アフタースクール
ソメイヨシノ
1.彼女の行方
オレが通っている高校は、校舎が未だ木造で、凄く古い。
数ヶ月前に新校舎がグランドに造られ始め、木造校舎は新校舎が完成すると、取り壊されるらしい。
その為、今はグランドが使えなくて、体育館か、一番近い場所にある小学校のグランドを借りてのスポーツ授業になる。
勿論、運動部もそうなる。
その為、メンドクサイので、部活には出ないのが基本。
どうせ大してスポーツに力を入れている学校ではない。
すると、運動部の活動が減る事により、文化部の活動も減ってくる。
部員が部活に参加せず、帰宅部が多くなれば、連鎖するように、皆、放課後は部活ではなく、遊びに出掛けてしまうからだ。
つまり、この高校は、今、一番、補導率の高い生徒の集まり。
いや、そんな事はどうでもいい。
オレが言いたいのは、今更、運動部だろうが、文化部だろうが、部活なんて出る訳がないって事なんだ。
昨日から何度もスマホを開いて見ている。
土曜、日曜、学校がなくて、月曜の今日、学校に行けば、会える筈だと思っていた。
クラスが違うので、彼女が学校に来ていないと知るのは、最初の休み時間だった。
「タク、どうしたの?」
スマホを見ながら、何度も溜息を吐いていると、そう声をかけられ、ふとスマホから目を離し、見ると、
「翔太か」
と、また溜息を吐く。
三澤 翔太(みさわ しょうた)。
短髪で、頭中央辺りにボリュームを持って来た茶髪の髪型。
背は低めで、制服のボタンをちゃんと閉めずに、袖やズボンの裾を短く捲り上げ、しかも缶バッチをズボンの腰辺り部分に多く付けていて、だらしない格好をしているが、こんな奴でも、オレの一番の友達。
「なんでボクとわかったら、また溜息なんだよ、タク」
タクと呼ばれるオレの名前は、榛葉 タクト(しんば たくと)。
制服のボタンは、上までキチンと・・・・・・閉めてないが、確かに袖も捲り上げているが、上履きも踏んでるけど、自分では清潔感があると思っている。
理由はこのベーッシックショートと言う髪型!
早い話が、行き始めた美容院がうまいって話。
毛先に長短をつけて、ざっくりとした質感を出してもらっているので、量も見た目も軽く、トップもスタイリングしやすい長さでレイヤーが入っているので、お洒落がよくわかってなくても、お洒落にまとまっていて、清潔感もあるから、女受けがいい!
と、美容師さんが言っていた・・・・・・。
しかも少し赤めのダークチェリーにしたので、春らしくて爽やかだと、美容師さんが。
校則の緩い学校だと、高校2年生にもなれば、少しばかり羽目も外したくなる。
部活はバトミントン部に所属。
勿論、帰宅部同然。
「金曜の夜から、メイと繋がんないんだよ」
オレはそう言うと、スマホをまた開いて、メイに電話してみる。
「繋がらないって、拒否されてるって事?」
「されてねぇよ! そうじゃなくて! 出ないだけ。多分」
「それって拒否っつーんじゃねぇの?」
「違うっつーの!」
「んじゃぁ、喧嘩でもした?」
「してない。でも——」
「でも?」
スマホを閉じて、俯くオレの顔を覗き込むようにして、翔太は聞き返す。
「でも金曜の放課後、部活に行くって言い出して」
「メイちゃんが? 部活ってメイちゃん、何部?」
「茶道部」
「茶道!? また帰宅部そのまんまの部活だね。茶道と書いて帰宅と読むみたいな」
