第一章 エピローグ
――二週間後
無事、テストが終わった。
いや、テストの点数が終わったと言った方がいいだろう。
あれからテスト勉強なんかできるはずもなく、ただ悶々としていた。
「卓!」
「ん?」
こんな悪い結果では九重さんを誘えないと一人寂しく帰っていたところ、背後から幼馴染の一瑠の声がした。振り向くと、一瑠と……
「佐藤さんテストお疲れ様でした」
「うぇ!? こ、九重さん!?」
な、な、なんと九重里緒菜さんがいた。
今日も可愛いなぁ……さっきまで教室に一緒にいたんだけどな。
「たくっ、里緒ちゃんにだけ反応して……。アタシもいるんですけどー?」
「あ、ああ。一瑠がいるのはもちろん分かってるよ」
動揺して香坂と名字で呼ぶことも忘れる。
というか、一瑠が気をきかせて九重さんを連れてきてくれたのか! ありがてぇ!!
それから三人で話しながらちょっと歩いた頃、一瑠の足が公園を通過しようとした時に止まった。
「あれ? 佐原公園って今日イベントとかあった?」
一瑠の視線につられて佐原公園を見ると、平日にも関わらず、たくさんの人で賑わっていた。確かに、イベントでもないとこうも人は入らないよな。
「ね、気になるからちょっと行って見よっ」
「一瑠さん……!?」
「お、おい一瑠!」
俺と九重さんは一瑠に強引に腕を引っ張られ、人混みに紛れた。
人がもっとも集まっていたのは、公園の端っこに小さく佇む野外ステージ。ここはよく祭りのライブや紙芝居や演技など様々なパフォーマンスを披露する場として使われる。でも今日はそんな日だとは聞いていない。
なぜこんなにも人が集まっているのかはステージに上がってきた人物によって分かった。
「なっ……!?」
衣装に身を包んだ見覚えのある女の子三人がマイクを持ち、ステージに立った。
——なんでここにpastel*loverが……!?
「皆さんこんにちは! 私たち三人組ユニットアイドル—— 」
「「「pastel*loverです!」」」
天姫の挨拶に合わせてながらポーズをとる三人。その姿に「わぁ〜!!」と歓声が上がる。
「もしかしてpastel*loverのゲリラライブってこと?」
「わぁ! pastel*loverさん〜〜!」
「……」
隣の一瑠と九重さんも驚きながらも突然のゲリラライブに喜んでいた。
状況が飲み込めず、唖然とする俺に対して、まるでゲリラライブが初めから予定されていたかのように、スムーズに進んでいく。
「今日は私たちの知り合いがこの町にいるということで、サプライズで一曲だけですが歌わせていただきたいと思います!」
天姫の言葉に観客がさらに盛り上がる。
みんなあの国民的アイドルのpastel*loverが目の前にいるという興奮から内容はあまり気にしていない様子だ。
だが、俺は天姫の言葉に引っかかっていた。
この町に知り合いがいるとか聞いたこともないし、この野外ステージのことも教えたことはない。
仮にアポを取っていたとしても、少ながらず情報は漏れるはず。だってあの国民的アイドルがこんな小さな公園内でゲリラライブを開催するとオファーがあっなら、誰かに言いたくなるだろう。
ゲリラライブの情報は今日漏れたらしいが、発信元はどこだ?
そして本当に知り合いがいたのか?
もしくは、誰かが招いたのか?
