第2話 中高クラス 1

 中高クラスに移動して2年目に入った。もうすぐ真緑の木々が燃えるように映え、太陽がすべてを陽炎に変えようかと思うほど照り付ける暑い夏。アキヒトはこの日の朝もランニングをしていた。

 

 中高クラスの生活は幼少クラスとあまり変わらなかった。もちろん遊具は中高クラスにはなく遊具で遊ぶようなことはなくなったが、その代わりに幼少クラスに比べてスポーツ施設が増えたり部屋の中で遊ぶものも増えた。部屋は幼少クラスとは異なり一人一人にそれぞれの部屋が与えられ狭くはなったがプライベートな空間ができた。幼少クラスと変わらず生活で不便に感じることは、スクール外に出れないことを除いては一切なかったし、先生達も幼少クラスと変わらず誠実で優しいままだった。


 変わったのは僕たちだ。


 幼少クラスから中高クラスに入ったとき、楽しい雰囲気を覚えた半面、なにか陰気な重苦しさを覚えた。すぐにそれがわかった。中小クラスにきて数日が経ったあるときから、すれ違う一部の先輩に「先輩には敬語を使えよ」やら「道を譲れ」などと急に言われたりした。初めて言われたときはびっくりし怖くなった。その数日後にもすれ違いざま邪魔だと言われ急に蹴飛ばされそうになったり、友達と少し楽しそうな話で盛り上がっていただけで「うるせぇ」などと言われ睨みつけられたりもした。やけに偉そうにふるまい厳つい恰好をした数人の不良達の素行だった。数回同じ目に遭ううちにだんだんとそいつらを覚えるようになり、そして僕はあいつらが嫌いになった。

 もちろん先輩らが全員そうではない。やがてレクなどを通じて先輩たちと交流するようになると幼少クラスの時と同じく優しいままの先輩がいることを知ったし幼少クラスの時よりも楽しい先輩もいて、そんな先輩と話しをした時には恐怖が和らぎほっとしたのを覚えている。また同じ勉強部屋の同級生たちとも次第に話すようになり普通に会話する友達もぽつぽつと増えた。だが、その不良達のおかげで遊ぶときも普段の生活を送っているときも嫌な気持ちにさせられることがたびたびあった。

 

 しかし、僕たちが中高クラスに入った1年目の晩夏、初秋のあたりを境に、不思議なことにその年に偉そうにふるまっていた不良達はぽつぽつと中高クラスから減っていき、冬ごろになると全員いなくなっていた。うわさでは中高クラスのほかに特別教育クラスのようなクラスがあり、中高クラスで悪さをしたり場の雰囲気を著しく乱したりするものは特別クラスへ移動になるらしいということであった。その時にいなくなっっていった不良達のグループが大きく2グループおり、その年の夏にどうやらそのグループ同士で「シマのボスを決めるための果し合い」らしきことをしたらしい。このことは少し噂となり、確かにその噂の後に、見覚えのある不良グループの人で頭に包帯を巻いて歩いている人や、顔に真っ黒なあざができている人を見た。「シマのボスを決める果し合い」って聞いたときはまわりのみんなで、馬鹿な奴らだと笑い話しした。あんな人たちを僕たちのボスなどと思っている人は誰もいないのに何がボスなのだろう。

 

 その特別クラスについては先生にそれとなく聞いてみたこともあったが、先生はあいまいに「まあ、そんな感じだ」としか話してくれなかった。聞いたときの感じだと、先生たちも特別クラスがあることは認めていて詳細については秘密にしているように感じた。先輩方に聞いてもみんなそういうクラスがあるらしいことは知っているようだったが誰も詳細については知らなかった。なお、その特別クラスに行ってまた中高クラスに戻ってきた人は過去に一人もいないらしくもしかするとスクールを強制的に卒業させられるのではないかといった噂もあった。なお、夏の暑い時期の移動はないという不思議な噂もあった。事実、1年目の春に移動する者はいたようだが、夏に移動する者は一人もいなかった。

 

