サミュエル・エドワルドの語り 

 ミラージュの話が終わった頃に、俺達の背後で声が聞こえた。


「う~ん・・・。」


振り向くと、俺の愛しい姫君レベッカが目を覚ましたようで身体を起こしてこちらを見ていた。


「やあ、目が覚めたかい、レベッカ。」


声を掛けるとレベッカが笑顔で返事をしてくれた。


「はい、お早うございます。サミュエル皇子。そして・・ミラージュ?」


そして俺達の御者台へ近づいてくると、傍に座った。レベッカの髪からは得も言われぬ良い香りが漂い、思わず胸が高鳴ってしまった。一体俺はどうしてしまったと言うのだろう?今まで多くの女性達から言い寄られ、言われるままに付き合っては見たものの長続きはしなかったし、自分から女性を好きになることなど無かった。なのに、アレックスに連れられて初めて俺の前に現れたレベッカを見た時、心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥った。そう、25歳にもなって恥ずかしいことに、俺はまだ17歳のレベッカに一目ぼれしてしまったのだった。


俺はミラージュと仲良さげに話すレベッカをチラリと見た。それにしても・・やはりレベッカは美人だ。初めてアレックスに連れられて俺の前に姿を現したレベッカを見た時に、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受けてしまった。

まるで平民のような地味なワンピース姿のレベッカは輝くような金色の髪に、神秘的な緑色の瞳の・・・人並み外れた美貌の持ち主だった。そんな彼女が何故アレックスから理不尽な扱いを受けているのか、俺には全く理解出来なかった。

俺にしつこく付きまとい・・・挙句に逆恨みしてきて自国を滅ぼしてしまったリーゼロッテ等足元にも及ばない程美しい容姿をしているのに、何故かアレックスは彼女を冷遇し続けている。全く理解出来ない。


 俺が夫だったら・・あんな酷い目に等絶対に合せないのに・・。だから俺は密かに心のどこかで祈っていた。

どうか、レベッカがアレックスと離婚してくれますようにと・・・。



****



 リーゼロッテが釈放されて・・グランダ王国へ戻る日が決定した時・・・俺は一計を案じた。あの女は稀代の悪女だ。きっとレベッカを邪魔に思い、何か悪さを仕掛けるに違いない。

だから俺は心に決めた。レベッカを守る為に国を出ようと・・・。どうせ俺には王位継承権など回って来る事は無いのだ。もともとガーナード王国には何の未練も無かった。レベッカがアレックスの妻だろうと関係ない。1人の友人として・・彼女の傍にいて見守ってやりたい、そう思っていた矢先にあの事件が起こった―。



 あの日―


 レベッカは待てど暮らせど、食事会にやって来なかった。


「遅いな・・・一体レベッカはどうしたのだろう・・?」


俺は空席のままのテーブルをじっと見つめて呟いた。


「う~ん・・・そうだな・・・一体どうしたんだろうね?レベッカは。」


ランスはのんびりした口調で言う。その言葉には少しもレベッカを心配しているようには思えなかった。大体この男は昔から策士だ。昔から権力には何の興味も無い素振り見せてきたが、それは全くの出鱈目だ。あいつは女の事しか頭にないアレックスをいつか必ず引きずりおろし、自分が王位を継ぐ事をもくろんでいる。そしてレベッカを自分の妃にする事を考えているかもしれない。


「俺はレベッカを探しに行って来る。」


ガタンと席を立つと、ランスが慌てた様に言う。


「ええ?待ってくれよ。探しに行くって・・・何処か当てがあるのかい?」


「当て?そんなものはあるか。だけど・・・。」


俺は部屋を飛び出し、愛馬に飛び乗ると既に日はすっかり落ちた森へと向かった。

以前リーゼロッテは俺に言い寄って来た子爵家の娘を拉致し、森へ捨ててきた過去がある。レベッカも同じ目に遭っているかもしれない。そして俺は1番中、レベッカを探す為に森の中をさまよっていた時に・・・突然天変地異が起こった―。




****


 大地の怒りが治まった後、いつの間にか馬を失っていた俺の身体は灰やスス、泥などですっかり汚れきっていた。それでもレベッカは見つからない。

森の中をさまよい歩いていると、遠くから女の声が聞こえてきた。


あの声は・・・?


不思議に思い、声の聞こえる方向へ歩き出した―。



「誰かーっ!助けてよーっ!」


あの耳障りな声は・・・。嫌な予感がしたが、俺はそのまま歩みを進めると、木の高い枝部分に身体が引っかかって身動き取れなくなっているリーゼロッテの姿があった。



「やあ、リーゼロッテ。随分長めのいい場所にいるな?」


下から声を掛けると、悪女の顔が嬉しそうに微笑む。


「まあ!サミュエル皇子・・そんな姿になってまでこの私を探しに来てくれたのですね?」


は?この女・・正気で言っているのか?俺はその声を聞くだけで・・反吐が出そうだと言うのに。


「降ろしてやってもいいが・・・リーゼロッテ。君はレベッカの居場所を知っているかい?知っていたら助けてあげるよ?」


するとこの女は恐ろしいことを言った。


「レベッカ・・?ああ、あの女ね・・。邪魔だったから私の愛人たちに頼んで簀巻きにして滝つぼから落としてやったわ。」


「な、何だって・・・っ?!」


途端に俺の中でリーゼロッテに対する激しい怒りが込み上げてきた。この女は・・・俺の女神を滝つぼに落としただとっ?!


「ああ、そうか・・・。」


それだけ言うと俺はリーゼロッテに背を向けて歩き出した。


「ちょ、ちょっと・・!サミュエル皇子っ!ど、どこに行くのよっ!助けてくれるんじゃなかったのっ?!」


背後でどんどんリーゼロッテの喚く声が遠くなっていく。もうあんな女など知るものか。この森は夜になるとハイエナがうろつき、危険な夜行生物が沢山出没すると言われている。運が良ければ生き残れるだろう・・・。


「いいや、絶対にレベッカは生きている。彼女が死んだりするものか・・・!」


滝つぼに落としたと言っているが、俺にはレベッカが死んだとは到底思えなかった。絶対に彼女は生きているに決まっている。何故か確信があった。俺は大地が崩れ落ち、足場の悪い地面を必死で歩き・・城を目指した。そして・・・見た。


ドラゴンに乗ったレベッカを―。



****


「・・・・ねぇ、聞いてますか?サミュエル皇子っ!」


「えっ?あっ!」


耳元でレベッカに声を掛けられて、俺は我に返った。


「ああ・・ビックリした、何だい?レベッカ。」


するとレベッカは笑顔で言う。


「はい、実はこの先にある『カタルパ』という村には名物レストランがあるんですよ。そしてその中のメニュー、<森の木こりの料理>が最高に美味しいんですっ!是非立ち寄りませんか?!」


「まあ・・・それはいいですね?」


ミラージュも嬉しそうに言う。


「よし、なら行こうっ!まずは『カタルパ』の村だな?!」


そして俺は鞭を振るって、馬車の速度を上げた。



レベッカ、俺は・・・君の願いならどんな事だって聞きいれるよ?


君の事が大好きだから―。





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