第116話 聖女は目が覚める⑤
「それと、王妃はもう元王妃で今は塔に幽閉中です。宰相と一緒になってこのレリレウス王国を謀り危険に晒したという反逆罪ですね。王子も元王子でミルネスト侯爵家へ戻されました。あの王子、王の子ではなかったそうですよ」
あ…その情報表に出たのか。という事は陛下は知っていたという事?それとも兄が言ったのかな。
「さすがに公表する事は出来ないですが、そういう経緯があってリーンの存在がますます重要になってきたのです。ですから警備もこれまで以上のものになっているのですよ」
「はぁ……そうなんだ」
身動き取れないので全く実感はないが、レティーナが言うならそうなのだろう。
「陛下が殿下に公務に入るように指示されましたから、そう遠くないうちに王位を譲られる事になるでしょうね」
「あぁそこは規定路線なんだ」
なるほどねぇと頷いているとレティーナが微妙な顔になった。
「………リーン、あなたも次期王妃なのですが自覚はありますか?」
……?
「アイリアル侯爵家または辺境伯家の縁戚から娘さんを出すのでは?」
レティーナはやっぱりという顔をして、困りましたねぇとこちらを残念な子を見る目で見てきた。そして目の前にいきなり手を翳した。
「欠損を癒す程の加護の力を持つ聖女。既に殿下と愛し合い精霊の許しを得て婚姻を結んでいる事実。この度王都の大火から民を救った心優しき乙女。噂の段階ですけれどラーマルナの凶刃から陛下を守りこの国を守った救国の人」
指折り上げていくレティーナに顔が引き攣った。脚色が酷い。
「そもそもリーン。あなた既に辺境伯家の人間なのですよ? 辺境伯家の者として嫁いだのだからそれはもう王妃としての資格は十分有しているのです」
「……しかしながら、血の関係もあるかと思われるのですが」
「それだけの加護の力を持っているのなら普通に考えて欲しいと思うのが自然だと思いませんか?」
「…………」
………私的には主権を取り戻したらお役御免、パンダ役だけこなしていればいいと思っていたのですが。
「殿下が嫌ですか?」
変なことを聞いてくるレティーナに首を傾げる。政治に嫌も何もないだろうに。
「いや、嫌とかそういう事ではないんだけど。あんまり私見た目が使えないし、視覚的利用価値はどうなんだろうかと」
なんかこう、肩書だけは立派そうにしてくれてるけど、人って見た目からの情報も重要だしなぁ……。むしろ肩書が立派過ぎて実際コレって見た人はがっかりするのでは?日本の皇室だってザ日本人という感じだけどその中でも気品があるし、海外のロイヤルなんか見たらみんな極上の美人じゃないか。
ここはやっぱり見合った人を選定した方が国民受けもいいとか思ったりするんですよ。さすがに王妃とかになったらベールで顔を隠すとか出来ないだろうし。あと純粋に私などとても申し訳ないというか。
言い淀んだ私にレティーナは苦笑して、ドロシーさんに声を掛けた。
心得たようで、ドロシーさんは棚から何かを取り出すとこちらにそれを差し出した。
手のひらサイズのそれを受け取ったレティーナは、それをそのまま私の前に翳した。何かと思えばそれは手鏡――じゃないな。
「肖像画? ――でもない?」
うちの母に似た左右対称完璧な顔面の、透き通るような印象のファンタジー生物級少女が描かれていたのだが……動いてる。背景も角度が変わると動いて……やっぱり鏡?
「鏡ですよ」
「魔法の?」
遠くのものを映し出すみたいな。白雪姫みたいな。
「普通のです」
すっぱり否定されもう一度鏡を見るが、そこには不思議そうな顔をしたファンタジー少女がこちらを見ていて………
「………え?」
え?
…え??
「なにこれ……どういう事?」
しゃべれば、鏡のなかのソレも口を動かす。背筋にぞっとしたものが走った。
「リーンのお母様が、自分の容姿に奢らないようにと男爵様にお願いして目くらましを掛けていたそうですよ。ドミニク様が途中でその役目を引き継がれたそうですけれど、もうそれも必要ないだろうと解かれました」
レティーナの話になんだそれはと目を開けば、鏡の人外さんも目を見開いていた。
動作的に自分だと推測は終わっているのだが、頭が自分だと認識出来なくてものすごく混乱している。感覚的には映画の特殊メイクを施された人の気分に近いのではないだろうか。エイリアンの顔を見て「あ、うん。自分だな」と思う人はいないというか。
「えっと………違い過ぎて怖いのですが」
「そうですか? 輪郭やパーツの位置は変わっていませんし印象だけが変わっているので今までとそう違わないと思いますよ」
レティーナ……あなたの目にはいったい私はどう映っていたんだ。どう見ても違い過ぎるですよ。
レティーナを見てからもう一度恐る恐る鏡を見れば、顔を引き攣らせているファンタジー生物。うわすごい。筋肉まで再現してる……じゃなくて、これがそのままなのか?いや無理だって。いきなりこれは無理だって。
……はっ。そういえばシャルが最初の頃にビビってたのって、まさかコレ?
「ともかく、それで懸念事項は晴れたのではないですか?
リーンの横に並べる令嬢はそうはいないと思いますよ」
え?……あ、あぁ……そういやそういう話だったか……
た、確かに……このファンタジー生物の横に並ぼうと思う人はあんまりいないと思うけど、私も並びたくないけど……
まさかここにきて自己認知がぶち壊されるとは思わなかった。激しく頭が混乱している。ちょっと気分が悪くなってきた。
「あぁ殿下、丁度良いところに。リーンが自分の顔が怖いと言っているのですよ」
ぐるぐると己の今までの顔と鏡に映った顔を比べて考えていたら、いつの間にかシャルが来ていた。
今日は起きてからドロシーさんにポイ捨てされたり彷徨って回収されたり、そうかと思えば慌てたように出て行って、かなり情緒不安定にも思えるシャルだが……見る限り今は普通そうだ。
むしろ今は私の方が混乱して動揺しているだろう。
「あぁそれはわかる。いきなりその顔になった時は私も驚いたからな」
「殿下……そこは驚いた、ではなく綺麗だと褒めるところでしょう」
真面目に言うシャルに呆れるレティーナ。
いやいや、わかるよ、わかる。びっくりする。あの平凡顔が瞬間的にこれになったら何事!?ってなるよ。そりゃシャルが飛びのくのも頷ける。あれだけシャルが反応したのも大いに頷ける。あの時はなにやってんだこいつって思って悪かった。
「……褒められたそうな顔はしていないが」
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