第51話 海に行こう
7月になり、球技大会の日がやって来る。
俺の大嫌いなイベントだ。
走ったり飛んだりといった単純な運動はできる俺だが、球技となるとまったくできない。
特に野球やテニスなどの、得物を使う競技は最悪だ。自分でも笑ってしまうくらい酷い動きをする。
球技大会は、自分の所属している部活の競技には参加できない。
そのため、帰宅部と運動部の実力差はそれほどない……なんてことがある訳ない。
運動神経の良い連中は、基本何をやらせても上手いのだ。
俺は足手纏いにしかならず、いつも肩身の狭い思いをしている。
今年はサッカーに出ることになったが、さぞかし恥ずかしい目に遭わされるだろう。足だけでボールを捌くなど、俺には不可能だ。あんなのは曲芸師のやることに近い。
「せんぱーい! カッコいいいとこ見せてくださーい!」
「八神ー! オフサイドからハットトリックして、ボランチきめろやー!」
「とりあえず、殴ってボール奪え!」
最悪なのは、こいつら応援団の存在だ。
紫乃や北原達だけでなく、他にも数十人の生徒が集まってしまっている。
あの人数の前で無様な姿を晒すのは、公開処刑に近い。
「はぁー……、こりゃ後でボロクソ言われそうだな……」
暗い気持ちで試合に臨んだ俺だが、意外な結果が待っていた。
「ナイスセーブ! 八神!」
枠内に来たシュートをパンチングで弾く。
そう、俺はキーパーだ。
ボクシングをやっているから動体視力が良さそうと、勝手にポジションを決められたのだ。
「うん、思ったよりボール見えるし、キーパー悪くないな」
俺はパス、ドリブル、トラップすべてまったくできないが、手を使えるキーパーなら問題ない。これなら、そこそこやれそうである。
ピピーッ!
うちのDFがファウルをして、PKとなった。
素人の俺でも、PKは基本入ることくらいは知っている。
止められなくても、怒られることはないはず。
ピー! キック開始の笛が鳴る。
俺はキッカーの足に注目した。
――ん? ちょっとボクシングに似ているか?
踏み込み方で、どこへ飛んでくるか予想できるかもしれん。
「こっちか……!?」
俺は予測コースへと飛んだ。
「ぐえっ!」
ボールは俺の手ではなく、腹に直撃した。
クソいてえが、止めてやったぜ! やりい!
「うおおおおお! 八神ナイスゥ!」
「せんぱーい! ちょー、カッコいいー!」
フィールドの中と外から声援が飛んでくる。
俺のセーブがどれほどの影響を与えたのかは分からないが、ウチのクラス2年D組は見事優勝した。
俺はそのことを報告しに、ひまりの病室を訪れる。
が、紫乃に先を越されたようだ。
「――という訳で、先輩のクラスが優勝したんですよ?」
イスに座った紫乃が、ひまりに話しかけている。
「考えることは同じか」
「あ、先輩!」
俺は紫乃の隣に座る。
ひまりは相変わらず何も反応しない。
紫乃が自由になったことや、北海道に行った話もしたのだが、やはり何も反応はなかった。
紫乃のことを気にかけていたので、もしかしたらとは思ったのだが。
「ひまりには、やっぱり俺達の声は届いていないのかな」
「私は届いていると思います。――そうだ! あの話、しちゃお」
紫乃はニヤリと笑う。
なんだ? 悪巧みであることだけは分かるが。
「……ひまりちゃん、私ね……先輩と同じベッドで寝ちゃいました」
「おい紫乃!」
紫乃はペロッと舌を出す。
――ん?
俺はガバッと、ひまりの顔をのぞきこむ。
「眉間にしわが寄っている……!」
「本当だ! ひまりちゃんが怒ってます! ――先生! せんせーい!」
紫乃は慌てて病室を飛び出した。
植物状態となってから1か月以上。
ひまりは初めて、反応を示したのであった。
その翌日、今度は桜子先生と一緒にひまりの元へと訪れる。
「ひまり。私、八神君と大人のキスしてるから。一緒に寝たこともある」
ひまりの眉間に再びしわが寄る。大成功だ。
「一番の刺激が嫉妬ね。ひまりらしい」
先生は「あはっ」と笑う。
まったくだ。こんなことなら、もっと早く話しておけば良かった。
「八神君、ここで私とキスしよ? かなりの刺激になるはずだから」
最低最悪だ。先生、平気な顔でよくそんなこと言えるな。
俺は難しい顔をする。
「……冗談。でも見て」
ひまりが、ギリギリと歯を噛み締めている。
おお! 新しい反応があったぞ!
「八神君、ひまりにキスってしてみた?」
「いや、してませんが……」
「して」
先生の眼差しは真剣そのものだ。妹の回復を心底願っているのだ。
ならば遠慮なくいかせてもらう! キスくらいで良くなるなら、いくらでもしてやるさ!
俺はひまりに軽くキスをした。
これが彼女との初めてのキスになる。それが何だか少し悲しい。
「ん……笑った……のかな?」
ひまりの表情は、笑顔とは言えないが、少しにこやかになったように見える。
「嫉妬の方が反応が大きい……八神君、やっぱり私に――」
「負の感情は、何か悪影響を与えるかもしれません」
選択肢が出る前に釘を刺した。どうやらセーフのようだ。
「ん……そうかも……」
「じゃあ、そろそろ行きましょうか先生」
俺は先生を連れ、病院の駐輪場に行く。
ヘルメットを先生に渡し、2人でバイクに乗り込んだ。
そして俺は家には向かわず、海水浴場へと向かう。
「八神君、海に行きたい」
今日の朝、先生に突然そう言われたのだ。
何か特別な理由がある訳でなく、ただ遊びたいだけらしい。
選択肢が出てしまい、行くしかなくなる。
ただ生徒と教師が、水着で2人きりでいるのは色々とマズい。
俺は少し遠い、人のいないビーチを探した。
「先生、到着しました」
「いいね。砂浜白い」
俺達は岩の陰にシートを開き、荷物を置いた。
さすがにバイクにパラソルは積めない。
「ん……脱ぐ……」
先生は俺の目の前で服を脱ぎ始めた。
「ちょっ! 先生!」
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