第11話 三姉妹の変化

「教師であり、姉である私が行くべきだった……ごめんなさい……」


 瑠璃川邸のリビングで、桜子先生が俺に頭を下げる。


「いや別にいいですよ。研修で疲れてたんでしょう?」

「うん……」

「先輩優しい! でも桜子ちゃんを狙ってる感じが、マジでキモいです! 本当やめてくださいね?」


「お前なあ……」

「正直言うと、陰キャでキモい先輩が、バッタバッタと不良を倒してくさまは、カッコいいと思っちゃいました! でも男として見ることはできません! 熊を倒したおじいちゃんと同枠です! 本当ごめんなさい!」


 紫乃が何度もペコペコする。


 ああ、なんとなく意味が分かった。

 優しいだけの男は、お年寄りと一緒で、男としては見られないって言うもんな。


 でもそれ、わざわざ言わなくてよくね?


「分かった分かった。先生と話があるから、とりあえず三女は黙っててくれ」


 紫乃は唇に指を当て、首をかしげている。


「んー、やっぱり紫乃って呼んでもらえます? 三女って、なんか変じゃないですか?」

「まったく……だったら最初からそうしろよ……本当に名前で呼んでいいんだな? 紫乃?」


「えへへ、はい!」


 紫乃はにっこり笑った。

 普段とのギャップのせいで、かなりの破壊力だ。


 俺は気を紛らわせようと、桜子先生に話しかける。


「今日はもう遅いし、ひまりも授業ができる状態じゃないんで帰ります」



 瑠璃川邸に戻ったひまりは、すぐに鬼頭将吾に電話した。

 だが鬼頭は、まったく電話に出ず。

 ひまりは部屋にこもって、わんわん泣いている。


「そう……じゃあ、これバイト代」


 先生は俺に5千円を渡してきた。


「いや、受け取れないですよ。今日はほとんど何もしてないですから」


 まあ実際のところ、ほぼ毎回何もしていないのだが。


「そんなことない。妹たちを助けてくれた。受け取って」

「そうですよ先輩! ――と言うか桜子ちゃん! 私達を助けたお礼に、5千円は安すぎじゃないですか!?」


「ん……そうかも……」


 桜子先生は引き出しから何やら取り出し、ペンでさらっと記入する。


「じゃあ、これで……」


 桜子先生は百万と書かれた小切手を、テーブルの上に置いた。

 マ、マジかよ……!


「うんうん! それくらいです! 私が95万、ひまりちゃんが5万円ですね!」

「いやいや、百万って! むちゃくちゃですよ!」

「いいの。遠慮なく受け取って」



[1、百万円の小切手を受け取る]

[2、「金はいらぬ。お前を抱かせろ」桜子をお姫様抱っこし、ベッドに連れて行く]



 この呪い、俺を性犯罪者にしたいだけなんじゃねえか?

 それにしても、選択肢とはいえ、さすがに百万円は重すぎる。


「すみません、さすがにこの金額は受け取れないです……」


 災厄が降りかかってしまうが、得する話を断っているのだ。たいしたものではないだろう。チャリがパンクするくらいのはず。


「そう……分かった。じゃあ困ったことがあったら遠慮なく言って。家がなくなったりしたら、泊まっていいから」

「ははは、じゃあその時は遠慮なく」


 俺は桜子先生に頭を下げて、立ち上がる。


「もー! なんで先輩貰わないんですかー! 私達が安い女になっちゃうじゃないですかー!」



[1、「女を守るのは男として当然の義務だ。報酬など必要ない」]

[2、「では、体で支払ってもらおうか」ひまりと紫乃を抱く]



 すんごい選択肢がきたな……。

「抱こうとする」じゃなくて「抱く」なのかよ。どうやっても不可能だろうが。


「女を守るのは男として当然の義務だ。報酬など必要ない」

「あは……あはは……? ……え? 先輩、マジで言ってます……?」



[1、「ふざけているように見えるのか?」紫乃に壁ドン]

[2、「マジだピョンピョンピョン!」とんでもないアホヅラでウサギっぽく]



