第2話 降下
私の名前は、山田明日香。アギラカナ航宙軍訓練生だ。現在、シミュレーターを使った緊急脱出訓練を行っている。なんとか脱出ポッドで撃破された乗艦からの脱出には成功したのだが状況終了となっていない。訓練は継続中ということだ。
運がいいのか悪いのか、私の乗った脱出ポッドは敵に見つかり撃破されることもなく、星系唯一の可住惑星に降下することができた。脱出ポッドをステルスモードに設定しているとはいえ、敵基地上空を周回することは危険であったため、敵基地上空を一航過後、惑星を半周したところで、目に付いた陸地に脱出ポッドを降下させた。当然、救難信号は発信してはいないし、降下に際してスラスターの使用は最小限にとどめた。
脱出ポッドは大気のある惑星へ降下する場合、大気によりブレーキを得ることができるため、内蔵する推進剤兼燃料の消費を大きく抑えることができる。今回は突入角度もかなり浅くできたため、ほとんど推進剤を使わず降下することができた。とはいえ、惑星上には燃料となり得る水が豊富に賦存していることは分かっていたため、燃料の節約はそこまで重要なことではない。
アギラカナの脱出ポッドの形状は前方が細く丸まった円錐形をしており、広がった底面を前にして降下する。大気中を降下する場合はポッドの底面は大気の圧縮熱で高温になるが、その程度では複合材料で覆われたポッドの内部には全く影響はない。
可視光モードにしたままだったため大気に突入後しばらく暗転していたポッドの内部モニターが外部の様子を映し出し始めた。ポッドは薄い雲を抜けたようだ。下には濃い緑色の水面がすごい速さで流れている。その先には砂浜があるはずだ。
「接地10秒前、衝撃に備えてください。6、5、4、3、2、1」
足を踏ん張ったところを一度大きな衝撃で座席から体が浮き上がりかけたが、シートベルトのおかげでベルトが体に食い込んだけで済んだ。その後小刻みな振動がしばらく続き、ようやく脱出ポッドは停止した。
着陸と言わず、接地と脱出ポッドのAIがさきほど言っていたが、確かに不時着でもなければ着陸でもない。
計器を確認したところ、外気温は23度。湿度は50パーセント。重力はちょうど1Gだ。シミュレーター上だが、これほど住環境が整った惑星は珍しい。わざわざ、こういった惑星が設定されたというところは考慮する必要がある。
安全のためステルスモードは維持したまま、脱出ポッドのハッチの表面温度がある程度下がるの待つ間、ポッドに備えつけられたMPD(メディカルパッケージデバイス)が外部の大気をサンプリングし、有害ガス、有害微生物などの分析をおこなってくれた。大気は問題なく呼吸可能。有害微生物については体内で抗体を作るための複合RNAワクチンがMPDで創られた。でき上った複合RNAワクチンの入った高圧インジェクターをMPDから取り出し、ヘルメットをとった首元に押し当てる。
シュッ! そんな音がしてワクチンの接種は完了。これで感染症にり患することはない。軍ではそういうことになっている。まして今は訓練シミュレーションの最中だ。空になった高圧インジェクターはディスポーザーに投げ入れて処分した。こういった一連の処置が訓練シミュレーション上必要なのかは分からいがおそらくこういった処置をしていなかった場合、惑星に降り立ってしばらくして体調不良になり状況終了になる可能性はかなり高いと思う。
ディスポーザーで分解されたゴミは大気中のガスなど一緒にUS(
当面必要になりそうなものを脱出ポッドの備品入れからバックパックに入れていく。まずは携帯食料、それに30センチほどの筒状の携帯アナライザー。携帯アナライザーは個体、液体、ガスの分析を行う。簡単に言えば、毒の有無を判断し利用法などを提示してくれる。
その他役立ちそうな小物を入れて準備する。
水については、戦闘服が大気中の水蒸気を吸収して液化して水に変える。十分な水蒸気が大気中に存在すれば、常に戦闘服内部の数か所に設けられた合計400ccの貯水パックは満杯の状態に保たれる。湿度が50パーセントもあるため、水分の捕集液化速度はかなり高いはずだ。喉が渇いた場合、ヘルメットの下部からチューブが口元に伸びるのでそこから水分補給することができる。そういった操作は戦闘服のベルト部分のコントローラーで行うこともできるし、ヘルメットから口頭で行うこともできる。
戦闘服の左手首部分には時計などが組み込まれた小柄のディスプレーが組み込まれている。時刻などはアギラカナ基準時モードの他、各種設定できるのだが、今現在はこの惑星の自転周期と公転周期から割り出した24時間モードのものを表示させている。この星の1時間は、アギラカナの1時間とそれほど差がないようだった。訓練シミュレーターもそこまで意地悪では無かったということだろう。
最後に戦闘服に組み込まれたスキャナーの動作確認をしておいた。これで周囲の探知などができ結果は同じく左手首の小型ディスプレーに表示される。
5分ほどで準備は終わった。武器としてホルダーに入った大型のナイフをベルトに取り付け、3ミリ弾を発射する小型小銃を肩から下げ、3ミリ弾500発入りの弾倉を兼ねたバッテリーパックを予備として2つバックパックに入れておいた。
3ミリ弾(3ミリ径×10ミリ長)の
3ミリ弾の初速は音速の6倍。上記の環境では100メートル先で弾の速度は音速の2倍まで低下する。逆に言えば有効射程とは、弾速が音速の2倍を切る距離ともいえる。
有効射程内でソフトターゲットに弾が命中した場合、弾そのものはターゲットを貫通してしまうため大きなダメージを与えることはないが、弾が通過した後、衝撃波によって貫通部が大きく抉られ、大孔が開くことになる。足止め程度なら300メートルはいける。何ものをも切り裂くことのできる陸戦隊員用のパイレーションソードも脱出ポッド内に1丁だけ備えられていた。今自分の着ている戦闘服は白兵戦用の物ではないためにはアシスト機能がついていない。そのため船殻素材で刃先をコーティングしたパイレーションソードを持ち上げることもできない。持っていきたいが、諦めるしかない。
ここまで敵の反応が無かったところをみると、突入は見逃されたと思っていいだろう。
ハッチを開けるため、ポッドのステルスモードを解除した。
念のためヘルメットをかぶり、小銃を肩に下げ、バックパックを背負い、シートの上に立ちあがって、天井の位置にあるハッチのレバーに手をかけて、内側から外向きにハッチを押し開いた。懸垂の要領でハッチを潜り抜けてポッドの上に立つ。ハッチを外側からロックし、立ち上がって周りを見回すと、内部モニターで確認した通り、ポッドの位置は入り江から続く白い砂浜の上で、ポッドが砂の上を滑った跡がまっすぐ入り江から続いていた。入り江の反対側、砂浜の途切れた先は草木の繁るジャングルだった。ジャングルの10キロほど先には煙を上げる火山が見えた。リアルを追求するのはいいが、訓練シミュレーターでそこまでは不要なのではないだろうか?
ポッドの直径は3メートル。今自分が立っている位置が地上より2メートルほどの位置なので、そこから跳び下りて惑星に落りたった。
[あとがき]
まだ書き終わっていないのではっきりしませんが、土日更新全8話くらいのつもりです。
現在投稿中
『キーン・アービス -帝国の藩屏-』https://kakuyomu.jp/works/1177354055157990850 よろしくお願いします。
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