15杯目


「ふんふん。これが大人の女性の一人暮らしの香り……」

「ちょ、ちょっと七絵ちゃん!」

「あー、冗談ですよ。私、ついつい香りが気になるんですよね。……それにしても、なんだろう、優しくてほっとするこの香り。花ちゃんのイメージまんまですね!」


部屋に入った途端に香りチェックされるとは思わなかった……。なんだろう、七絵ちゃんって、やっぱり猫っぽい?


「あ、そうそう。はい、これ。改めて……お引越し祝い?就職祝い?は贈ったけどそれとは別に……、えっと、とにかく、この町へようこそ!」


よく分からないけれど、なんだか大歓迎されたことは分かりました。


「えっと、ありがとう。こちらこそ、改めまして、よろしくお願いしますね」


ぺこり。ぺこり。

二人で何度もお辞儀をしあって、そして目が合って。


「ぷっ」

「ふふっ」

くすくすと二人で笑いあって、ようやく。


「では、どうぞお座りください。あ、そういえば、この部屋ね、七絵ちゃんが初めてのお客さんなのよ」

「わ!嬉しい!ふふーん。お兄ちゃんに自慢しちゃおっと」

「ちょ、ちょっと、なんでそこに店長が出てくるかなー。私、男の人を部屋に上げるつもりはないわよ?」

「はいはい。今はそういうことにしておきましょうねー。あ、さっきのお菓子には珈琲が合うんですよ。私、淹れましょうか?」

「あ、いいよ。私も最近、店長に教えてもらってるんだ。豆も少し分けてもらったから、お店の味に……近くなるよう頑張ります」

「そうなんだ、私がいない間に、二人はそんなに仲良く……」

「こら。そんなことばっかり言ってると、七絵ちゃんのだけ、うーんと苦くしちゃうぞ」

「えー!やだやだ、花子サマごめんなさーい」

「まったくもうー。仕方ないなぁ」


くすくすと笑いながらじゃれあう会話。一人っ子だったから、妹がいるならこんな感じかな?と、ついついお姉ちゃんぶりたくなるんだよね。学生時代の友人とも違うそれは、何だか新鮮で、一人暮らしのわくわくを、さらに楽しくさせてくれる。


「えー、でも、私、花ちゃんがお姉さんだったらいいなーって、最近思ってるんですよ?」

「ふふ。私も、七絵ちゃんが妹みたいだなって思っていたところよ」

「え!ということは!」

「はいはい。その話は終わり。……よし、珈琲入ったよー」

「はーい。お菓子も並べましたよー」

「はーい、ありがとう」


賑やかに用意を済ませ、ようやくテーブルにつく二人。


「では、いっただきまーす」

「いただきます」


お菓子と珈琲を前に、食事の前のご挨拶。


「わ、美味しい。うちの珈琲の味だよ。花ちゃん、珈琲淹れるの上手!」

「ほんと?ありがとう。七絵ちゃんにそう言ってもらうと嬉しいな。このお菓子も美味しいよ。甘さが珈琲に丁度いいね」

「でしょでしょ?苦味のある飲み物と合わせるためのお菓子なんだ。お菓子と飲み物と、どちらも生かす味と食感って大切だなって、学校で改めて思ったの」

「そうなんだ……私は何も考えずに美味しい、と思って食べるだけなんだけど、作る側はいろいろと考えてくれるんだね」

「まあ、その苦労も、自分が食べたい味を追求するためだから、苦しさもあるけど楽しいんだよ!」

「うんうん。お菓子のことを話す七絵ちゃん、いつもいい顔してるもん」

「え?そう?」

「うんうん。だから、こうやって七絵ちゃんが作ってくれたお菓子を食べられるのって、凄く幸せ。ありがとね」

「えへへ。花ちゃんにそういってもらうと、嬉しいなぁ」

「ふふ」


あまり詳しいことは知らないけれど、自分の夢を追いかけている七絵ちゃんは、眩しいくらいにきらきらしていて、私は……なんとなく、今の自分がこれでいいのかな?と思ってしまった。


