第18話 ボランティアマスター八神

 翌日の朝、学校の駐輪場に到着すると、ひまりの親友である北原紗耶香きたはらさやか小松玲奈こまつれいなのビッチコンビが俺を待ち構えていた。


「――八神、ちょっといい?」

「ああ、どうした?」


 2人の目つきは鋭い。良い話ではないだろう。


「あのさー。マジキモいから、ひまりんにちょっかい出すのやめてくんない?」

「うちらのダチ、アンタみたいなクズとくっつける訳にはいかないんだわ。それくらい分かるべ? なあ?」


 ああ、やっぱり来たか……。

 ひまりを好きだと宣言するはめになった時から、絶対こいつらに絡まれるだろうとは思っていた。まったく、鬼頭のクソ野郎め……!



[1、「うん、分かりまちた」]

[2、「ファッキュー。ぶち殺すぞ」北原と小松に、全力鼻フック]



「うん、分かりまちた」

「――は?」

「なんなんこいつ?」


 俺が二つ返事で了承したにもかかわらず、2人はムッとした。


「女にちょっと脅されたくらいで諦めるとか、マジありえなくね? 言い方キメえし」

「な? 言ったとおりだべ? こいつ本気じゃねえんだよ。女なら誰でもいいクズ野郎ってことっしょ」


 完全にディスられてる。どういうこと? 鼻フックした方が良かったのか?


「――まあいっか。まだ今なら、ひまりんの傷も浅く済むし」

「だな。付き合う前ならセーフっしょ。――な? 試して正解だったべ?」


「まあね……もうちょっと粘るかと思ったんだけどなー」


 2人は、呆れ顔で俺を見ながら去って行った。

 なに? 「ノー」って言って欲しかったの? コミュ障の俺には、女心をまったく理解することができない。



「イキリ陰キャ」「告白童貞」と書かれた上履きに履き替え、教室に入る。

 北原紗耶香と小松玲奈が、ひまりに何か話しかけているのが見えた。

 ひまりと目が合うと、彼女は悲しそうに目を伏せる。


 俺は自分の机に置かれていた花瓶の水を替え、地獄峠で摘んだ花を挿し、後ろの棚に飾った。

 イスの上に撒かれていたチョークの粉を拭き取り、机の中に入っていた「お前がドーピングしているのは知っているぞ。ランナーの恥め!」と書かれた紙を丸めてゴミ箱に投げる。――ナイッシュ!


「まったく……毎朝毎朝ご苦労なことだ」


 文句があるのなら直接言ってこい。ガキどもめ。

 そういう意味では、北原と小松のビッチ2人の方がマシだ。



 ガラッ。教室のドアが開く。


「おはよ……朝の会、始める……」


 桜子先生がぬぼーっと入って来る。

 ローテンションなのはいつものことだが、今日は特にひどい。

 昨晩、俺の予選出場を祝い、ストロンガーゼロを3本も空けてしまったからだろう。


 先生は、案の定ベロンベロンに酔っ払い、「おめでと、おめでと、おめでと」と連呼しながら、ほっぺにキスを連発してきた。

 紬が麺棒で先生の後頭部を殴打するまで、20回以上はされたのではないだろうか?

