第65話 聖女(パンダ)としての活動②
「おや、クレアさん。テッドくんも、お祈りですか?」
私達の肩越しに司祭様が声をかけたのは二十代ぐらいの女性と、まだ五歳ぐらいの子供だった。
事前に話は聞いている。今回欠損を治すのは子供だ。左足を赤ん坊の時に事故で切断してしまったという。
「こんにちは司祭様。はい、昨日は来れませんでしたから」
「こんにちわ!」
抱っこするにはもう大きくなっている子供を抱っこした女性は丁寧に頭を下げて言い、抱かれていた子供も元気よく挨拶をした。
子供が屈託なく挨拶するという事は、普段からこの司祭様は交流があるのだろう。たぶん身分とかで態度を変えない人なのだろうな。これだけ大きな教会でそれが出来るって事は精霊教会自体がわりとまともな宗教団体って事かもしれない。
今回この親子を選んだのは司祭様だと聞いている。父親は足を失うきっかけとなった事故で死亡しているのだとか。
シングルマザーで子供は大きな怪我を負って、とんでもなく苦労しているだろうに女性のその目に影のようなものは見られない。彼女自身が余程強い人なのか、周りの助けがあるからなのか。そのどちらともなのかはわからないが、件の子が笑顔でいてくれたことが救いなような気がした。
これから何が起きるのか知らされている女性は少しだけ不安そうに、けれど何も知らないという顔でこちらを見た。
「お客様がおられ――っ申し訳ございません! 殿下がいらっしゃるとは思わず大変失礼致しました」
王弟殿下に今気づいたという形で、少し声を上げて大仰に下がる女性に何事かと祈りを捧げていた人達が視線をこちらに向けた。
私はその視線を感じながら一歩近づく。
「いいえ、構いませんわ。お気になさらないで。
それよりもいきなり尋ねて申し訳ないのだけれど、この子はどうなさったの?」
私に声を掛けられて、緊張した顔で女性は唇を少し舐めた。
それを貴族相手ならそうなるよなぁと思いながら言葉を待つ。
「事故で……申し訳ありません。お見苦しくて」
そっと子供の足を隠すように抱え直そうとする女性を手を上げて止め、子供の視線に合わせて少し腰を屈める。
「初めまして、私はリーンと言います。あなたのお名前は?」
男の子はベールを被った私に少し不安そうな顔をして母親の顔を見上げた。
女性が微笑んで頷くのを見て、男の子は恐々——だけど強がるように真っ直ぐとこちらに向き直った。
「………テッド」
「テッド君というのですね。
……足、痛い?」
「………ときどき。でも、平気。俺、強いから」
「テッド、言葉遣いを――」
焦る女性に手を上げて笑って見せる。ベール越しだが、こちらが笑っていることぐらいは伝わるはずだ。
「子供ですもの。大人の道理に合わせるなんてそれこそ道理に合わないと思いませんか?」
「あ……ありがとうございます」
大丈夫だと首を振って私はテッド君に視線を戻す。
「テッド君は強いですね」
「……まぁな。俺、男だし」
鼻の下を意味もなくこすってちょっと偉そうに言う所が可愛らしい。五歳ぐらいかと思ったけど、もう少し上だったのかもしれない。細い身体だが、残る左足の筋肉は発達しており、両腕も失ったものを補うように筋肉がついているように見えた。
一生懸命生きているんだなと、それを見てわかる。この小さな人は挫けていない。
「もし、この足を取り戻せるとしたらテッド君はどうします?」
囁くように小さく問いかけると、テッド君は黒に近い藍色の目で疑問を抱く事なく答えてくれた。
「そんなの母さんを助けるよ。ずっと俺、迷惑かけてるから。父さんの分も俺が母さんを守るんだ」
「テッド……」
「そっか。じゃあ沢山食べて体力つけないとだね」
そう言ってそっとテッド君の膝に触れてすぐに離す。本当は王弟殿下の支援があるので触れなくても出来る筈なのだが、初めての子供。これから成長する相手は初めてなので念のためちょっと触れさせてもらった。
「っ!?」
「っぁ!!」
テッド君からは自分の身体の違和感に気づいて、女性の方は現実離れした現実の光景に気づいてだろう、悲鳴が上がった。
そのほっそりとした身体に、それまでなかった左足がひざ下に向かってきちんと存在していた。小さな足の指一本一本まで確かに、間違いなく存在している。
女性は口を開けたまま言葉にならない声を洩らしてその場に膝をつき、自分の足でしっかりと立ったテッド君を抱きしめた。
「あ、あ、あぁ―――」
「母さん、なんで? 俺、なんで足あるの?」
周囲で祈りを捧げていた筈の人がざわめき始めた。
さくらも混じっているだろうからな。早々に「聖女?」という声が広がっていった。
話を聞いていた筈なのに、声が言葉にならないまま涙を流して震えている女性の背を撫でる。
「あなたも、とても強い方ですね。ずっと頑張ってこられたのでしょう?」
「ぁう…ぅ…」
「よほどの覚悟と行動がなければここまでお育てになるなんて出来なかったと思います。それはとてもすごい事で―——だからちょっとは幸運な事があってもいいじゃないですか」
「せ、いじょ……さま」
涙と鼻水でぐずぐずになったその顔をハンカチで拭って笑いかければ、またぶわっと涙が零れてきて拭いても拭いてもきりがない。
「あ、ありっ…ありっ、がとうっ……ざい…す!」
「リーン、人が予想以上に集まってきた」
後ろから腕を引かれ、拭ったハンカチをそのまま女性の手に握らせて立ち上がり、引っ張られるままに司祭様の先導で祈りの間を後にして足早に回廊を進む。
あかん。ちょっともらい泣きしてしまった。ベールしてて良かった。
駄目なのだ、本当。甥っ子姪っ子のお世話に参加させてもらうようになったあたりからどうにも子供とか小さい子とか弱くなってしまって。はじめての〇つかいとかね、ハラハラドキドキ涙なしには見れないのです。本音を言うとあの足を見た時からもうだめだった。年取ると涙腺が壊れるんですよ。
「リーン。わかっていると思うが、誰彼かまわずは駄目だぞ」
「わ、わがっでまず」
足を進めながらずびびと鼻水を啜って言えば、王弟殿下に何とも言えない顔をされた。
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