第547話 思い出話・そしてまた尻

 すごくショック受けてるけど、今は逃げないと。

 でも、俺もペットもクレオも全員縛られてるから逃げれない。

 馬車から飛び降りるか? でも、そこから逃げるには、やっぱりこの縄を、そしてクレオは手錠とかをどうにかしないと。



「ねえ、ヴェルトくん、どうすればいいかな?」


「ペットは魔法使えないのか? ドカーンやるの」


「無理だよ~、杖もないし、手が使えないから魔法も放出できないし。スゴイ人は、魔導兵装みたいに体中から魔法を放出できるけど、私なんかじゃ全然そこまでできないよ~。まだ、杖や手のひらから魔法を出すしかできないの」



 だよな。

 クレオの方は俺たちよりももっと酷そうだし期待できない。

 となると、俺とペットでどうにかするしかない。

 でも、俺は魔法なんて一つも使えない。

 ペットもこんなにグルグル巻きにされたままだと魔法使えない。

 そうなると、この縄をどうにかするしかない。


「どっかに引っ掛けて、この縄を切れないかな?」

「うん、私も何度も試してるけど、できないよ~」


 馬車の中にある、たくさんの荷物。

 木箱。塩や胡椒の袋。小麦粉の袋。卵。肉や果物。あとは壺とか、雑貨とかだ。

 ハサミとかないかな?


「ふぁふぉうひんふぁ、んへはへんほひら(魔法陣は、書けないかしら)?」


 その時、落ち込んでいたクレオが顔をようやく起こして何かを言ってきた。

 なに?


「ふぁふぉうひんふぉ(魔法陣よ)!」


 ダメだ。全然何を言ってるか分からない。小便の時はジェスチャーで分かったけど……

 ん? そうだ、ジェスチャーなら……って言っても、俺たち手足をうまく動かせないし……


「~~~~っ! ふぁふぁふぁひ(あなたたち)!」


 そのとき、両手を縛られている状態なのに、壁に体重を預けながら、クレオが揺れる馬車の中でなんとか立ち上がっていた。

 どうしたんだ? 何かあるのか? 

 すると、クレオは俺たちに背中を向けた。

 どうするか分からない、だけど、猿轡を噛んているクレオの口は、物凄い怒ってる? 噛み切りそうなほど、ギチギチと歯が食い込んでいる。


「ぐっ、ふぉの、ふぉふぉふぃふぁあふぃふぁふぁふぃふぁ、ふぁんふぇふぉふぉを(この誇り高き私が、なんてことを)……ふぉふぉふぃいふぉふふぃっふぉうふぁふふぇあいふぁ(この屈辱一生忘れないわ)!」


 どうする気だ? すると、クレオは………


「(ま・ほ・う・じ・ん)! (ま・りょ・く・を・ゆ・か・に・あ・つ・め・て・ね・ん・じ・て・ま・ほ・う・じ・ん・を・せ・い・せ・い・し・な・さ・い)! (そ・う・す・れ・ば・しょ・う・き・ぼ・だ・け・ど・な・わ・を・き・る・ぐ・ら・い・は・で・き・る・で・しょ・う)? (か・ぜ・ぞ・く・せ・い・の・か・ま・い・た・ち・の・ま・ほ・う・じ・ん・を・つ・く・り・な・さ・い)!」


 クレオは何を俺たちに伝えたいんだ?

 クレオはお尻をフリフリ振りながら、踊ってるみたいだ?


「姫様? って、姫様!」

「……うわ」


 クレオ。何をやりたいのか分からないけど、さっき俺がお前のパンツ脱がしたままで、穿かせてないんだぞ?

 そんなお尻丸出しで、何でお尻踊りしてるんだ?