 俺とひまりは、先生の妊娠を心配し焦ってしまったが、紫乃に「キスで妊娠しませんから、心配しないでください」と呆れ顔で言われ安堵する。



「まさか母上が、嘘をおっしゃっていたとはな……」


 幼少の頃、母上から「キスをすると妊娠するから、気を付けなさい」と教わったのだ。

 決して嘘をつくような人ではないので、鵜呑みにしていた。

 正直かなりのショックだ。一度母上としっかり話をするべきだろう。このままでは家族の絆にヒビが入ったままになってしまう。



「今日は、各委員会から連絡事項がある。どうぞ……」


 北原紗耶香と小松玲奈、それと野球部の品川、図書委員の星優月ほしゆづきが教壇の前に立つ。


 最初は、美化委員の北原から話を始めた。

 ひまりに負けず劣らずの下品な女が、美化委員とは笑わせるものである。


「美化委員からお知らせでーす。明日の朝、学校周辺の清掃活動をおこないまーす。美化委員だけでは手が足りないので、みんなも参加してくださーい」


 美化委員会は楽な仕事だ。

 仕事は校内、及びその周辺の美化活動だが、人手が必要とされるものは、こうやってその都度手伝わせる。そのため、仕事量はそれほど多くない。

 内申点稼ぎには最適な委員会だ。北原もそれを分かって、美化委員会に入ったのだろう。


「あのさー。美化委員って、普段全然仕事ないじゃん? だったら自分達だけでやれよ」

「は? 私達だけでできる訳ないじゃん。授業始まるまでに終わらせなきゃいけないっての、分かってる?」

「じゃあ、朝早く来ればいいだろ!」

「そうだ、そうだー! ずるいぞー!」

「ちゃんと責任を果たせー!」


 お、美化員会のやり方に不満を持っていた連中が、一斉に非難し始めたぞ。

 まあ苦労せずに内申点を稼がれたら、頭にくるのは当然だわな。

 北原の頼み方も悪いし、自業自得だ。


「はいはい、そこまで。確かに美化委員会はみんなに頼りすぎ。どうやったら自分達だけで、できるようになるかを考えて」

「はーい……分かりました……」


 ナイス先生。「甘えるなメスブタが!」ってな感じで、ビンタしてもいいんですよ。


「ではそういうことで。でも、明日までには間に合わないだろうから……清掃活動、参加してくれる人いる?」



[1、「ぜんぜい! おで、掃除じだいでず!(IQ30くらいの感じで)」清掃活動に参加]

[2、「紗耶香ちゃんのためなら!」清掃活動に参加]



 正直、清掃活動に参加させられるのは覚悟していた。

 だが、なんでまともなセリフを言わせてくれねえんだ?


