第577話 男子会
日が落ちて、一日の仕事を終えた労働者たちが、満ちたりた笑みを浮かべながら、仲間たちとテーブルを囲んで乾杯している。
賑やかというよりは、少々やかましい。しかし、酒場でやかましいというのは、商売繁盛を意味する。
王都の酒場は、本来であれば飲食店である「とんこつラーメン屋」の商売敵とも言える。
だが、両店舗の間にはそのようなライバル意識はなく、むしろ一次会を酒場で飲んだ客たちが、締めのラーメンを食いに行くという循環が出来上がっており、関係は良好。
何より、この酒場は幼馴染の実家でもあり、ガキの頃からよく顔は利く。まあ、実際にここで飲むことはねえけどな。
「おっ、ヴェルトじゃねえか。よく来たな」
「おう、おっちゃん。バーツたち居るか?」
「ああ。二階席に来てるぜ。しっかし、本当に今日はスゲー日だな。ウチの息子含めた『三人の勇者』と『世界を支配した男』の飲み会だからな」
よく見知った酒場のマスターは、バーツの親父さん。
本来、人類大連合軍に選ばれたり、ましてや光の十勇者に選出されるような奴は、家柄だって普通とは違う。
しかし、そんな中でバーツだけは酒場の親父の息子という平民。
だから、親父さんも鼻が高いだろうな。
だが、そんな最高の孝行息子だが、親父さんには最近息子に一つの悩みがあるようだ。
今回、俺がここに来たのもそれが目的だったりする。
「頼むぜ~、ヴェルト。この間、あのバカ息子があんまりにも鈍感発言したってことで、サンヌお嬢さんのお父上の商会長さんが、ものすごく怒っていてよ。だから、キツく叱ってやってくれよ」
「ったく、メンドクセーな。どうして、男の勇者は揃いも揃って、こういう奴らばっかなんだよ。つうか、相談相手間違ってるってのに」
俺は、少し憂鬱な気分になりながら、酒場の階段を上がっていく。
すると、これだけ客足が絶えない店だというのに、二階だけはガランとしていた。
木製のテーブルや椅子がいくつも並びながらも、客が座っているのは、奥隅の一角だけ。
そこには、三人の男たちが座っている。
まあ、流石にこの三人がこの酒場でメシを食うというのなら、二階フロアの貸切ぐらいの気を使わないといけねーよな。
「やあ、ヴェルトくん。こっちだ」
「おう、おせーぞ、ヴェルト」
「もう料理は頼んでいるけど、まずは乾杯をしようか」
そこに居た三人。簡単に説明するなら、俺の嫁の兄貴と幼なじみ二人。
しかし、プロフィールを詳細に説明するなら、こうだ。
「君も忙しいのに時間を取ってもらってすまないね、ヴェルトくん」
アークライン帝国の王子にして、人類が誇る光の十勇者の一人。真・勇者ロア。
「そうだよな。姫様やら姫さんが帰ってくると、お前も忙しいんだろうな」
エルファーシア王国の騎士団所属。光の十勇者の一人。炎轟バーツ。
「でも、このメンバーで飲むのは初めてで、何だか新鮮だよね」
エルファーシア王国の最年少騎士団長。光の十勇者の一人。風閃シャウト。
「んで? 勤労と家族サービスをしなけりゃいけない一家の大黒柱を呼び出して、人類の誇る勇者三人衆がこの俺になんつう相談しやがる」
そんなメンツ三人に呼び出された俺は、この三人からのあまりにも下らない相談を持ちかけられた。
今朝、アルーシャと街を散歩していた頃に、ロアから頼まれた恋愛相談。
すると、まるで示し合わしたかのように、バーツとシャウトまで便乗し、結果、こうした「男子会」が開かれることになった。
「ごめんね、でも、恋愛相談なら、幾多の女性をも虜にし、そして幸せにしている君しかいないと思ったんだ」
「最近さ~、サンヌがスゲエうるせーんだよ。意味なく怒ったり、泣いたりでさ、あいつが何考えてんのか全然分からなくてさ~、それで親父や商会長にもメッチャ怒られてさ」
「僕は単純に、僕自身の恋愛を進展させるため、君に色々学びたいなと」
そう、イケメン勇者三人衆の恋愛相談! 何でだよ!