そんなことを考えていると、ライブが始まろうとしていた。
「では歌います。パスラブの新曲、『恋はポップとビターのカフェオレ』」
軽快な音楽とともに、彼女たちが歌い出した——
◆
「「「ありがとうございました!」」」
一曲歌い上げたpastel*loverに大歓声と拍手が巻き起こる。中には「アンコール! アンコール!」と叫ぶ者もいたが、彼女たちはマイクを置き、宣言通り一曲だけで終わらせるようだ。
繊細な歌声と華麗なダンスで人を魅了するアイドルという存在。その中でも彼女たちpastel*loverは努力と技術が群を抜いている。
プロデューサーとしても観客としても改めて誇らしさを感じた。
そんなことを考えていると、つんつんと身体をつつかれる。見ると、隣の九重さんだ。
「どうしたの九重さん」
「今のライブ凄かったですね!」
「う、うんそうだね! 九重さんは生で見るのは初めてか」
「はい。やはり画面越しと生で見るとでは迫力が違いますね! ところで佐藤さんはpastel*loverの中で誰が好きなんですか?」
不意に投げられた言葉に俺は、笑顔のままビクリと震えてしまった。
質問自体は全然普通だ。推しは誰がと聞いているだけで、それ以外の意味はないだろう。
でも俺は、一瞬別の意味で捉えてしまった。
「お、俺は……」
俺の答えをワクワクしながら待っている九重さん。彼女はただ俺の推しが知りたいだけ。そう、ただ知りたいだけ……。
俺は重い口をゆっくりと開いた。
「……え、選べない。あはは、みんな選べないかなぁ〜」
「確かに皆さん素敵で迷いますよね」
変に追求しない九重さんに安心する。
助かったと思い、視線をまたステージの方に向けた。
——チラッ
一瞬、天姫と目が合った気がした。
桐花と雅が集まった観客に手を振る中、天姫だけが手を振るのを止め、俺がいる方向をじっと見ている。
——隣には初恋の子
——目の前には好意を寄せてくれる子
ふと、この二つの言葉が脳裏に浮かんだ。
たらりと冷や汗が流れる。
天姫の視線に釘づけにされ、俺は目を逸らす事ができなかった。
(ま、まさか俺に気付いたとか……? ないない。今は完璧に変装してるしな)
そう自分に言い聞かせつつ、天姫を見る。
「天姫ちゃんどーこ見てるの?」
「天姫、私からよそ見したらダメ」
天姫の腕に桐花が抱きつき、雅は天姫の顎をくいっと自分の方に向けた。
「ちょっと! 天姫ちゃんを独占しないでよー!」
対抗心を燃やし、後ろから天姫にハグする桐花。
「きゃー! 雅様〜〜!!」
「きりたん可愛い〜!」
「いやーん! 姫ちゃんどっちのものになちゃうの〜〜!!」
「尊い」
「百合ぃぃぃい!!」
会場がワッと盛り上がる。
そういや、雅と桐花がこうやって天姫を取り合うことをたまにやるけど、これ人気があるんだっけ? そういや、このシュチュエーションになるたびに、「アイラブ百合ぃぃぃい!!」と叫ぶファンもいたなぁ。
ぼんやりと考える。
桐花と雅に話しかけられたことによって、天姫の張り詰めたような雰囲気が和らいだ気がする。そのお陰でようやく視線を逸らす事ができた。
今度はさっきと反対側からクイクイと袖を引っ張られる。見ると一瑠だ。
「卓、ライブ見れて良かった?」
「あ、ああ。良かったぞ」
「そ」
——一瑠なら親父と親しいからゲリラライブを組み立てられる
いやいや、んな訳ないか。第一、一瑠がpastel*loverの誰かと知り合いじゃないと今回の依頼は受けられない。天姫の発言が本当ならそうだしな。
そう思いながら、俺はステージの彼女たちを見つめ、隣の九重さんを見つめた。
この初恋は、堕ちるか落とすか。
俺の初恋、彼女たちの初恋。進める権利も止める権利も自分にしかない。
俺は今回の経験からこう思った。
初恋とは、幸福で厄介で……恋する女の子は甘くない——と。
— 第一章 終 —
〈あとがき〉
第一章無事終わりました。ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます😊
次のヤンデレ図鑑の最後の方には第二章のヒントを箇条書きしたので、良かったら見てください。
第二章もよろしくお願いしますm(__)m
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