「ぜんぜい! おで、掃除じだいでず!」


 巨大なこん棒の似合う脳筋キャラを意識しながら、嫌々手を挙げる。

 何人かが鼻水を噴き出した。意外に面白かったらしい。


「――え? 八神?」


 全員が目を丸くして俺を見る。

 こういった行事に、もっとも非協力的な俺が手を挙げているのだから、その反応は当然だ。


 ひまりが俺を見て、ビシッと手を挙げた。――いや、お前親友なんだし、俺より先に手を挙げろよ。

 そして爽やかイケメンの一条が手を挙げると、女子達が一斉に挙手し始める。

 本当分かりやすい女どもだな……。


「……17、18、19人ね。じゃあ北原さん、そういうことで」

「あ……は、はい」


 北原は動揺した様子で俺を見た。



「じゃあ次」


 小松玲奈と、野球部の品川が一歩前に出る。

 この2人は風紀委員。坊主の品川はいいとして、ミニスカ、ツケマ特盛、メイクバリバリの小松が風紀委員とは、悪い冗談としか思えない。


「えーっと、明日から1週間、あーしら2人が校門前で身だしなみチェックをおこなうことになったんだけど、品川じゃ頼りにならないんで、助っ人募集」


 風紀委員は各クラス男女2名おり、週替わりで身だしなみチェックの当番をおこなう。

 1年や2年は先輩を注意することになるので、かなり度胸を必要とする仕事だ。当然誰もやりたがらず、毎回クジで決めている。

 つまりこの2人は、大ハズレを引いたという訳だ。


「いや、さっきと一緒でさ、手伝ったら委員を決めてる意味なくね?」

「そうだそうだー! クジで公正に決めたんだから、責任もってやり遂げろよー!」

「品川ー! 男を見せろー!」


 うむうむ、俺も同意見だ。

 他の人間を巻き込んで、責任を分散させようという魂胆が心底気に食わない。


「で、でも……先輩とか、ちょーこえーじゃん!? あーし、注意とかムリだし!」

「は? 自分が怖いからって、俺等にやらせんなよな!」

「そんなんじゃ、社会でやってけねえぞ! 甘えんな!」

「品川! さっきから黙ってねえで、なんとか言え!」


「ぐす……ぐす……」

「はいはい、そこまで」


 小松が泣き出してしまった。あんななりして泣き虫なのかよ……まったくしょうがねえな……。


「みんな、どう?」


 しーん。当然誰も手を挙げない。

 ひまりや一条でも、これはさすがに荷が重すぎるようだ。


 選択肢も出てこない。良かった良かった。


「……みんなの言うことはもっとも。たとえ外れクジを引いただけだとしても、与えられた仕事は責任もってこなすべき。協力してもらいたいのであれば、それ相応の態度を示すのが大人」


 うむうむ、先生のおっしゃるとおり。

 あんな頼み方で、協力しようなんて奴はいないだろう。


「お願いじまず……だずげでぐだざい」


 小松は鼻をすすりながら、きったない顔で頭を下げた。


 おい小松……なにお前、素直に頭下げてんだよ。

 お前みたいな女は、意地でも謝ったり頭下げたりしないもんなんだぞ。


 俺は大きな溜息をつくと、あきらめたように手を挙げた。


「俺が手伝おう」


 清掃活動の参加者がかなり多かったので、おそらく予定よりだいぶ早めに終わるだろう。

 となると、授業が始まるまで、教室でずっと待っていなくてはならない。

 それだったら、身だしなみチェックに参加し、時間を潰すというのも、そこまで悪くはないはずだ。


 というより、あんなブスな顔を晒してまで頭を下げた小松に、さすがに同情してしまった。


「なっ!? マジかよ八神!?」

「ちょっ、また!?」

「どうしちゃったのよアイツ!?」


 みんなが驚愕の表情で俺を見る。

 ひまりと北原が慌てて手を挙げたが、さすがに他に挙手する者はいなかった。



「――じゃあ八神君と北原さん、あとはひまりだけね。小松さん、品川君、それでいい?」

「あ、はい」

「ありがどー! ひまりー!」


 小松はひまりに抱き着いた。

 俺には何もなしかい。まあ想定内だ。別にいい。


「――玲奈、八神にもお礼言いなよ?」

「あ、うん……えっと……さんきゅーな八神……」


 声ちっせ! まあいいけど。



「じゃあ最後。星さん」

「はい」


 図書委員会の星優月が一歩前に出る。


「此度、図書室に大量の本が寄贈されることとなりもうした。明日届くそうなのですが、何分量がパねえのです。どうか皆様には、図書室まで運ぶのを手伝っていただきたく候」


 星は深々と頭を下げる。

 まさかのボランティア3つめだと……!? 頼むぞ、頼むぞ……! 来ないでくれよ……!



[1、「拙者に任されたし!」本の運搬を手伝う]

[2、「拙者に任されよ!」本の運搬を手伝う]



 2文字しか違わねえじゃねえか……!


「拙者に任されよ!」


 俺はキレ気味に手を挙げた。


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八神兄妹と瑠璃川三姉妹の秘密③ 好きな動画、ユーチューバー編


颯真 :海外の銃器紹介動画

    あと、陽キャの動画に低評価を付けることを趣味としている。


紬  :男子高校生がチャリで川に落ちるやつと、バスでカードを落としたやつ

    1日10回は再生し、「うぴぴぴぴぴ!」と爆笑している。


桜子 :アル中カラカラ

    おじさんの堕落振りを見て、私はまだまだ大丈夫だと安心している。


ひまり:カンボジア人の男二人が、地面を掘ってプールをつくるやつ

    自分もやりたくなり、勝手に校庭を掘って怒られる。


紫乃 :お掃除系の動画

    特に排水溝清掃の動画が好き。

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