 昨年、嫌だった人たちが居なくなり喜んでいたが、このような人は排除してもまた新たに湧いて出る。今年あらたにデビューした不良達はまたたちが悪く、見ていて気分を害するものであった。そのリーダー格のミキは昨年の不良と同様に暴力的で、自分よりカッコいい服装をしている者や、自分より目立っている人を見ると数人のしもべを引き連れ出向き、因縁をつけては暴力をふるっていた。カッコいいや目だつの判断は彼のさじ加減のようで、ただ友達と楽しく話しているだけでも、ミキより目立っていると判断すると急に暴力をふるっているようであった。その割に、女の子の前にくるとにやけた顔でデレデレと話ししていた。明るくワイワイ話をしていたがその内容は本当かと疑いたくなるような話で、その主なものは他人の悪口、自分の武勇伝的なもの、自分は誰よりも頭がいいといった自分を大きく見せるための自慢話のようだった。聞きたくもないのにやたらと声がでかいので否が応でも耳に入ってきた。友達とはその話の内容を苦笑しながら陰でよく馬鹿にしていた。ただ、女の子たちが楽しそうにしているのを見ると少しうらやましい気もした。

 

 もちろんミキやそのしもべ、他の不良達も特別クラスの話は知っており、悪行は先生に隠れながら行っていたし、先生の前ではとても良い子をふるまっていた。それを見ててもなんだか気分が悪かった。なおミキの直近のしもべは名前は知らないが双子だった。ミキを挟んで両隣に同じ顔をしたのが睨みながら歩いている光景をよく目にしたが、双子だったせいかものすごく異様であった。


 

 不良達はたいてい朝の遅い時間まで寝てて、夜遅くなっても誰かの部屋に集まり騒いでいた。騒いでいる部屋の隣に住んでいた友達が大変迷惑そうで、先生に耳栓を注文していた。そういったわけで、早朝は平和で安心できるのでいつの間にか早朝のランニングは僕の日課になっていた。

 

 最初は、朝、一人で散歩をしていたが少しずつ走るようになった。建物を出て、グラウンドを突っ切り左のほうへ行くと森林があり、その右に軽いアップダウンのある草原地が広がる。ここでは簡単な遊び程度のゴルフができる。そこを超えると小さな山があり、その山の階段を登ると小さく壊れかけた鳥居と一緒に小さな神社がある。ここまで来るのに歩いて1時間かからない程度だ。いい運動になる。神社は森に囲われてて薄暗く眺めも悪いが、神社の裏手に行くと少しだけ見晴らしがよくなるところがある。ここから遠くに2件白い建物が見える。あれが、特別クラスなのだろうかと思う。

 

 いっぽう、建物を出て右のほうへしばらく行くと大きな池がある。これを一周するとまた歩いて1時間程度でこれもいいジョギングコースだ。

 中高クラスに入った1年目、この池では良い出会いがあった。ある朝、この池をジョギングしていたとき、池のほとりに誰かいるのに気が付いた。服装から先生のようで、ゴミ拾いでもしているようであった。僕は先生のほうに近づき「おはようございます」と挨拶した。朝の挨拶はとても清々しい。

 

 その先生はとてもきれいな二重で透き通るような水色の目をしていた。ほかの友達や先生でもこんなにきれいな目をしている人はいない。背はほかの先生と比べると少し低めで、体系はすらっと痩せていた。誰が見てもいわゆるイケメンと思うであろう顔立ちだ。ニコっと笑い歯を輝かせながら「おはよう。早いね。」って答えてくれた。

 「ジョギングかい。頑張るねぇ。」

 「はい。先生はゴミ拾いですか?」

 「ああ。いや、なんか、池のほうを見たときにゴミが見えて気になってすこし集めていたんだ。もともとは僕も散歩していただけだよ。もう戻ろうかと思ってね。良かったら、僕も一緒に走ってもいいかい。」

 「ええ。ぜひ。」

 

 ということで一緒にジョギングして帰ることになったが、先生の足はとてつもなく早くとてもついていけなかった。僕だって朝ジョギングをするようになって1ヵ月ほど経つし幼少クラスの時から鬼ごっこでほかの友達に捕まることはほとんどなく足には少し自信があったのに、この先生は全身を覆うような服装であるにも関わらず、跳ねるように軽やかに走る。靴は運動用の靴を履いてはいるが・・。途中、悔しかったが、もう少しゆっくり行ってほしいとお願いすると少しゆっくり走ってくれた。それでも早かった。建物についたときは息が切れて汗だくだった。