 うーわ……。

 ナルシスト全開か、くそ寒いギャグをやらなくてはいけないのか。

 どっちの方が、ダメージが少ないだろうか? ――よし、こっちだな。


「ふざけているように見えるのか?」


 ドンッ。俺は紫乃に壁ドンした。


「あ……ごめんなさい……そういうつもりじゃ……」


 紫乃は頬を赤く染め、前髪をクリクリといじり始めた。


「――分かってくれればいい」


 俺は壁から手を放す。

 いや、別に全然分かってくれなくていいのだが、なんとなくノリで言ってしまった。


「先輩のそういうとこ……ちょっと、ありかもです……」


 紫乃は、とてとてと自分の部屋へと駆け込んでしまった。



「八神君……!」


 桜子先生を見ると、ぷくーっと頬を膨らませて俺を睨んでいる。


「どうしました先生?」

「今度は紫乃をからかうの?」


 ――あ、嫌な予感。



[1、「妬くなって! まあ、そこが可愛いんだけどな」桜子の頭を撫でる]

[2、「いや、本気です。俺は紫乃を嫁に貰おうと思っています」]



 なんでこう、振り切れた言動や行動ばかりなんだよ!

 もっとマイルドなやつを頼むよ! マジで!


「妬くなって! まあ、そこが可愛いんだけどな」


 俺は先生の頭を撫でる。怒られるのは確実だ。――土下座の準備良し!


「むー! だからヤキモチじゃないもん! 私をからかわないで!」



[1、「からかってなんかいないさ……」桜子を優しく抱きしめる]

[2、「からかってなんかいねえ!」桜子に壁ドンする]



 げ……両方とも、桜子先生をさらに怒らせるような選択肢だぞ。


 さて、どうする……?

 1は一見紳士的に見えるが、ボディタッチがある分、キモさが上だ。

 ここは2の壁ドンでいくか。さっき紫乃にやったばかりだが。



「え……な、なに……?」


 俺は無言で先生を壁際に追い詰めていく。


「からかってなんかいねえ!」

「きゃっ」


 ドンッ! 俺は本日2回目の壁ドンをおこなう。

 ものの10分の間に、2人の女に壁ドンする馬鹿が、未だかつていただろうか?


「や、八神君……ちょっと怖いよ……」

「すみません先生!」


 俺は準備していた超高速土下座を繰り出した。


「う、うん……大丈夫。立って」

「ありがとうございます」


 許された。さすが先生。優しい。

 俺はすくっと立ち上がる。


「世の中には、年下の子にオラつかれるとドキドキしちゃう女もいるから、そういうことはしちゃダメ」

「え? 先生、そうなんですか?」


「ち、違うから!」


 先生のほっぺが膨らむ。――可愛い。




「じゃあ先生帰ります」

「うん、またね」


 俺はバイト代の5千円だけを受け取り、玄関を出ようとした。


「――あ! 八神!」


 ひまりの声だ。俺は後ろを振り向く。

 ひまりは恥ずかしそうに、何やらモジモジとしている。


「あ……あの……今日は、ありがとう……明日から、その……勉強教えてね?」

「お、おう……」


 俺は呆気に取られながら外に出た。


 あのクソビッチ瑠璃川ひまりが、この俺にお礼を言っただけでなく、「勉強を教えて欲しい」だと……? こりゃ隕石でも落ちるな。



 あまりにも衝撃的な展開に、俺は動揺を隠せないまま家へと帰る。

 そして、そこで待ち受けていたものに、さらに度肝をぬかれるのであった。



 俺は家があった場所の前に立ち尽くす、父上、母上、妹の紬に声を掛ける。


「い、一体何があったのですか……?」

「隕石が……隕石が落ちてきました兄上……」


 家があった場所にはクレーターができていた。

 愛する我が家は、跡形もなく吹き飛んでおり、何故か【黒鉄の武士】の筐体だけが無傷で鎮座している。



 俺はスマホを取り出し、桜子先生に電話した。


「先生すみません……家が隕石で吹き飛んだんで、しばらく泊めさせていただけないでしょうか……?」

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