る者は、今まで誰もいなかった。

 胸があるので、女性ということだけは判明していたのだが。


「なるほど……教員がゲーム大会に出てるのを、知られる訳にはいきませんもんね」

「そういうこと。――で、どう? 受けてくれる?」

「先輩、受けなくていいですよ? 受ける意味がありませんから」


「……いや、受ける意味はあるよ紫乃。俺は先生に納得して欲しいんだ」

「先輩……」

「さすが颯真。じゃあ約束だよ?」


「はい。決勝戦で会いましょう」

「絶対に負けないから!」

「私が必ず先輩を勝たせてみせます! 桜子ちゃんなんかに、絶対負けません!」


「あはっ。私の恐ろしさ、教えてあげる」


 そう捨て台詞を吐くと、先生はストロンガーゼロを1本手に取り、部屋に入ってしまった。

 どうやら俺と先生の戦いだけではなく、紫乃と先生の戦いでもあるようだ。


 これは荒れること間違いなしである。

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