 「先生早いですね。同じ人とは思えない。」

 「ははは、何を言っているんだ。同じだよ。君も毎日走っていればすぐに早く走れるようになるよ。」

 先生は良かったらたまに一緒に走ろうって言ってくれた。また僕の靴をみていたらしく、池であった数日後に僕にランニング用の靴をプレゼントしてくれた。その半年後も靴が古くなったことを見て新しい靴をくれた。


 その先生は、そのきれいな目からみんなに「スカイアイ先生」、略して「スカー先生」と呼ばれていた。本名は違う名前らしいが本人もその呼び名がとても気に入っているようで自分のことを「スカー」と呼んでいた。そのきれいな目と美形から女の子たちからも大人気でよく話題になっていた。

 

 その後もスカー先生とたまに何度かジョギングをした。スカー先生は天気で温かい日であっても、いつも、手袋、全身を覆うジャージのような姿だった。衛生管理のため仕方ないのだという。それでも早く、最初は一緒に並んで走っているが、走り終えると僕だけくたくたになっているような状態だった。いっぽうスカー先生は汗をあまりかいていない様子だった

 「僕もスカー先生のように速く走れるようになりたいな。」

 というと決まって

 「もちろんなれるさ。アキヒトはどんどん成長している。すぐに僕なんか抜いてしまうよ。」

 そう言って励ましてくれた。いつしか、スカー先生は僕の目標であり、憧れになっていた。


 

 朝のランニングで気持ちよく汗をかき、そのまま1日が過ごせる日もあったが、そうでない日もあった。原因は言うまでもなくあいつらだった。


 不良は年上の先輩が多いのだが、同年でもそれに憧れ偉そうにふるまう不良のたまごがいた。

 そいつらは午前中の勉強タイムの時にはたいてい遅れて部屋に入ってきて、後方に座り、雑誌を読んでいたり、大きな声で本人たちが面白いと思うであろうことをベラベラと話したりして勉強の邪魔をした。勉強しないのなら入ってこないで自分の部屋で静かにしてればよいのに、他の人に対し威圧的な態度を取り、自分が王様にでもなったかのような雰囲気が良いのであろう。部屋の外の通路などでも少しぶつかりそうになるとでかい声で怒鳴り散らしたり、睨んできたりした。


 昼以降は、彼らは仲間内でサッカーやバスケットボールなどで遊ぶのが好きなようでよくやっていた。

 その時は人数集めのせいか、他にやっているグループと意気投合し遊んでいたようだ。特にこれについては僕には何の害もないので良かったのだが、なにやら体がぶつかっただの転ばされたのだので後で遺恨が残ることがあるらしく、廊下や体育館近くで良く揉めていた。たまに同じ教室で話したことのある知り合いがその揉め事に巻き込まれているのを見たりすると気の毒な気分になったりした。結局は自分より目立つ奴は気に入らないのであろう。ただの遊びなのだから楽しくやればいいのにと思う。言い合いくらいで済めばよいと思うのだが、この間は何があったかは知らないが夕方に数人で気に入らなかった人を建物の隅に呼び出し囲んで暴力をふるっていたようだ。


 ある春の日のお昼のビュッフェ会のときも、見てて気分の悪くなる悪行ぶりだった。ビュッフェ会とは春や秋に不定期に行われる全員での食事会のことで、その時に収穫した野菜や果物、肉料理、などが横長の大きな机に並べられ、それから好きなものを自分が食べれる分だけ取ってみんなで食事をする会のことだ。もちろんおかわりも自由である。食のありがたさに感謝することを目的に行われている。

 この時も彼らはもちろん順番など守らず、行列の途中から無理やり割り込んで食事を取っていき、仲間同士で無駄に大きな声で食べてたかと思うと近くの人を呼び、「おい、これうまかったから、これを取ってこい」などと指示を出しおかわりを取ってこさせた。指示された人は仕方なしに取ってきて渡すと、少ないだの、これも一緒に持ってくるのが当たり前だの、気が利かないだの、使えないだのと言って散々ケチをつけた。「腹いっぱいだ。」などと言ってやっと席を立ち去ろうとしたとき彼らの席を見ると、取ってきたにも関わらず料理を大量に残しており、片づけにきた先生方もそれを見て非常に嫌な顔をしていた。

 

 僕はこの不良達はなるべくかかわらないよう無視をするようにしていた。特に目立たず無視してれば大きな害はなかった。ただ気分を害するのはミキのような不良達だけとは限らなかった。

 

