第621話 ムラムラ呪い

「ひぎゃ、た、助けて、い、痛いんだな! 僕のアレが、針で串刺しになったみたいに痛いんだなッ!」


 一体、何が起こったか分からなかった。

 だが、何かが起こった。あの黒い靄がキモーメンに触れた瞬間……


「ひ、ひい、ま、まさか! 呪いか?」

「そんな! 呪いなんて、そんなものがこの世に?」


 黒服たちが慌てて叫びだす。そして、誰もが否定しようとしても、その「まさか」を否定できずにいる。

 呪い……まさか、本当に?


「でも、何でキモーメンだけが? 俺たちはまだ平気なのに……」

「まさか……魔王ラクシャサに襲いかかったら? いや、むしろ……パイタッチしようとしたら?」


 パイタッチしようとしたら? そのフルチェンコの妙な洞察に黒服たちが即座に反応。


「では、オーナーッ! もしそうだとしたら……いえ、まだ確証は持てません!」

「そうです! 本当にパイタッチしようとしたら呪いにかかるかどうかは……やはり試してみないと!」

「しかし、呪いはそれだけじゃないかもしれません! パイをタッチするだけじゃなく、揉みしだけばまた何か別の呪いが発動するかもしれません!」

「オーナー、そしてヴェルト様、ここは我らにおまかせを! 我らが屍となりて、奴の呪いを暴いてみせましょう!」


 こいつら…………もう、建前ばかりで本音がものすごく分かりやすすぎる。

 でも、いいのか? 無闇にラクシャサに触れようとしたら何かあるかもしれないってのに。

 いや、こいつらのツラ……


Lカップ超乳を前にして何もせず黙って指をくわえているなど、我らにはできません! 今こそ、この命を捧げます!」


 もう、なんかあってもいいからとにかく飛びつきたいってことなんだろう。

 普段、女なんて見慣れているはずの歓楽街で働く黒服たちが、思春期入りたての中坊みたいなツラしてやがる。

 だが、そんな男たちが勇気?を振り絞ってラクシャサに飛びかかろうとした次の瞬間ッ!


「ぎゃああああああ、い、い、いてええええ!」

「急に股が、いや、こ、股間がッ!」

「千切れるうううっ! なん、いてええええ!」


 何人かの黒服たちがキモーメンと同じ痛みの症状を訴えて転がった。


「な、何でだ? こいつら、ラクシャサに触れてもいないのに!」

「パイタッチが呪いの発動条件じゃない? となると…………ッ!」


 その時、フルチェンコが倒れている黒服たちを見て何かに気づき、慌てた顔で俺を見てきた。


「ヴェルちゃん! お前は、あのオッパラミツのLカップを見ても何とも思わないのか? エロい気持ちにならないのか? 真中つかさのIカップを遥かに凌駕するあの超乳を!」

「は、はあ? なんだよ、急に……つか、さり気に百合竜の前世のカップを暴露してんじゃねえよ」

「いいから答えてくれ! ムラムラしなかったか?」

「………いや……そりゃ驚いたけど………まあ、これより二回り小さいとはいえ、それでも巨乳のエルジェラとかで慣れてるし………」

「なるほどっ!」

「っていうか、確かにここまでデカけりゃ目がいくが、元々巨乳派だったわけでもねえ俺的にはここまで突然変異な大きさは、そそられるというよりも普通に引く……」

「OK,エロエロと分かってきたぜ」


 そう、とにかくバカデカイというだけじゃ、俺は別に……。そういう意味では、エルジェラはただデカイだけじゃなくて、全てのパーツをあわせた総合力、あとは形とか柔らかさ! 少しはユズリハやクレオに分けてやりたいくらい……って、こんな状況で何でこんなアホみたいなことを! 

