第79話 聖女(撒き餌)の王宮生活④

「そういえばさ。兄さんって噂に詳しい?」

「んー? まぁ噂を頼りにいろいろ歩き回ってたからなぁ。それなりに詳しいんじゃないか?」


 しゅるしゅると紐を解きながらてきとーそうな様子の兄。


「じゃ私の事って、こっちで噂になってる?」

「あぁそれは宰相が流してるからな。ミルネスト家で聖女が見つかったって」

「うわぁ。すごい。見事に嘘」

「噂なんてそんなもんだろ?」

「他には?」

「他?」

「考えてみれば私って仕事ばっかりで噂話なんて全く耳に入れて無かったのよ。

 で、今回こんな事になっていろいろと己を改めるべきかと思いましてですね」

「ハゲの女神で懲りたか」


 にやっと笑われて詰まる。


「それ出してくるって事は、やっぱり私利用されてたの?」


 恐る恐る訊いた私に兄はにっこり笑った。


「ばっちり」


 あぁ……確定してしもうた……


「それがわかっただけでも進歩だな。えらいえらい」

「うう……慰めが辛い」

「じゃあもうちょっと進歩しようって事で古今東西の情報頭に入れとくか?」


 クリノリンも外して部屋着になってごろんとベッドに転がる。


「古今東西?」

「そ。公然の秘密だとか、知ってるのがバレたら首ちょんぱしそうな奴とか」

「……前者はまだしも後者って」

「なかなか多種多様だぞ~? 例えば王子が王の子供じゃないとか」


 ぶっ!


「それ首ちょんぱな奴じゃないの?!」

「ははは」


 驚き過ぎて声がでかくなりかけるのを、必死で抑えて言ったら軽く笑われてベッドの上で気が遠くなる。


「あのさ……それ、陛下は知ってるの?」


 ベッドの端に這っていけば、兄は興味無さそうに首を傾げ手早くドレスを片付けていく。


「さぁなぁ。多分知ってるのは実母の王妃ぐらいじゃないか? 相手の男はハッキリしないが王と同じ青系統の目の色の奴だったんだろうな。色が青系だから後は母親似って事で誤魔化されてきたんだろ」

「なんでそんな事兄さんが知ってるの。だいたいそれ本当の話なの?」

「そりゃ視えたからな。あ、こいつ王と血が繋がってないなって」

「そんな事まで視えるの??」

「視える視える。昔は『視る』で血縁関係確認するとか普通にあったんだぞ?」

「ええ……?」


 そうなのか?学園でもそんな使い方聞いた事無かったと思うんだけど。


「それにそもそも王は子供が出来ないからな。先天的な不能だ」


 ……。


 あまりの情報に脳みそが止まった。


「だからもう王家で子供を望めるのはお前の旦那になった王弟だけってことだな」


 さくさくクリノリンを解体して収納箱に収めていく兄は、こちらに背を向けたままさらっと言うがとんでもない事を言っている自覚はあるのだろうか。


「……それ、本当の話?」

「お前に嘘言ってどうする」

「『視た』ってこと?」

「そうだよ。前にちらっと視た時、王弟の方は不能じゃなかったから自然とそうなるだろ?」


 うわ……責任重大じゃないか、シャル。王妃になる人と頑張れ。応援してる。


「何口に手を当てて他人事みたいに気の毒がってるんだよ。お前の旦那の話だぞ」

「あ、うん。そうなんだけども」


 呆れたように言われて生返事を返してしまったが……いくら聖女って言っても、やっぱり王妃になるための教育も受けていないし、そこは正当な血筋の伴侶が選出されると思う。アイリアル侯爵家筋か、または辺境伯家筋のどっちかから。


「上位貴族になればなるほど不能の出現率は高くなるからな。王弟の母親は伯爵家だったが子爵に近い方の家だから、王家にとっては幸運だったろうな」


 それって血縁関係が近いところで婚姻を繰り返したからって事か?