 マラソン大会の時の出来事だった。それは、初夏のある日、スカー先生の提案で開催されることになった。僕が中高クラスに入ってから2年目の春のころに先輩の愛好家の集まりで「ジョギングクラブ」なるものが作られ、その影響で夕方にジョギングをする人が増えた。スカー先生がそれを見て、何か目標となるものを作ろうと思ったことがきっかけのようだ。僕も自分で言うのもなんだがそれなりに走れるようになっていたので大会がとても楽しみで、大会の日の前は少し多めに走ったりした。

 

 ところが、その大会の前日に僕の履いていたランニング用の靴がなくなってしまった。大事に管理していたのでそんなこと今まで一度もなかった。周りの人に聞いても知らないという回答だったが、友達のトシくんが、同学年のサトシが僕の靴の近くで何かしているのを見たと教えてくれた。サトシは同学年ながら、先輩方と一緒にジョギングクラブで走っている。背が低めで、太い眉毛にきりっとした目をしていた。性格は普段から自信に満ち溢れたような態度で、いかにも負けず嫌いのような印象を感じる。サトシもジョギングが好きなようだ。

 僕はサトシを見つけ、軽く靴の事について聞いてみたが「知らない」とのことだった。しかし、続けて

 「なんだ。僕を疑っているのか。心外だ。とても遺憾に思う。」

 などとどこで覚えたのか難しい言葉を使って急に怒り始め、そのまま去っていった。なんてわかりやすい態度だ。こいつに違いないと思った僕は、いろいろと探ってみることにした。するとマラソン大会でどんな手を使っても同学年の中では一番になりたい、のようなことを言っていたという。同じくジョギングクラブに入っている同学年の足の速い友達も、靴がなくなって探していたらしい。


 結局見つからなく、当日はしかたなく別の靴で走ることにした。その時驚いたのは、サトシはきれいな靴を履いていたことだった。スカー先生にもらったのだろう。あきれたが、別にこの大会は神社まで行って戻ってこよう、気持ちよくランニングしようという趣旨の大会だとスカー先生は言っており、順番など関係なく、持っている靴でも軽く走るには問題なかったので僕は楽しもうと気持ちを切り替えた。大会は午後のお昼過ぎくらいから始まった。

 

 ここでもまた、大会のことを聞きつけた不良達がコース横に集まってきており、僕たちがコースを通過すると、座りながら偉そうに「おら、がんばれよ。チンタラ走ってんじゃねえ。舐めてんのか。」などとヤジを発してきて気分が悪くなった。それでも、完走したときは気持ちがよかった。終わった後、見知らぬ人と、暑かったとか、あそこの上り坂がきつかったとか、あそこがデコボコしてて走りずらかったなどと感想を言い合うのが、気持ちが共有できる嬉しさとでも言うのだろうか、とても清々しかった。僕はまた先輩達にジョギングクラブに誘われ、とてもうれしい気分になった。僕の順番は全体で12位、同学年内で3位だった。同学年内での一番はジョギングクラブで速いと評判のケンゴ君だった。彼も靴がなくなったようだが、予備の靴を持っていてそれで走ったとのことだった。彼は体がすらっとしていて、余計なぜい肉がなくうらやましいほどの体格で、性格はほんわかとしていてあまり怒りそうもないような人柄だった。二番目もジョギングクラブの人だった。一方サトシは途中棄権したとのことだった。途中おなかが痛くなったのだという。僕もすれ違いに歩いているのをちらっと見た。なんて情けない奴だと思った。

 

 大会後、靴がなくなったこと、きっとサトシの仕業だったことを友達にも話した。するとそのことがどうもサトシの耳にも入ったらしく、マラソン大会の4日後に僕の部屋にサトシから手紙が届いた。手紙にはこう書かれていた。

 「確かに僕は不本意ながらたまたま体調が悪く途中棄権を余儀なくされた。自分でも情けないと思うが、それを馬鹿にする人はもっと情けない人だということを自覚して欲しい。靴の一件は、僕も疑われるような行動を取ってしまったかもしれない。でもそれをほかの人に言いふらし、僕を悪者扱いするなんて人として間違っていると思う。自分の負けは自分の責任でありそれを人のせいにしている姿も軽蔑すべき点だ。遺憾に思う。反省してほしい。」