「お前ら、三人とも勇者だろうが。勇者が恋愛相談するなよな? 勇者ってのはとりあえず、魔王でも倒せば好きな女と結ばれるんじゃねえのか? つうか、何がわからなくて悩んでるんだよ」
「女性の気持ちが分からないんだ」
「女がなに考えてんのか分かんねーんだ」
「女性と親しくするにはどうすればいいか分からないんだ」
その瞬間、こそっと酒場の店員が音を立てないようにこっそりと俺の前にコップをおいてコソコソ立ち去った。
その表情が、ものすごく笑いをこらえているのが分かった。「勇者もお子様ね」なんて表情だ。
そして、俺は俺で、ものすごくめんどくさいというよりも、くだらねえという気持ちの方が強くなった。
「まずは、僕からいいかい? 僕の場合は、僕自身の恋愛相談ではないんだけどね」
そんな中、まずはロアが少し身を乗り出して話してきた。
「僕の幼馴染にヒューレという娘がいる。十勇者の一人で、君も何度か会っている」
「ああ。あのジャレンガに殺されかけた女か」
「お、覚え方………いや、まあ、いい。そう、彼女はね、小さい頃から一緒でね、僕にとってもかけがえのない大切な人なんだ。だから、戦争が終わり、ようやく平和な世界になった以上、彼女にも普通の女性としての幸せを掴んで欲しいと思ったんだ」
「ほうほう。それで?」
あんまりハッキリとは覚えてないが、これだけは覚えている。
明るく活発的な女で、恐らくはロアにベタ惚れということだ。
なんだ、こいつも満更じゃねーんだったら、もうどっちかが告れば解決じゃねえか。
「だから、彼女が幸せになれるよう、僕が信頼できる男性たちを見繕って、彼女にお見合いを勧め―――」
「はい、お前がバカ! 以上!」
「――めて、結婚したらどうだと………って、ヴェルトくん、まだ話の途中じゃないか。それに、なんでそんな酷いことを言うんだい!」
俺は、持っていたコップを力強くテーブルに叩きつけて、一言で終わらせた。
「な、なんでだい? ヒューレには力の限り殴られるし、……もうそれ以来、女性の気持ちが分からなくて、僕の何が悪かったのかと………結婚なんて、彼女自身が決めることなのに、余計なお世話をやいてしまったのかと………」
いや、だって、誰が聞いても「お前、ばか?」な話だろうが。
言ってみれば、俺が、幼馴染でガキの頃からずっと一緒に居た、フォルナやウラに「お見合いして、結婚したらどうだ?」って言うようなもんだろ?
そんなこと俺があいつらに言ったら、多分あいつら発狂するぞ? そして最後は俺がぶっ殺される。
つまり、ロアの野郎はそれだけのことを言ったってーのに、自覚してねえ。
もうそれは、バカしかないだろ。
「お前がその女と結婚すりゃいいじゃねえか。その女もお前に惚れてんだろ?」
「何を馬鹿なことを。僕と彼女は幼馴染だよ? そして僕のかけがえのない人だ。そんな彼女を僕のような血に汚れた―――」
「はい、一生仲直りできない。以上」
「そんな適当に言わないでくれ! これでも僕は、君の義兄になるんだよ?」
無理! 以上!
「もういいや。んで、バーツは?」
「ああ。あのさ、サンヌのことなんだけさ、なんかあいつが最近俺に、弁当を―――」
「チューしてやれ。以上!」
「……って、まだ何も話してねーのに!」
俺自身、嫁が六人………いや、七人か。と言っても、俺自身が恋愛マスターってわけでもねえ。
でも、そんな俺でも、こいつらほど酷くはねえと思う。
「んで、シャウトは?」
「ああ。ホークのこと―――」
「押し倒せ。以上」
「もっと仲良くなりた……って、ヴェルト!」
それにしても、ロアだけじゃなく、まさかバーツとシャウトもここまで酷いとは思わなかった。
こいつら、拗らせた中学生か?
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