「だろ? なのに今更、なんで部活?って、今更オレも思ってんだよ。金曜の時は、またねって言うから、オレも、またねって手を振り返して、先に帰っちゃったんだけど。今思えば、待っててやるべきだった?」
「うん、彼氏ならね」
「・・・・・・」
「待ってる間の暇潰しに、タクも部活出れば良かったんじゃねぇの?」
「オレ、バトミントンだから出たくない」
「あぁ、そうだったっけ? そりゃ出たくないよなぁ、体育館はバスケとバレーが占領しちゃってるし、小学校のグランドはサッカーと野球が占領してるっけ? バトミントンや卓球は出たくなくなるよなぁ」
「卓球と一緒にすんなよ!」
「ボクが卓球なんだけど」
「・・・・・・ごめん」
「いいけど」
少し変な間が開く。
「それでメイちゃんは茶道部に顔出したの?」
「知らない。いつものようにホームルーム終わって、教室に迎えに行ったら・・・・・・」
そう言えば、あの日は、なんだか、とても変な放課後だったと思い出す。
放課後と言っても、まだ生徒も先生もウロウロしている時間帯。
なのに、あの日は、静かなローカがずっと続いていて、まるで迷宮に入り込んだようだと思い、不気味な感じがして、メイのクラスに足早に急いだ。
5月半ば、ブレザーは着ている者も、着ていない者もいて、どちらでも過ごせるような、そんなハッキリしない気候だが、走ると、少し汗ばみ、暑さを感じた。
メイのクラスには、メイ以外誰もいなくて、メイは夕焼けの赤い空を、一人で眺めていた。
普通に考えて、早めにホームルームが終わり、皆、帰ったのだろうが、その時間帯の、その静けさは異常だったかもしれない。
『メイ?』
そう声をかけると、振り向いて、ベージュのカーテンがふわっと広がり、一瞬、メイの姿を隠した。
直ぐにカーテンの中から、メイの姿が現れ、メイはいつもの笑顔で、オレを見ていた。
黒い長い髪は後ろでポニーテールにしていて、中肉中背のどこにでもいる可愛い女の子。
いや、可愛い女の子はどこにでもいないか。
色白で、目はそんなに大きくはないが、妙に可愛らしい雰囲気を持っている顔立ち。
少し不思議系のオーラも纏っていて、のんびりした空気が漂っている。
『ごめんね、榛葉くん、アタシ、部活に行かなきゃ』
そう言って、机に置いてある鞄を肩にかけ、オレの横を通り抜けて、
『またね』
と、笑顔で手を振るから、
『またね』
と、手を振り返した。
「それだけ?」
翔太が首を傾げて、そう聞くから、オレは頷く。
「その後、オレ、家に帰って、夜8時にラインしたけど既読にもなんないから、9時に電話して、出ないから、もう一度ラインして、土曜の朝、起きて、ライン見たけど、メイからの返事ないし、既読にもならないから、直ぐに電話してみたけど出なくて、昼にも夜にもライン何回かしたけど、やっぱ既読にもなんなくて。日曜もそんな感じ——」
「ふぅん」
「今日、学校で会えると思ったけど、やっぱ来てなくて。メイの担任、平ちゃんだから聞いてみようと思ったけど、もう教室いなかったから、後で職員室に行こうかなって」
オレ達が話しているメイと言うのは、北川 芽依(きたがわ めい)、オレの彼女。
平ちゃんと言うのは、高1だった時、オレとメイの担任だった大平 政次(おおひら せいじ)先生。
メイはまた平ちゃんのクラスで、平ちゃんはメイの担任をしている。
「てかさぁ、風邪でもひいたんじゃない? メイちゃん、学校休んでるなら、体調悪いんだよ。きっと寝込んでて、電話もラインもできないのかも。放課後、見舞いに行ったら?」
「・・・・・・そうだな」
そうだろうか?