 この無駄に丁寧な表現を多用した意味の分からない手紙には僕も腹が立った。しかも暗に靴を隠したことも認めている。なんて奴だ。こんな人がいていいのだろうか。

 この怒りをどうしてよいかわからず、取り急ぎ身近な先生であるスカー先生にこの手紙と今回の件を報告することにした。ところがスカー先生に伝えると、

 「年頃の君たちには良くあることだよ。大人への成長の過程なのかな。ただのイベントだったんだし争う必要なんて何もないのにね。順位をつけなければ良かったかな。新しい靴はまた持ってきてあげるから、まあ、そんなに怒らないで。ははは。」

 相変わらず優しく爽やかにあしらわれた。なんだか少しキョトンとしてしまった。

 それでも僕の怒りはしばらく続き、友達などにこの件を話したりした。すると、サトシはそうやって人を陥れたり、人を利用して自分だけ得をするという行動がお得意のようで実はみんなに嫌われているとのことだった。それを聞き少し怒りが和らいだ。

 


 暑い夏が終わり、少しづつ涼しくなってきた。すると不良達も少し大人しくなった。「俺は無敵だ」などと口癖のように言っていたミキも少し静かになり、先生に元気挨拶する姿もよくみかけた。夏の間は、勝手に汽車に乗り暴走してみたり、仲間に建物の屋上から水をまかせて下で浴びて遊んでみたり、教室に子供用のプールを持ち込み水遊びしてみたり、グラウンドの真ん中で大きな焚火をして遊んでみたりと散々なことをしていたのに、今は僕は生まれ変わりましたとばかりに良い子をアピールしていた。結局は特別クラス行きになるのが怖いのだ。

 

 僕は、夏もジョギングしていた。暑かったが早朝であれば走り始めは肌寒いくらいであったし少しきつい程度だった。森林の木陰の中を走るのが涼しくて、もっぱら神社方面に行った。燃えるような緑の木々とうるさいほどのセミの声が気持ちを高めてくれてとても気持ちよかった。

 

 初秋を迎えたある朝、ジョギングをしているとスカー先生と一緒に一人の女の子が立っていた。背は僕より少し低い、女子の中では高め、色白で髪は後ろで結んでいた。お世辞にも痩せているとは言えず、目は少し垂れていて口はおちょぼ口。特別かわいいわけではなく優しくぼんやりした感じの子だった。僕はその子のことはあまり見覚えがなかった。

 「やあ、アキヒト。おはよう。紹介するよ。エリナって言うんだ。ちょっとダイエットしたいって相談を受けてね。君が毎朝ジョギングをしているから少し一緒に走ってみたらって提案したんだ。君が良かったら一緒に走ってあげてくれないか。」

 エリナは恥ずかしそうだった。僕もなんか恥ずかしかったが断る理由もなくスカー先生のお願いを聞き入れた。少し準備体操をしエリナに合わせてゆっくりと一緒に走り始めた。少しの間、何も話すことなくお互い気まずいまま一緒に走っていたが、まもなくエリナはハアハア言い出し、

 「ごめん。私、今日はこれくらいにする。」

 と言い、来た道のほうへと歩いて引き返えしていった。僕はなんか複雑な気持ちになりながら、「じゃあ」と言っていつものようにジョギングをした。

 

 それから、3日に一度くらいエリナとジョギングするようになった。最初は一緒にたわいもない会話しながらゆっくりと走り始めるが、エリナはすぐに息が切れ始め会話もなくなり、途中から「後は一人で行って」と言って走るのをやめることが多かった。最初は足手纏いだと思ったし、早く一人で気兼ねなく走りたいなと思った。でもこの調子ならおそらく長く続かないだろうと思い、それまで付き合うかというボランティア気分で付き合った。ところがエリナは意外にも根性があったようで終わることはなかった。そして徐々にジョギングに慣れてくると、ゆっくりではあったが長い間一緒に走れるようになってきたし、長い間会話もできるようになった。走っている間は特別な会話をするわけではなくどうやったら早く楽に走れるかといったランニングに関する技術的な会話が多かった。僕も誰かに習ったわけではなくスカー先生の走りを真似していただけだったので、それとなく適当に教えていた。

 