 うーん……どこの世も同じような流れになるのかねぇ……


「でもそうだとすると元々の王妃様、アイリアル侯爵家の姫は立場が無かっただろうね」


 やっぱり王妃っていうのは次代を生むのが至上命題になるので、子が出来ない場合どうしても責められる。


「だろうな。数年前に心を病んだとかって実家の侯爵家に引き取られたからな」

「そうだったんだ……」


 きつかったんだろうな……とボンヤリ考えていたら、お前知らなかったのかと呆れた顔をされた。

 しょうがないじゃないか、雲の上の方々がどうだとかって本来私には関係が無い筈の事柄だったんだから。


「んじゃあお前、不倫で出来た子供と正妻の子供が駆け落ちしたって有名な話も知らないの?」

「をいをいをい」


 今度はどんな昼ドラだよ。


「知りませんよ。何それ」

「そのまんまだよ。本人達は知らないからな。父親の方がすげー慌てて」

「慌てるわ。止めたのそれ」

「寸前で間に合ったって。だけど慌てすぎて芋づる式にいろいろバレて阿鼻叫喚の地獄絵図になったらしいぞ」

「地獄絵図……」


 くははと完全に他人事として笑う兄。いい性格してるわ。


「それから魔法の大家の跡継ぎがどうも婚約から逃げ回ってるってのもあるな。

 このご時世だ。あそこは中立だからどこの派閥が嫁を出せるかって能天気な奴らが賭け事の対象にして遊んでる。今のところ最有力はミルネスト側の魔法に長けた娘だって話だがな。

 ほら、その後継ぎってお前の同期だろ?」


 魔法の大家……って事は、天才のアイツの事か?


「アーヴァイン家のこと?」

「そそ。アーヴァインの若様の話」

「レンジェルかぁ……でもそもそもあの変人、全く結婚に向いてる人種じゃないんだけど。結婚自体無理じゃない?」

「あーなんか話には聞いたな。魔法研究しか頭にないんだったか?」

「うん。徹頭徹尾、魔法と加護の事しか考えてないよ。話す事も全部それに絡めて話す変人」


 例えて言うなら、電車を愛し過ぎて何もかも電車で表現しようとするオタクとやらの感じ?驚きを最高時速で表現するみたいな?

 しかも魔法以外の会話をしようとすると途端に耳を貸さなくなるから、こちらも魔法に絡めて話をしないと聞いてもらえないっていう面倒くさい奴だ。


「政略結婚ならやる事やればいいんだから、変人でもどうにかなるだろ」

「いやぁ………どうだろ……」


 そういう行為をレンジェルが受け入れるという事がまず想像出来ない。寝食すら魔法研究の時間が減るとか言う奴だから……

 可能性があるとするならば、それすら魔法にからめて話を持って行く必要があると思われ、女性側からすればムードもへったくれもない最悪の現場になる事請け合いである。それを乗り越えればなんとか出来ない事もないかもしれないが、同種の人間でなければひたすらに頭を捻る事になり苦行だと想像は容易い。


「あ、そういえば」

「うん?」

「陛下の妹姫って、今はどうされてるの?」


 アデリーナさんに聞こうと思っていたのだが、すっかり忘れていた。

 だが聞いた瞬間、兄はピタリと動きを止めた。


「お前、それ聞く?」

「え……聞いちゃいけない事だった?」


 はーーーー。と、なっがい溜息をつかれた。

 それから兄はツカツカとやってきてベッドにどしりと腰を落とすと、非常につまらなそうな顔で口を開いた。


「まぁお前はラシェル側妃の事も知らなかったぐらいだもんな。

 いいか? エリーゼ姫は、十六歳の時に想い合ってるアイリアル侯爵家の若様との婚約を破棄させられてミルネスト侯爵、宰相に嫁がされたんだよ。

 しかも嫁いだ後、子供が出来ないからって冷遇されて返却されるならまだしもどっかに幽閉されてるって話だ。俺らの代でも悲劇だって口には出来ないが大抵の奴は思ってる出来事だ」


 ………すいません。まったくもってそれも知りませんでした。


「しかも、父上殿の話じゃエリーゼ姫は自分で毒を飲んで子供が出来ない身体になったらしい。おそらく、王家の血をミルネストに入れないようにするための最終手段を取ったんだろうな。当時からミルネストの専横が目についていたようだから」


 自分で不妊になるようにって……


 恐ろしいまでの王家の人間としての覚悟に、ちょっとすぐに声が出ない。


 シャルが父が生きていればと嘆いた意味が理解出来たような気がする。想い合っていた相手と引き離されて、敵対していると言ってもいい相手に嫁がされて、子供も作らないように毒まで飲んで……

 アイリアル侯爵家の王妃だった方だって子が出来ないからと心を病むまで冷遇される事も無かった筈では……全ては想像の話で現実は違うのだが……


「……えっと、よく、父さんがそんな事を知ってたね」


 シャルのお姉さんがと思うと冷静になれなさそうで、努めてどうでもいい事を口にする。


「あー……父上殿は顔が広いからな」


 どこかバツが悪そうな顔をして頭を掻く兄。嘘をついている感じではないが妙に歯切れが悪い。


「……姫って、今どこにいるのかわからない…んだよね?」

「まぁな。気になるのか?」

「いや………うん、正直に言うと気になる」


 シャルはずっと心配しているんだろうな、と。


「あの領は隠し事が多いからな……探すのも難しいんだよ」


 気の無い声を出して兄は立ち上がり、たわんでいたベッドが揺れた。

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