26歳、とりあえず仕事はあるし、一人暮らしのこの部屋も特に問題も無い。ただし、今のところ、将来の夢は無し。


「ん。どうかしたの?」

「え?」

「なんだか悩んでる顔をしてたから」

「あ。えっと……」

「うん」

「七絵ちゃん、凄いなって思って」

「うん?」

「夢を持って、それを叶える為に頑張っているの凄いなって」

「あー」

「私、前のとこと辞めてから、なんとなく、この町に来て、なんとなくお店に雇ってもらったからさ」

「そうかなー?お兄ちゃんは助かってるって言ってるよ?」

「うん、それはそうなんだけど、これが私の本当にしたいことなのかな?って、なんだか急に不安になっちゃって。私の夢、なんだったっけって思い出そうとしたけど、うまく思い出せないんだ」

「ふむふむ……ねね。もしよかったら、占ってみようか?」

「え?」

「ほら、前に占った時には、前の仕事を辞めて、今から新しいこと頑張るぞ!楽しむぞ!って感じだったじゃない?」

「うん」

「今の気持ち占ってみてもいい?」

「えっと……お願い、してもいいかな?」

「はい!」


元気に返事してくれた七絵ちゃんは、バッグからタロットカードを取り出した。

私の机にもある、青い箱に入ったトートタロット。自分では時々引くけど、やっぱり『占い』をしているかというと、まだまだおみくじ感覚でしかなくて。カードを何枚も広げて読んでいくのは、まだまだ無理かなぁ。


「ふふ。こうやって花ちゃんを占うのも久しぶりですね」

「うん、そうね。あの時に占ってもらって、ある意味人生が変わったけど、今度はどうなるんだろう。うー。緊張してきた」

「まぁまぁ、とりあえず、今は気を楽にしてて。カードを並べてから、また質問していくからね」

「はーい」


私の返事を聞いてにっこりしたと思ったら、すっと表情が変わり、カードをシャッフルしはじめた七絵ちゃん。カシャカシャというカードが混ざっていく音が、これから占いを始めるという雰囲気を作っていくみたいでドキドキしちゃう。

そうしている間に、一つにまとめられたカードを手にして、テーブルの上に並べ始めた。


「うんうん、そっか。えっと、花ちゃん」

「はい」

「あのね、この並んだ状態を見て、第一印象でいいから感じたことがあれば教えてもらっていいかな?」

「わ。それは……えっと」


テーブルの上に何かの形……十字?と横に並んだ……確か何かで見た有名な並べ方。そして出ているカードは、明るい色と、ちょっと暗い色があって、えっとえっと……。


「あ、そんなに頑張ってカードの意味を見なくてもいいよー。どんな感じかな?と思って。タロットの試験じゃないんだから、気楽に見てみて」


うーん。そう言われても、こんなにいっぱい……うーん。


「まとまりがない?」

「うん。どうしてそう思ったの?」

「楽しそうな綺麗な色のカードと、何だか辛そうな悲しそうなカードが両方出ているからかな」

「うんうん」

「それに、枚数が多くてよく分からない」

「あ、そうだね。花ちゃんは、まだ10枚並べたことはないかな?」

「うん、1枚がほとんどで、たまに3枚かな?」

「そっかそっか。ごめんね、ちょっと困らせたかな?えっとね、これはタロットを並べる形の定番で『ケルト十字』っていうんだけど、過去や未来、これからどうするかなどの複雑なことを占うことができる並べ方なんだ」

「ケルト十字」

「うん、そう。でね、これ、私が見ると、確かにまとまりが無いなって思うの。つまり、気持ちが揺れているとか、不安定とかかな。特に、未来への不安が強いって出てるの」


そう言って、カードを指で示してくれたけど、確かこれ……。


「月のカード、だったっけ?」

「そう、月。未来が夢の中のような不安定で、形になっていない状態。そうね、例えば、不安で眠れないとか、眠りが浅いとか、そういう時にも出てくるカードかな」

「不安で眠れない、かぁ。今まではそんなことはあまりなかったけれど、今日の話を聞いていたら、確かに今夜は寝つきが悪くなってたかも」

「うんうん。まあ、たまにそういう日もあるよ、ということでね、そこまでストレスで辛いという訳じゃないなら、あまり気にしないで大丈夫。ちゃんと今までは楽しく過ごせているし、今はちょっと立ち止まっているだけみたい」