「な、なあ、ペット。こいつ気づいてるのか?」


「多分、忘れてるよ~。ヴェルトくん、見ちゃだめ! 姫様にも内緒だよ! これ以上、姫様は耐え切れないよ~!」


「ふぁふぁふぁっふぃ(あなたたち)! ふぁふぃふぉふぉっふぉふぃふぁふぁふぃふぇふふぉ(何をコッソリ話してるの)? ふぁんふぉふぃふぁふぁい(ちゃんと見なさ)!」


 

 なんか更に怒ってるよ、こいつなんなんだよ。


「ペット、なんか見ないと怒られるぞ?」

「うう~、わからないよ~、姫様が何を仰りたいのか」


 そうだよな。あんなにお尻を使ってクイクイ動いて、お尻でも見せたいのか? 

 それか伝えたい? あっ、……ジェスチャー? お尻使ってジェスチャー?


「あっ! 尻文字か!」

「コクりッ!」


 俺がそう言うと、クレオは物凄い勢いで頷いた。

 

 

「ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、お、おしり文字ってなに?」


「ケツで字を書いて、何を書いてるか当てる遊びだよ。罰ゲームでもやったりするけど、クレオのやつ、この遊び知ってたんだ。俺もよく、シップたちとその遊びやってるし」


(下僕を屈服させるために、目の前でやらせていたけど、まさか自分でやる日が来るなんて………助かっても死にたいわ………それか、この二人を口封じ……)



 あ~、なるほど。そういう伝え方があったのか。

 でも、ペットは信じてないな。


「そ、そんなはずないよ。姫様は、そ、そんなお下品なことなさらないもん!」

「だって~、それしか考えられねーし」

「ウソ! きっと、えっちなヴェルトくんがウソついてるだけだよ!」

「ちがうよ~、ぜってー尻文字だって! クレオも頷いてるし!」

「違うよ! あれは、ヴェルトくんが変なこと言うから怒っていらっしゃるだけだもん!」


 う~ん、でも尻文字に見えるんだけどな~。

 あっ、そうだ! それなら……


「じゃあ、クレオ、試しに練習でやってみようぜ?」

「……ふぇ?」

「ヴェルトくんどういうこと?」


 そう、試しにやってみせればいいんだ。


「先に何書くかを決めとけば、本当にそれを尻文字で書いてるかどうかわかるだろ?」

「そ、そうだけど……」

「よーし、じゃあ、やるぞ? いいな、クレオ?」


 そう言うと、クレオはさっき以上に猿轡をギチギチ噛みまくってて、今にも爆発しそうなほど何か怒ってるように見える。

 でも、それやんないとペットも信じてくれないし、クレオももう諦めてるみたいだ。

 よ~し、それじゃあ……



「いくぞ~、じゃあ、はい、はい、はい、はい! クレオの名前はど~書くの♪」


「~~~~~~~~っ! ふぉ……ーふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こ………こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」


「ほらー、今、ク・レ・オッて書いたぞ!」



 スゴイやけくそになってたけど、間違いない! ちゃんとクレオは書いた。

 両手足縛られて、揺れる馬車の中で、パンツも穿かないで尻文字なんて、こいつやるじゃん!



「う。う、うそだよ、ひ、ひめさま、が、あ、暁の覇姫と呼ばれたクレオ姫が! 未来の大英雄とまで言われている御方がそんなことなさるはずないもん!」


「ぜってーそうだよ! じゃあ、次な。はい、はい、はい、はい! チェーンマイルはど~書くの♪」


「~~~~~~~~っ! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」



 間違いない! ちゃんと書いた! スゲーやこいつ!



「なっなっ? じゃあ、次はペットもなんかやってみろよ?」


「え、えっ? そ、そんな!」


「ほら、俺の真似してやれよ~!」


「じゃ、うう~~、は、はい、はい、はい! で、では、ぎょ、暁光眼ッてどー書くの? ですか!」


「おふぉえふぇふぁふぁい、ふぇっふぉふぁふぉーふ(覚えていなさい、ペット・アソーク)! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ(こー書いて、こー書いて、こー書くのッ)!」



 すごい! なんか難しそうな文字だったけど、ちゃんと尻で書いた!



