第38話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑨

 まじか。そこもやるのか。と、箱にしっかりと収められた化粧道具を目にして軽く気が遠くなった。

 母はほとんど化粧はしなかった(経済的に出来なかったが正しい。そもそも化粧しなくても恐ろしい程の美貌だけど)ので、どういった化粧道具があるのか全く知らないのだが……まさか鉛とか入ってないよなと怖くなってきた(ちなみに学園は化粧禁止だった)。


 職場で見かけた数少ない淑女の方はかなり白い感じに仕上がっていたが……

 

「あの、自分でやってもいいでしょうか」

「え?」


 化粧道具を広げていたアデリーナさんには申し訳ないのだが、その化粧道具が怖くて……


 窓際に寄せてあった椅子に座り膝の上に汚れないように布を敷いて、その上に化粧下地とファンデーション、アイブロー、チーク、色無しのリップ、顔剃り用の刃を出す(入れ物はガラスにしたが、刷毛やパフは面倒でそのまま出した)。十六という歳ならばこれだけあればいいと思う。

 ささっとうぶ毛を処理して多少眉を整えて、それから化粧下地をつけてファンデーションを乗せ、チークを入れてリップをしアイブローで終わり。

 ザ、仕事用のパパっと三分化粧にアデリーナさんは唖然としていた。


 一応ファンデーションも肌より一段明かるいものにしたが、これ以上にすると首との差が激しくなって顔が浮くし、首まで塗るのは嫌なので勘弁してほしい。


「こちらは、ジェンス家で使われている道具なのでしょうか?」

「いえそういうわけではないのですが……、使いやすいものをと思っただけで。

 どうでしょうか。駄目でしょうか」


 あの先生に化粧品についても毒性が無いか確認してもらった方がいいかもなと頭の端で考えながらアデリーナさんのジャッジを待っていると、大丈夫ですと了承を貰えた。


 ほっとして化粧道具をアデリーナさんに預け、ようやっと居室へと戻る事が出来た。


 やる事が無くて手持ち無沙汰の王弟殿下はこちらを見て、何か違和感があったのか首を傾げた。


「随分と光沢のあるドレスだな」


 あぁ、朱子織り(サテン生地)だからだろう。あんまり意識していなかったが材質はポリエステルだと思うので松竹梅でいけば竹か梅ぐらいだと思う。


「それに見た事がない型のような気が……」


 私は淑女のドレスの型なんて全く覚えてない。王弟殿下は記憶力がいいな。

 と思っていたら、アデリーナさんがわざとらしく咳ばらいをした。何だどうした。何か駄目なところがあったのか?


「あぁすまない。良く似合っていると思う」


 あ、リップサービスをするようにという事か。

 すごいな。王弟殿下に催促するメイドさん。


 アデリーナさんはそこから私にマナー講座の教師のように、歩き方、カーテシーの仕方、笑い方などなどチェックしていった。

 結果は可もなく不可もなく。洗練されているわけではないが、取り立てて問題となるようなところもないという微妙な合格判定をいただいた。


 と、その時点でやっと気づいたのだが、アデリーナさんはメイドではなかった。

 ただのメイドが辺境伯様の養女となる私のマナー確認をするわけが無いのだ。実家にはメイドしかいなかったのでわからなかったのだが、アデリーナさんは上級の侍女と言われる人だろう。だから多分貴族家出身で、それなりの身分。

 そんな人に世話をされていたとは……と気づいたものの、だからどうしたというわけではないし、何が変わるわけではないのだが、ちょっと驚いたというか……


 そう言えば目覚めた時に見たあの少女は全く姿を見せていない。ひょっとすると別の人の侍女で目を覚まさない私の世話の応援で来ていただけなのかも。私の存在はまだ秘密のようなので信用のおける人で固めていた可能性はある。


 一通りのマナー確認が終わったら、今度はダンスの確認をと王弟殿下を相手にして踊る事になった。

 音楽はなく、アデリーナさんの軽い手拍子だけだ。だがまぁこれが酷い。

 何が酷いかって、私のダンスに関する記憶力がである。用無しと判断した私の脳みそは、スッパリとダンスの記憶を忘れ去っており一から教わる羽目になったのだ。

 それまで病み上がりだからとヒールのないぺったんこな靴を履かせてもらっていたのだが、さすがにダンスでそれは出来ずヒールのある靴を履いて頑張っている。


「……君にも苦手なものがあるのだな」

「一つや二つ、あるものでは」


 しみじみ頭上から零されたが、反応する余裕もあまりない。頭と身体にステップを叩きこもうとするのだが、やる気の無い頭が片っ端からそれをボロボロと零していってしまうような有様で、我ながら目も当てられない。


 仕舞いにはアデリーナさんにぐいぐいと押され王弟殿下に腰を寄せられてほぼ引っ付いている状態にされ、王弟殿下の動きに合わせて動くようにと言われた。

 投げやり過ぎる指導に匙を投げられたのを感じたが、時間も無い事だしダンスの練習に時間を取られるぐらいならもうそれでいいかと納得して王弟殿下によろしくお願いしますと頭を下げた。

 そしたら何故か王弟殿下は引き攣った顔でアデリーナさんを捕まえて部屋の隅に行きこそこそと話し始めた。


 「あれはどういう事だ」とか「いえ、ちゃんと着ておられます」とか「固くなかったぞ」とか「そういう材質のものでした」とか「大丈夫なのか」とか「着崩れしませんから」とか漏れ聞こえる。


 しばし考えてみて、あぁビスチェだから。と想像ついた。

 あの板じゃなかろうかというコルセットだと確かに腰も胸もカッチカチにカードされているから触ったところで固いだけだが、ビスチェなのでドレス生地の厚さ分の固さはあっても身体は曲げられるし、触れば柔らかさはわかるだろう。がっつり身体を寄せる事になったので王弟殿下はそれに気づいたと。

 話し込む王弟殿下がちらっと私の胸腹部を見たので確信。


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