 そしていつの間にか、エリナと一緒にジョギングすることが楽しくなっていた。スカー先生もたまに一緒に走った。ジョギングしていると、たまに朝早くから掃除したり散歩をしている他の先生も見かけた。良く出会ったのはロージ先生だ。ロージ先生は見た目年老いたおじいさん先生で、あごには白い髭を生やしていた。おじいさんだが顔つき、体つきはがっちりしていて大きかった。僕たちを見かけては良くにこやかに挨拶をしてくれた。良く「若いっていいなあ。頑張るねえ。」などと声をかけてくださった。



 その秋、ミキはいつしか見かけなくなった。噂では特別クラスへ移動したようだった。また、同年のサトシも特別クラス行きとなったらしいと噂で聞いた。心の中でざまあみろと喜んだ。ミキのしもべの数人も見かけなくなった。ミキの側近にいたあの奇妙な双子もいなくなったが他のしもべの数人は残っていた。ミキが居なくなってからはみじめなもので、暴れることもなくおとなしくなった。彼らにとってミキはヒーローだったのだろう。居なくなってつまらないようだった。良く建物の隅で数人で座ってぼーっとしていた。隅で隠れてみていたが集まっているだけで会話すらしていない様子だった。

 

 特別クラスといえば、どうもミヨも最近見かけなくなった。彼も移動したようだった。

 

 彼は坊主で背が高く、見た目少しこわもての男であったが普段の生活では問題を起こすような人ではなかった。どうも少し頭が弱いようで、勉強の内容が特別難しいわけでもなないのにミヨはその内容が理解できないらしく、先生が説明を始めると最初はすごい形相で前方をにらみ頑張っているのだが、途中からわからなくなると何やらぶつぶつ言い始め、そのうち大きな声で「こんなの分からなくったって俺はやっていける。」「こんなのなんの役に立つんだ。」「こんなの理解できる奴いるか。ふざけるな。」などと喚き散らしたり始めた。机をたたいたり、壁を蹴ったりすることもあり先生も困った顔をしていた。同じ教室で勉強している女の子もそれを見て良く怖がっていたが、人に当たるようなことはなかったので無視していた。皆、彼のことをイカレミヨと呼んでいた。その彼も最近教室に現れなくなった。


 ある日エリナとジョギングしていた時に、特別クラスへ移動した人たちのことが話題になった。

 「いや、清々したよ。彼らには普段から気分が悪くなることが多かったから。これからはしばらく平和だ。」

 僕は少しだけ不謹慎に思いながら、ここだけの話と思いエリナに正直に話した。

 「よかったね。でも不思議ね。」

 「え、何が。」

 「ミキ君のグループは素行不良で有名だったからわかるけど、ミヨ君だっけ?少し頭が悪かっただけでしょ。」

 「そうさ、特別クラスでみっちり頭から勉強させられるんだよ。きっと。」

 「馬鹿だと特別クラス行きなのかなあ。でも、そのサトシ君は、頭は良かったんでしょ。なんかジョギングクラブではみんなに無視されるようになってかわいそうだったみたいだけど。それから少し落ち着いたみたいって友達から聞いたよ。」

 確かにサトシは負けず嫌いで、勉強も良く頑張っていたようだった。特別頭がいいわけではなかったがたまに女の子に勉強を教えたりもしていたようだ。

 「サトシ君、いきなり特別クラス行きにしなくても、嫌がらせ癖をすこし注意してあげればいいし、最近は落ち着いたみたいだし。ミヨ君も勉強をやろうという意思はあったんでしょ。先生が個別に少し教えてあげるとかすればいいのに。」

 「彼らは、少し教育したって良くならないさ。」

 と言いながら僕もエリナの言うことを少しは理解できた。というのは、ミキやミヨの素行不良について先生が注意しているところをあまり見たことがない。サトシが靴を隠した件についてもスカー先生は特にサトシを注意したりしなかったようだ。少し教育し、直らなかったら、ならわかる気もするが。

 「まあ平和になるんだからいいじゃないか。」

 「特別クラスってどんなところなんだろうね。あの先生たちが急に怖くなってビシバシ教育するのかなあ。」

 想像つかなかった。あの先生たちが。でも先生たちだっていろいろと我慢するところもあるのだろうし、ありえなくもないなとは思った。いつも優しいあの先生たちが特別クラスでは鬼となって教育しているとなれば秘密にしたがるのもわかる気がした。

 「本当にね。見てみたいな。」

 「今度、先生の前で悪さして行ってみたら?」

 二人は汗をかきながら笑った。そのときはそれ以上考えることはなかった。

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