第36話 聖女(軟禁)に軟禁仲間が出来る⑦

「『整える』……初めて聞く加護です」


 王弟殿下は自嘲するような笑みを浮かべて視線をまた逸らした。


「一人では何も出来ない出来損ないの加護だ。他の加護を補助するぐらいしか能がない」


 王弟殿下の呟きに、なるほどこのお人も加護至上主義の思想の中で生きてきたのだなとわかった。


 学園で碌な加護じゃないと嘆いていた友人達と一緒だ。

 この国は精霊信仰があるためか、精霊から与えられた加護がある事がまず尊ばれる。そしてその加護が優秀であれば優秀であるほど持て囃される。筆頭格は『視る』『戻る』『癒す』『阻む』『燃やす』『凍らす』あたり。

 逆に使い方がいまいちよくわからない『転じる』だとか『震わす』だとか『読む』だとか『繋ぐ』だとかその辺の加護を持っていると貶される傾向にある。


「そうでしょうか……。加護の力は独立したものと複数名で真価を発揮するものがあると思いますが」


 それの筆頭格は『繋ぐ』だ。これ自体ではそう大きな事は出来ないのだが、これが二名以上の魔法または加護の力を繋ぐ事が出来るとわかった時は衝撃だった。純粋に同系統の魔法や加護を繋げて威力を増す事も出来たし、別系統の加護を繋げて本来他人の加護に干渉できない筈の加護で干渉して操作する事を可能とした。

 例の『視る』で視た内容を『読む』が読み取り、それを『繋ぐ』が『伝える』と繋いで、『伝える』が別の人間に読み取った内容を伝えるという方法。これも『繋ぐ』が架け橋となっている。ちなみにこの作業は『読む』を省くと何故か出来ない。未だにこの辺の仕組みは謎だ。そして難点は、繋げる加護が増えれば増える程制御が厳しくなる事だ。どこまで出来るかと『繋げる』の加護持ち三人でやってみたが互いの加護がどうもぶつかってしまうらしく、二名程度の『繋げる』効果しか得られなかった。


 だが、その辺りを『整える』が干渉できるとしたら?

 ぶつかり合う加護の力を整え正しく加護の力を発揮させたのならば、かなり大規模な力が揮える事になるのではないだろうか。


「先ほど辺境伯様にお渡ししたものに『繋げる』の加護について記載したのですが、それと併用可能であれば殿下の加護はかなり重要なものになると思います」

「……『繋げる』と?」


 訝しむ王弟殿下に学園でやっていた事も含めて声を潜めて話せば(アデリーナさんにも『読む』の事は知られない方がいいだろう)、ぽかんと口を開けていた。


「……そんな事が出来るのか?」

「先ほど殿下は補助すると言われていましたよね? という事はもともと他人の加護に干渉可能なタイプの加護だと思います。独立タイプの加護は干渉するのがかなり難しいみたいですから。『繋ぐ』と同じ要領で複数名に対してもその力を奮えると思いますし、そうなるとより大きな力を生み出すための土台なのだと思います」

「土台……」


 自分の手のひらに視線を落とし呟く様子は何かショックを受けているようである。

 まぁ…人はわかりやすい力に憧れやすいので、土台と言われてショックなのかもしれない。王族なのだし、華々しいものが望まれる立場なのだろう。

 持って生まれた加護はどうする事も出来ないので、そこはもううまく付き合っていくしかないと思うが……あとは王弟殿下がどう捉えてどう使うかだ。


 その日はずっと王弟殿下は考え込んでいる様子であったので、私はそっとしておいてせっせと己の加護の限界点を探っていた。どこまでアバウトなイメージでいけるのかとか、どこまで正確なイメージでやれば魔力消費が少ないのかとか。あとは体感でしかないが現在の魔力量の総量を計算してみたりだとか。


 夕食も二人で食べたが、始終無言。


 問題が勃発したのは予想通りというか、湯あみをそれぞれわかれて終えて寝る段階になった時だった。


「私はそちらには行かないと言っただろ」

「さすがにそれは出来ません」


 寝室には行かないと言う王弟殿下は椅子で寝ると言って聞かない。

 私がこちらで寝ると言っても断固拒否の姿勢だ。


「失礼いたします。旦那様からお二人とも必ず寝室で寝るようにとのご指示です」


 にらみ合う私達に爆弾を放り込んだのはアデリーナさん。

 「何を考えているんだ」と言った王弟殿下に同意だ。あんたはどぎついお見合いおばさんかと言いたい。


 はぁ。すっかり忘れていたシャンプーを出して前世ぶりにスッキリしたところだったのだが……


 王弟殿下が往生際悪くアデリーナさんに反抗しているが、反抗する相手を間違えている。その人はただ指示を遂行するだけの人なので、言っても意味がない。言うなら辺境伯様にだ。だが私達は二人とも軟禁状態(というのを王弟殿下が受け入れているのはそれはそれで不思議だが)なのでどうあがいても辺境伯様に言葉を伝えられない状況である。


 要は詰んでるのだ。


「わかりました。じゃあ二人ともあっちで寝ます」


 いい加減進展しない問答に面倒になっていた私は目が据わっていたと思う。

 王弟殿下に「行きますよ」と何様発言をして寝室のドアを開け、それでも来ない王弟殿下の手を取って引っ張り寝室に放り込み、アデリーナさんに「おやすみなさい」と言ってドアを閉めた。


 そして立ち尽くしている王弟殿下の横を通り過ぎて、無駄に広い寝室の開いた空間に簡易ベッドを生み出して、さっさとその中に潜り込んで寝た。「いや、君はあちらで寝てもらって」とかなんとか言っていたが無視して寝た。

 どうせ問答してもこのお人は譲らない事が容易に想像できるので実力行使が一番早い。こういうのは早い者勝ちなのだよ。はっはっは。


 翌朝、ぐっすりと寝てすっきりと起きた私は、寝不足の王弟殿下を見て繊細なタイプだなと思った。

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