「そんなことまで占いで分かるんだね」

「まあ、身近な関係だし、今までもお話聞いてたりするから、その記憶も若干反映されちゃうけど、カードはちゃんと出してくれるからね。でね、これからなんだけど」

「うん」

「えっと……花ちゃんのお母さんか、お姉さん…いないか、じゃあ年上のお友達かな?近々会う予定はある?」

「うーん。今のところはない、はず」

「そっか……うーん、じゃあやっぱり」

「うん?」

「あのね、アドバイスの位置に、ワンドのクイーンが出ているの」

「うん」

「これって、お母さんやお姉さんや、年上の女性、強い女性、働く女性などのカードなんだけど、彼女が何かキーパーソンになると出てるのね」

「うんうん」

「で、さっきの質問で、花ちゃんの関係者ではないということなので、……ということは、うちのお店の関係者で年上というと」

「いつもいらっしゃる奥様かな?」

「うん、そうとも考えられるし、それより私がイメージしたのは、うちのお母さん……今、実家に行っているんだけど、もしかしたらそろそろ戻ってくるかも」

「え。戻っていらっしゃったら……私、もう……」

「あ、すぐに花ちゃんをどうこうするつもりは無いって、お兄ちゃんもお母さんも言ってたから、それは大丈夫。ただ、お母さんが時々お店に出るかもしれないから、そこで何か影響があるみたい」

「……そっか」


今までは、人手が足りないから、と私が頼りにされたけれど、もともとお店を手伝っていらしたお母さまが戻られるなら、私は……でも、辞めなくていいと聞いても、それはそれでどうしていいんだろう。


「あのね、このクイーンと一緒に出ている、もう一枚のアドバイスカードなんだけどね」


七絵ちゃんの言葉に、顔を上げて、示されたカードを見る。


「えっと確か、カップのエース?」


エース。つまり、1番。カップのカードの最初の1枚。

前に出ていたのは、ワンドのエースだったから、またエースだ。


「正解!これは、嬉しい!わくわく!って豊かな感情を表すカードでね、それがワンドのクイーンと一緒に出ているってことは、この場合、うちのお母さんが『花ちゃんかわいい!お店にいてくれて嬉しい!』って思ってくれているみたいよ」

「えっ」


そんな。過大評価にも程がある。


「ふふ。私やお兄ちゃんも、時々お母さんに連絡する時に、花ちゃんのこと話してるからね。お母さんの好感度も高いはず!」

「え、ちょっとまって、そんな……は…恥ずかしい……」


思わず手で顔を覆ってしまったけど、七絵ちゃんの言葉は止まらない。


「だからね、安心して、今のまま、うちのお店で働いていてほしいの。今回戻ってきても、お母さんもいつまた実家に行くか分からないし、うちのお兄ちゃんと一緒に働いてくれる若い女性って、これから探してもなかなか難しいし、ね」

「あ、あの、七絵ちゃん」

「なんでしょうか」

「あの、今日の占いのこと、その……店長には内緒にしてもらえるかな?」

「それはもちろん。占いは、信用第一。望まない限り、誰かに結果を伝えることは無いから安心してね」

「うん……ありがと」

「こちらこそ、うちのお店のこと、お兄ちゃんのこと、いつも大切にしてくれてありがとう」

「え?」

「だって、言わないでってことは、仕事に不安を感じてるって、お兄ちゃんに気づかれたくないってことで、心配かけたくないってことでしょ?」

「う。はい……それも占いの結果?」

「うーん、それもあるけど、なんとなく?」

「なんとなく、かあ。はぁー。ダメだ、もうお酒飲みたい気分かも……」

「あらあら。花ちゃんでも、そんな時があるのね」

「緊張が一気に抜けてねー。もう、なんだろ、これ」

「なんでしょうね」


そうして二人顔を合わせて、同時に。

「タロット、凄いねぇ」

と言ったのでした。





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