だとしても、ラインでスタンプくらい、いや、既読にはなってもいいような気はする。
兎に角、オレがメイに連絡をしない事があっても、メイがオレに連絡をしない事なんてない。
チャイムがなり、自分の教室に入り、スマホを見ながら、椅子に座り、とりあえず平ちゃんに聞いてみるかなと思っていた。
風邪じゃなくても、例えば、身内の不幸で、遠くの親戚の家などに行っているのかもしれないし、そんな場合は、連絡が取り難いのかもと思ったからだ。
だが、次の休み時間に、滿井 風香(みつい ふうか)がオレを尋ねてきて、全て謎に包まれた。
「え? 榛葉くんの方にもメイから連絡来てないの?」
「滿井も?」
「うん、私、金曜に買い物に誘ったんだけど、ホームルーム終わって、行けなくなったって言い出したから、どうせ榛葉くんとデートなんだろうって少し怒って帰っちゃったの。でも土曜か日曜に榛葉くんと予定ないなら、やっぱ買い物付き合ってってラインしたんだけど、既読にもなんなくて。それでまたちょっとムカついてたんだけど、学校にも来てないし、平ちゃんが出席確認で、『あれ? 北川は休みか?』って聞いてたんだよね。て事は学校に連絡が来てないって事だよね? メイの親から」
「・・・・・・どういう事だ?」
「メイちゃん行方不明事件だねぇ」
ガリガリ君を食べながら、ふざけた口調で、そう言った翔太を睨み見ると、
「只のズル休みなんじゃないの?」
と、言い出し、ガリガリ君でキーンと頭が痛くなったんだろう、額を押さえている。
「メイがズル休みする訳ないだろ、する場合、オレに言うよ」
「タクと別れたいのかもよ?」
「お前・・・・・・ガリガリ君を喉の奥に突っ込まれたいのか」
「だってさぁ、連絡来ないんだよ? メイちゃん悩んでるのかも。別れたいのに学校へ行ったらタクに会ってしまう。会いたくないのに、会ってしまうなら、行くのやめようって」
「有り得る」
と、頷く滿井に、
「なんでだよ!? オレが何したって言う訳!?」
そう慌てると、
「男って、何したかわかってないから、嫌われるのよねぇ」
と、滿井は肩までの髪の毛先を触りながら、呆れたような顔でオレを見る。
二重の滿井の大きな瞳は確実にオレを責めている。
そんな滿井を見て、翔太は笑いながら頷いている。
「・・・・・・冗談は終わりだ」
冗談じゃないのにと言う顔で、翔太も滿井もオレを見るが、そこは無視する。
「メイが金曜の放課後、滿井の買い物に行けなくなったって言った後、オレが教室に行ったら、メイは一人で窓の外を見てて、その後、部活に出るって言って、いなくなった。滿井の前に、メイは誰と一緒だった?」
「おお、探偵っぽい」
ガリガリ君を食べ終わり、アイスの棒を咥えたまま、そう言って、翔太は笑う。
「さぁ? そこまで知らない」
首を振る滿井。
「じゃあ、その後のメイの行動を追うしかないな。茶道部の部員って誰かわかる?」
「おお、益々、探偵っぽい」
そう言った翔太を、いい加減にしろとばかりにオレが睨むと、滿井が、
「メイ、茶道部だったんだ? てか、私との買い物断って部活かよ! って、まぁ、いいんだけど、茶道部なら、平ちゃん、顧問だよね?」
そう言った。
「え!? 平ちゃんって男の癖に茶道部の顧問なんか!?」
驚いて声を上げる翔太に、先を越され、オレは普通に驚けなくなったから、
「じゃあ、とりあえず、昼休みに、平ちゃんに聞いてみるよ」
と、普通の意見。
「おもしれぇ。つーか、マジ探偵みたい! ボクは助手やっていいっすか?」
ぶざけすぎの翔太に、
「助手は私よ」
と、注意しないで、何故か、ノリノリの滿井。
オレも、この時は、大変な事態になるとは思ってもなかった。
昼休み、大平 政次こと、平ちゃんは、
「ここ数ヶ月は茶道部の活動はないぞ。茶道室は閉鎖されたままだし、新入生も集まってないしなぁ、このまま部として存続できないんじゃないかと少し焦っている」
と、コンビニ弁当を食べながら、全然焦ってなさそうに、そう言った。
27歳の平ちゃんは、先生の中では若い方で、オレ達生徒と話も合うし、見た目も、背は高めで、スリムで、着ているモノも、ちょっと洒落てて、髪型も動きとボリューム感をトップに持って来たブルームで、それが女子の人気を集めている。