「ふぉう(どう)ッ! おふぇれふぁんふぉふふぁふぃふぁ(これで満足かしら)! ふぉえふぇふぁんふぉふふぇふぉう(これで満足でしょう)! ふぉふぁえあふぁい(答えなさい)! もふ、ふぃっふぉふぉほろふぃふぇ(もう、いっそのこと殺して)………」



 でも、これでハッキリしたことで、なんか逆にペットがショック受けてる。


「そ、そんな、あの誇り高い姫様が、お、お尻文字なんて………」

「でも、こいつ上手かったぞ? 俺、ちょっと見直した。こいつにこんな特技があるなんてな」

「で、でも~~~! わ、わたしたち、こ、殺されちゃうよ! お尻丸出しの姫様のお尻文字なんて!」


 あっ……馬鹿………


「………………………ふぇ?」


 ほら、こいつそのこと気づいてなかったのに!


「ペット!」

「あうっ! ひ、姫様!」


 ほら、あいつ呆然として固まっちまったじゃねえか。


「……ふぁいふぇふぁい(穿いてない)……………」


 あっ、とうとうバタンって倒れた。

 床にすごい勢いで頭ぶつけたぞ! 大丈夫か?



「……ふぃふぉう(死のう)……………………」



 あっ、ヤバイ。もう全てを諦めてるような感じだ。ぜつぼー、ってやつをしてるみたいで、もう何もかもがどうでもよくなってる感じだ! これ、どうするんだ?


「どど、どど、どうしよう、ヴェルトくん! こ、このままじゃ、姫様が!」

「そんなこと言ったって」

「どうしよう、わ、私の所為で、私の所為だ。ひっぐ、ぐす、ひ~~~~~~~ん」


 あ~、もうペットまで泣いちゃったし! これ、どうすりゃいいんだよ!


「と、とにかく励ませばいいんじゃないのか?」

「励ますってどうやって? できないもん! 姫様がどれだけ恥ずかしい思いをされたか、ヴェルトくんには分からないもん!」

「わかんねーよ! でも、とりあえずなんかやんないとダメだろ?」


 俺たちが助かるためには、こいつが何を伝えたかったのかを知る必要があるんだ。

 だから、こいつにはもっと頑張ってもらわないとダメなんだ。

 とりあえず、励ましたり、褒めたりするんだ。

 フォルナはよく「ヴェルト、女性を励ますときには、ソっと傍に近づいて、褒めたりするのが高ポイントですわ。例えば、ワタクシの髪の毛とか、服装とか、アクセサリーでもよろしいですわ?」

 よし、褒めるんだ!



「なあ、クレオ………すごい可愛い尻だったぞ?」


「…………ッ!」


「ヴェル゛ドグンっ!」


「ほんとだぞ! えっと、王都の酒場で『ねーちゃん良いケツしてんじゃん』とか、よく酔っ払ったおっさんが言ったりしてるけど、お前のも良かったぞ!」


「………………ふぉろふ(コロス)……………………」


「ヴェルドグンもうダメダヨオオっ!」



 あれ? ダメか? もう、物凄いプルプル震えてるけど? 恥ずかしがってんのかな?



「本当だって! ほら、俺、多分生まれてから今までで一番女の子の尻を触ったのはお前だから、間違いないって!」


「………………ふぁにふぁよ(ナニガヨ)」


「お前、チビでお漏らしだけど、自信持っていいぞ!」


「………ふぃふぁふぁの、ふぃふぃおんいっう、ふぁうれあいふぁよ(貴様の、これまでの一言一句全ての行い、全ての恨み忘れないわ)?」



 おお、体に力が入ってきてる! 良かった、褒めたから元気出たんだな? フォルナの言ってることも、たまには役に立つんだな! 


「ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、なななな、なんでごどを~~~」


 でも、ペットは怖そうに泣いてるし。なんでだろう。これでこいつももう一度やる気をだしてくれそうだし、一安心だろ?



「ングルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

(これほどの辱めを受けてはもう生きてはいけない。だからこそ! こいつを殺して私も死ぬ! その時まで、死んでたまるものですか)!」


 

 しかも、なんか、パワーアップしてる?




――あとがき――

ご安心を。次からはまたシリアスに入ります。尻assじゃないっすよ?

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