第二章 ヒロインレースの始まり

第12話 新しい朝が来た

 俺の家があった場所には、大勢の見物人やマスコミが押し寄せ、父上と母上はたびたび取材を受けた。

 この事件は連日大きなニュースとなり、この街の知名度は一気に上昇する。


 まさか百万の小切手を受け取らなかっただけで、ここまでの事態になってしまうとは……次からは気を付けるとしよう。


 幸いなことに、どこかの研究所が、隕石をかなりの金額で買い取ってくれたので、なんとか家を建て直せそうだ。

 それまで俺と紬は、瑠璃川邸に居候させてもらうこととなる。


 あの家は5LDKあり、なおかつ両親は別の家で暮らしている。

 余っていた2部屋を、俺と紬が使わせてもらえることになった。

 ひまりと紫乃が許可してくれるとは思えなかったが、意外にもあっさり了承される。不良から救ったことの礼なのかもしれない。


 なお父上と母上は、マンションの住み込みの管理人の仕事に就けたので、俺達とは別居することとなった。

 寂しいことこの上ないが、家が建つまで耐えるとしよう。



「兄上ー、瑠璃川家のお嬢様方ー、朝定食ができましたですー!」


 紬が全員分の、「紬特製ソーセッジエッグ定食」を用意する。

 牛丼チェーン店「竹屋」の朝定食を食べた紬は、そのあまりの美味さに感銘を受け、それ以来毎朝「ソーセージエッグ定食」を作るようになった。もちろん牛皿小鉢付きである。


 俺と眠そうな顔をした瑠璃川三姉妹は、ダイニングテーブルにつき「いただきます」と挨拶した。


「おいしい……」

「うっま! うっま!」

「すごいですー! 妹ちゃんは料理がお上手なんですねー!」

「えへへ、それほどでもー」


 紬の料理の腕前が認められ、兄として鼻が高い。

 父上と母上に、このことを報告しておこう。きっと喜ばれるはずだ。


「それにしても、八神にこんな可愛い妹がいるなんて思わなかったわー」

「本当そうです! こんなに明るくて可愛い子の兄が、なんでこんな暗くてキモい人なんですかね?」


 ドンッ!

 紬がテーブルを拳で叩く。その衝撃でコップの水が飛び散った。


「おい紬、落ち――」

「我が敬愛する兄上への侮辱、絶対に許すまじ……このメスブタを処刑する!」


 パシッ!

 俺は急いで紬の腕をつかむ。


「ひっ……」


 紫乃の眼前に、紬の箸が迫っていた。

 あと少し遅れれば、紫乃の眼球と脳を箸が貫いていただろう。危ない危ない。


「――紬、やめろ。俺達はいつもこんな感じなんだ。俺はまったく気にしてない」

「申し訳ありません兄上、紫乃嬢! ちょっとした、お戯れというやつでしたか!」


 紬があせあせと頭を下げる。

 まったく……兄想いの良い妹なのだが、母上に似て直情的過ぎるところがあるのだ。まあ、そこが可愛いところなのだが。


「あ……う……はい……こちらこそ……本当にごめんなさい……」


 紫乃が引きつった顔で、頭を下げた。

 桜子先生とひまりが、箸を持ったまま硬直してしまっている。


 まだ居候生活初の朝だというのに、いきなり強烈なパンチを食らわせてしまったようだ。

 だが悪いのは紬ではない。事前にしっかり言っておかなかった俺が悪いのだ。



「……紬ちゃんは、八神君のことが大好きなの?」

「はい! 紬だけでなく、父上も母上も兄上を敬愛しておりますです! と言うより、八神家は家族全員が互いに敬愛し合っているのです!」


 別にわざわざ大きな声で言うようなことではない。家族であれば当たり前のことなのだから。


「八神……なんか、アンタの家族ってすごいわね……」

「――ん? 何がだ? どこにでもいる普通の家族だぞ?」


 ひまりは桜子先生と顔を見合わせた後、肩をすくめた。――え? 何? そのリアクション?