メイもカッコイイと言っていた。
だが、コンビニ弁当を食べてる辺り、特定の彼女はいなさそう。
「つーか、なんで平ちゃん茶道部の顧問なの?」
翔太が笑いながら聞くと、
「俺が決める事じゃないんだよ、上から決められたから顧問なんだ。でもカッコイイだろ? 茶道だぞ、茶道! カッコ良くないかー!?」
と、わけのわからない事を言い出した。
「カッコイーっつったらバスケとかサッカーだろ?」
「三澤、そんなだから、お前はモテないんだ」
「は!? ボクのモテ度を知らないだろ、平ちゃんは!!!!」
どんなモテ度なのか、聞きたいが、話が横道に反れているから戻さねば。
「メイが学校休んでる理由って、平ちゃん知ってんの?」
オレがそう聞くと、平ちゃんは首を振った。
「北川からも親からも連絡が来てないから、放課後、電話しようと思うんだが、北川が無断欠席なんて初めてだから、只のサボリではなく、何かあったのかとは思っている。だが、まぁ、年頃の女の子だからな、多感な時期だ、サボってたとしても、おかしくはないと思って大事にはしてない。それに何か事件性があれば、学校に連絡が来る筈だし」
落ち着いた声で、淡々とそう言った後、
「榛葉、お前の方にも連絡来てないのか?」
そう聞いて来た。
「来てたら、ここに来てないっしょー、平ちゃん」
と、翔太が答える。そうかと頷く平ちゃん。
さっきから滿井は黙ったまま——。
何の手掛かりも得れないまま、職員室を出ると、
「金曜の帰り道に、何かあったのかな。ほら、変質者とか」
突然、だんまりだった滿井がそんな事を言い出した。オレと翔太は無言になる。
「事件性があれば、連絡が来るって言うけどさ、例えば・・・・・・例えばよ? メイ、誰かに連れ去られて、メイのスマホで、お母さんにラインとかされてて、『当分、友達の家に泊まるから、学校へはそのまま友達の家から行くから心配しないで』とか、メイから連絡が来たら、親は、フーンって思うんじゃないかなぁ・・・・・・」
「・・・・・・怖い事言うなよ」
翔太がそう言って、チラッとオレを見る。そして、滿井もオレを見て、
「帰り道、遅くなったら、バス停通りまで暗いしさ、痴漢とか出るって噂あるじゃん」
などと言い出す。
ちょっと思っていたが、だんだんメイの部活が終わるのを待ってなかったオレの責任みたいになってきた。
だが、茶道部は活動していないと平ちゃんが言っていた。
「・・・・・・なぁ? メイ、部活出てないなら、部活行くって言って、どこ行ったんだ?」
オレがそう言うと、そういえばそうだと、翔太も滿井も黙り込んだ。
「なぁ、滿井はメイと同じクラスだろ、金曜のホームルーム終わった時間って覚えてる?」
「え? いつもと同じだったと思うけど?」
「いつもと?」
「うん」
「オレがメイを迎えに教室に行ったら、もうメイ以外、誰もいなかったんだ——」
「へ? それがどうかしたの?」
「いつもと同じ時間に終わったなら、まだ数人、いや、先生だって残ってる時あるだろ。日直とか、最後まで残って日誌書いてたりするじゃん。あの日、オレんトコのクラスも、いつも通りに終わったんだ。特に遅くなった訳じゃない。いつもの時間だった。なのに、その日は、ローカでも誰とも擦れ違わなかった。自分の教室を出て、ローカに出た途端、ふと、景色が変わった気がした・・・・・・それぐらい、妙な放課後だった・・・・・・」
今、思い出しても、やはり、あの日の放課後は、妙だった。
メイがいなくなる前触れのようなものをオレが感じ取ったのか、それとも、只の考えすぎか。
どちらにせよ、あの日、放課後、教室にいたのはメイ一人。
メイが部活に行くと言い出した事も、オレしか知らないんじゃないだろうか。
だが、肝心のオレは、メイが本当に部活に行ったのか、わからない。
メイは教室を出て、オレに『またね』そう言った後、どこへ消えたのだろう——。
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