 と言おうとしたが、どうやらそれが重要だったのか、フルチェンコは他の『倒れていない黒服』たちを見た。



「今、立っているお前たちは、『ビッグバインインフィニティ』、『パイ脂肪率秘密♪』とか巨乳専門店の奴らだ……そして、巨乳に多少の免疫があるヴェルちゃんに、ムラムラよりも今はLカップに感動という感情が先行している俺っち……これが導き出す答えは一つ!」


「……おい、まさか……」


「そう、この空間内で我慢できないぐらいムラムラしちゃった奴が、股間に何か激痛を与える呪いに掛かっちゃうんだよっ!」



 な、なんだってー!……とでも言って欲しいのか? あまりにもアホ過ぎる呪いに、もはや俺も言葉も出ねえよ。


「だが、呪いの発動条件さえ分かっちまえばこっちのもん! 巨乳専門店、急いでローブを超乳魔王にかけるんだ!」


 呆れる俺を置き去りに、フルチェンコが即座に指示を出して黒服たちを動かす。

 黒服たちも「もう怖いもんはねえ」とばかりにローブを手にとって、ラクシャサの体を覆うとする。

 だが……


「しっかし、胸は胸ですごいか、肌もスベスベしてそうでキレーだな。ほれ、この頬っぺたをツンと触れれ……ぶはあっあふあ!」


 それはほんの少しだった。

 ラクシャサの肌が綺麗だと、その頬に指先を僅かにつつかせた黒服が、全身に痙攣を起こして泡ふいて倒れた。


「なっ、ちょ、何があったの?」

「やべえ、こいつ瞳孔が開いて……明らかに何かの毒だ!」

「まさか、この女に触れるだけでも何か呪いが?」


 ラクシャサの肌に僅かに触れてもダメ? その光景を目の当たりにした黒服たちが、怯えたように慌ててローブから手を離してその場から後ずさりした。

 もし、ローブをかけるときに、ほんの僅かでも肌に触れてしまったら? 


「おいおいおい、マジかよ。これもローブを外したことで起こる呪いの一つってか?」

「多分ね。あのイーサムって亜人がローブ越しにこの人を手刀で貫いてもなんも問題が起きなかったしね……まいったね……ローブをはがさないで、グルグル巻きにして拘束しちゃえばよかったね」


 本当だ。ちょっとラクシャサの素顔見たさに、安易にローブを外してしまったこのザマだ。

 ムラムラしてもダメ。触れてもダメ。じゃあ、どうすりゃいいんだ?

 こいつの肉体に触れないようにローブを掛け直すしかねえのか?


「しゃーない……感覚遮断されて、肉体に触れられもしないなら………意識の世界で戦うしかないね……」


 その時、何か観念したかのようにフルチェンコが溜息つきながら前へ出た。


「フルチェンコ?」

「見せてやるよ。そっちが感覚共有魔法なら、こっちは妄想共有魔法! もう、この超乳魔王を赤らめて動揺させて、思わず魔法を解いちゃうようなすごいエロスを叩きつける!」


 何か、自信に満ちた笑みを浮かべ、人差し指と中指の間に親指を通して頷いてくるフルチェンコ。

 次の瞬間、フルチェンコは、全身の感覚を遮断しているラクシャサに向かって、光る何かの魔法を放った。


「エロイムエッサイムエロイムエッサイム!」

「おい、お前、もっとまともな呪文の詠唱はねえのか?」

「おだまりな、ヴェルちゃん。俺っちは今、エロの精神世界に飛び込む。俺っちのエロ妄想を魔王の脳内に鮮明に送り込む! さあ、まずは触手ハードプレイ――――――」


 と、その時だった! 


「ッ……こりゃー、想像以上だね……魔王様」

「おい、どうした、フルチェンコ。顔が真っ青だぜ?」


 ほんの一瞬。フルチェンコが魔法を使って一秒も経たないうちに、フルチェンコの全身がゾワッと鳥肌が立ち、滝のような汗が滲み出た。


「誰もがドン引きするような俺っちのエロ妄想にも心の中で波風一つ立たせてねえ………サバトなんてグロイことやっているだけあって、この魔王様……ハードエロに免疫があるっ!」


 …………それは、凄いのかどうかよく分からんが、こいつが言うなら相当なんだろう…………

 まさか、フルチェンコのエロ世界に着いて来れる奴が居るとは。

 いや、それだけじゃねえ。


「そして更に…………すまねえ、ヴェルちゃん…………」

「フルチェンコ?」


 全身から脂汗を出して体を震わせるフルチェンコ……明らかに何かが……


「エロ妄想したせいで……俺っち、極限にムラムラしちゃった………て、てへペロ……」

「……はっ?」

「だから……すまん、ヴェルちゃん………うごああああああ! 股間に猛烈な痛みいいいいい!」


 あっ、そっか…………さっき、フルチェンコが自分で言ってたんじゃねえか。

 この空間内でムラムラした奴は呪いにかかるって……


「って、アホかテメエ! なんで普通に自爆してんだよッ!」

「「「「「オーナーッ!」」」」」


 やばい、アホすぎる! アホすぎて、結構ピンチな状況なはずなのに、全然緊迫感がねえ! 