「うふふ……なんかちょっとだけ、羨ましいかもです……」


 紫乃は愁いを帯びた笑みを見せる。

 初めて見せたその表情に、俺は少し見とれてしまった。




 三姉妹を先に送り出し、俺は紬と一緒に皿洗いをする。

 タダで住まわせてもらっているのだ。これくらいのことは当然やらねばならない。


「いいか紬、俺達は居候させてもらう身なのだ。そのことをしっかり心に刻め。さもないと、『火垂る〇墓』の清太と節子のような最期を迎えるぞ」

「はわわわわ……! ドロップと間違えて、おはじきを舐めながら死ぬなんて嫌でございます! しかと肝に銘じておきますゆえ!」


 俺は「うむ」とうなずく。


「ところで兄上。兄上は、お三方の誰を狙っているのでしょうか?」


 思わず「ぶっ!」と吹き出してしまった。


「何を言っているのだ紬よ! そんなつもりはまったくないぞ!」

「当ててみせます! 兄上の好みからして、ずばり長女ですね!?」


[1、「正解。桜子先生だ」]

[2、「残念。ひまりです」]

[3、「実は紫乃なんだな」]

[4、「何を言うか。俺が愛しているのはお前だけだ紬」]

[5、「誰をだと? 笑わせるでない。無論全員だ」]



 うーん……1から3は、どれを選んでも面倒になりそうだな。

 かと言って4は家族会議になりそうだし、5でいくか。


「誰をだと? 笑わせるでない。無論全員だ」

「な、なんと強欲な……! さすがは兄上です! まさに『英雄色を好む』ですね! 父上と母上も、きっとお喜びになられます! さっそくメールしますね!」


 紬は皿洗いをやめ、スマホをいじりだした。

 我が愛すべき妹は、俺の良いところをすぐに報告してしまうのだ。

 俺はその様子を微笑ましく眺めながら、皿の水滴を拭き取っていた。





 学校が終わり、俺はジムへと向かう。

 ジムの更衣室で座間のオッサンと会った俺は、不良をボコした話をした。


「――という訳でして。はい2千円です」


 俺はオッサンに、奪われたお金を渡す。


「ありがとう八神君! これはまた、お礼をしないといけないね! しっかし、そんな特大のざまぁを、目の前で見られなかったのは残念だよー! ざまぁする時は呼んでほしいな!」

「ははは! じゃあ次は電話しますよ。相手が待ってくれるとは思えないですけど」


 俺と座間のオッサンは、和やかな雰囲気でトレーニングを開始する。



 それから1時間後。


「ちょっと早いけどお疲れ様ー!」

「おや? 明日早いんですか?」


「そうなんだ。ちょっと会議があってね」


【黒鉄の武士】の会議だろうか。いいなあ。

 座間のオッサンともっと仲良くなったら、エーリッヒ・ソフトウェアに入社させてもらえないだろうか?


 ……いや、待て待て。俺の夢は公務員だ。変なことを考えるな。

 最近、慣れないことばかりしているせいで、思考回路が変化してきているような気がする。己を戒めなければ!


 そんなことを考えている内に、オッサンの姿は消えていた。

 そしてそれから10分後。



「おい八神、ちょっと来てくれ」

「――ん? あ、はい。分かりました」


 迫田さんに呼ばれ、奥の部屋へと連れて行かれる。


 そこには仁王立ちの荒暮会長と、ガチガチと震える座間のオッサンがいた。


「や、八神君ごめん……」

「……どうしたんですか?」


 オッサンの様子で分かる。何か良からぬことが起きたのだ。


「座間さんから、お前が不良4人を殴り倒したと聞いた。本当か?」


 迫田さんが鋭い眼で俺を見る。


「……ええ、その通りです」


 俺が返事をすると、迫田さんは会長にうなずいた。


「八神……ボクサーは、素人に手出しちゃならねえこと知っとったか……?」


 そんな話をどこかで聞いたことがあるな。このジムもそうだったのか。



[1、「もちろん知っていました」]

[2、「知るかボケ! しばいたら!」会長をボコす]



 お、意外に普通だな。助かる。


「もちろん知っていました。すみません」

「ほう……では、そのルールを破った奴は、破門になるということも知っていたか?」


 何だと、破門!? そりゃあいい! ようやくボクシングをやめることができるぞ! よっしゃああああああ!


「はい、それも存じていました」


 知らなかったが嘘をつく。選択肢が出てこなくて良かった。

 これでやっと自由の身だぜ。


 荒暮会長の目がカッと見開いたかと思うと、のっしのっしと俺の目の前までやって来る。

 こっわっ! もしかして俺、ボコボコにされんのか?


 会長は右手を振り上げる。――くそ! ゲンコツがくるぞ!


 俺の左肩に、会長の手がズシッと置かれた。――ん?



「よくやった八神!」


「え?」

「それを分かっていながら、女を守るために戦うとは……! お前は真の男だ! がはははははは!」


 迫田さんが大きな拍手をしてくれ、座間のオッサンが「ほっ」と安心したように息を吐く。


「あ、ありがとうございます……」


 どうやら破門してもらえないようである。ちくしょう!



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 八神兄妹と瑠璃川三姉妹の秘密① 身長編


 颯真:173cm

 紬 :155cm


 桜子 :150cm

 ひまり:156cm

 紫乃 :159cm

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