 だが…… 


「……ッ! ……?」


 その時、俺自身にも何かが! の、喉が……うまくしゃべれな……


「あ? ヴェル、さ……あ、で? うっぷ、あ、あああ!」

「しゃべ、お、なか、いたい……さむけ……」


 俺だけじゃねえ! 他の残された黒服たちも急に言葉を喋れなくなり、それに体調もどこかおかしい。全身に寒気がする。何だか腹も痛くなってきたし、頭もボーっとする。

 なんで? 俺たちはムラムラしてもないし、ラクシャサに触れてもいないのに、何でだ?


『一定の時間以上……一定の範囲内に此方こなたと共に居る……』


 ッ! 誰だ? 誰の声だ? 急に頭の中にテレパシーのように……


『ただそれだけで体調に異常をきたす……敵も味方も問わず……それが、此方の呪い……数ある呪いの一つ』


 この声……頭の中に響く寂しそうな女の声……


『女として生きるどころか、触れられることも、同じ空間に存在するだけでも相手を不幸にする…………あらゆる生命を冒涜し、禁呪に手を出し続けた果てに辿りついた……害そのものの存在……それが此方だ……ヴェルト・ジーハ……』


 全ての感覚を遮断しているラクシャサには、今の自分に何が起こっているか、回りの状況がどうなっているかも分からないはず。

 しかし、それでも自分の存在がどのような状況を作り出すのかを完全に理解していたかのように、狙い済ましたタイミングで、ラクシャサの声が俺に、そして俺たちに響いた。


『此方が声を発さぬのは無口だからではない。呪いの副作用により、一定の言葉以上声を発することが出来ないのだ……ゆえに、此方は呪文の詠唱以外はほとんど言葉を発しない……』


 テレパシーで伝えられるラクシャサの声。自分のことを語……って、それどころじゃねえ!


『おい、テメエがラクシャサか? テレパシーか?』

『………………………………』

『テレパシーで俺の声も聞こえねえか? あと少ししたら、イーサムが暴れちまうんだよ!』

 

 俺は、声を発せない代わりに心の中で大声で叫んだ。今、敵も味方も含めてこのままだったらまずいことが起こると。

 だが、ラクシャサは淡々としていた。


『っておい! 聞いてんのか? イーサム暴れちまうぞ? お前もやばいぞ? おいっ!』

『状況は全て把握している。たとえ、此方の感覚を全て遮断していようと』

『えっ…………?』


 俺が必死に叫んでいると、呆れたようなラクシャサの声が聞こえた。遮断しているのに聞こえる?


『喋れぬ此方はテレパシーで意思相通する。ゆえに、テレパシーで人が心の中で思っていることも分かる。だからこそ、先ほどの汝等の痴態も理解している』

『んな!』

『当然、汝の考えていることもな、ヴェルト・ジーハ…………。例えば、此方の乳房は大きいだけなのに対して、エルジェラ皇女の乳房は大きいだけでなく―――――』

『分かった、信じる! 信じるから! だから、まずはイーサムが何かしちゃう前に、まずはどうにかしてくれよ!』

『ユズリハ姫らにも少しは分けてやりた―――――――』

『ごめんなさい! 御願いだから、俺の心の中を報告しなくていいから!』


 場は誰も言葉を発せずに無言のままなのに、俺はただひたすら恥ずかしくてよがり狂ったり、頭を下げたりと……なんか……屈辱だった。





――あとがき――

お世話になっております。


最近気分転換に【小説家になろう】で、新しい作品書いたのが日間ファンタジーで1位を取れちゃいました。


執筆のモチベーションあげるために気分転換も必要なので許してください。


ご興味ありましたら、是非に!



『戦犯勇者の弟妹は100倍パワーの超人魔戦士~人類に家族の責任を取らされて追放されてるけど、弟妹の方が勇者より才能あるけどいいの? いらないなら魔王軍がもらいます』

https://ncode.syosetu.com/n3457ht/

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