第542話 うろたえる

 映像が途切れた瞬間こそ、勝機だ。

 そうすりゃ、こんな虚弱の世界の女ぐらい、一瞬で背後に回り込んで気絶………


「愚か者が」

「………ッ!」


 き、消えた?


「どこを狙っている?」


 その声は、俺の背後から? 回り込まれた? 一瞬で?

 

「馬鹿な! 空気の流れでも分からなかった!」

「空気の流れ? それは感覚だろう? その身に感じる空気の流れを、幻覚ではないかと何故思わない?」

「な、にいっ!」

「言ったはずだ。お前はもう、何が現実で幻覚かも分からないと」


 っ、なんてこった! 俺の空間把握も通じないってのか? じゃあ、俺が今、感じてるもの、聞こえてるもの、見えてるもの、その全てが幻覚かもしれねーってことか?


「そして、私自身は正面から戦えば大したことないと言ったが、果たしてそうかな?」

「ッ!」


 次の瞬間、慌ててその場から飛び退いた俺を追撃するかたちで、メロンが俺に向かって飛び、距離を詰めて来た。

 慌ててカウンター気味に殴る俺の拳は空を切り、その瞬間、俺の顎にメロンの掌打が………


「がっ、はっ、のやろうっ!」

「なんと乱暴で醜い戦い方。それが原人の、クズの領域」


 どういうことだ? 俺の拳が、蹴りが、全て見切られて、いなされている。

 こいつ、拳法でも使えるのか? それとも、これは全部幻か? じゃあ、このあしらわれながら返される、腹に、顎に、顔面に貫く痛みはどっちなんだ?



「ちょ、お、おいおいおいおいおい! う、嘘だろッ! あのヴェルトがッ!」


「あ、あの、あの殿が……ぐっ、おのれええ、拙者がたたっ斬ってくれるでござる! 拙者の旦那様になにするでござるか!」


「ウソ、でしょ? 七大魔王や四獅天亜人、光の十勇者にだって負けない、ヴェルトくんが……って、ムサシちゃん、危ないって! ムサシちゃんまで巻き込まれたら、それこそ一大事だから!」



 ニート、ムサシ、ペットからはどんな現実が見えてるんだ? 俺がボコボコにされている現実か?

 それは分からねえ。だが、一つだけ言えることがある。



「カカカカカカカカ、おっそろしーねー、メロン代表。ウゼーぐらいにな」


「あの性悪ヴェルトが、ここまで」


「あのお兄さん、にゃっは強いのに、手も足も出ない」



 そう、このメロンとかいうやつ………………強いッ!



「どうした、口数が少なくなってきたな、ヴェルト・ジーハ。所詮お前はその程度。半端な男。半端な愛。半端な誓い。最早、見るに耐えない」


「ごぼはっあああ!」



 ッ! メロンの手刀が俺の心臓を貫いて………



「つうああああああああああっ!」



 俺の両手足を切り刻んで………



「――――ッ!」



 最後に、俺の首を切り落とし………



「ッ、はあ、ぐっ、は、はあ、はあ、はあ」



 ………ある………手も、足も、首も、心臓も………これも全部幻覚か………クソ。

 気づいたら地面に片膝ついてやがった。この俺が………



「クソ、舐めやがって」


「舐めている? これほどの実力差で、対等に扱ってもらえると思っていたのか?」


「あんだとっ!」


「確かに私は今、お前の心臓を貫き、手足を切り落とし、首を切り落とす………そういうイメージを植え付けた。だが、それは確かに幻覚だったが、現実だったらどうなる?」


「ッ!」


「分かったか? 別に、映像を使わなくても、私は実際にそうすることもできたのだ。つまり私は……お前をいつでも殺せるということだ」



 ゾクッとした。

 この、奇怪なメロンの被り物をした女。別に、舐めていたわけじゃねえが、こんなことになるなんて思わなかった。

 気づけば、店内はそれほど荒れちゃいない。

 周りにいる女どもが、クスクス俺を哀れんだように笑っているだけで、店は何も壊れちゃいないし、争った形跡もそれほど酷くない。

 つまり俺は、最初からこの女の手の平で踊らされている……



「この、クソ女が………ッ!」


 

 くそ、ふざけんな。こんな女に、このままコケにされて終われるかよ。

 だが、どうする? まさか、SFな銃とか、スーツとか、そんなんじゃない技術でこうも圧倒されるとは思わなかった。



「で、口汚くわめいてどうする?」


「つおっ!」



 ッ! お、俺は今、この女がちょっと前へ踏み出しただけで、後ろへ下がっていた………



「どうした、恐ろしいのか? この私が」


「ざ、ざけんな! 誰がテメエなんかに! イーサムたちに比べりゃ、テメェなんかにビビれるか!」



 嘘だ! 俺は今、紛れもなくビビった! くそ、何で俺がこんな女に………ふっざけんなっ!


「怯えるのは無理もない。この店に入った時点で、お前は私のフィールドに足を踏み入れたも同然。勝てるわけがない」


 だが、その時、一個俺は気づいたことがあった。

 店が、こいつのフィールド?


「初めてお前をテレビで見たとき………クラーセントレフンの世界との歴史的な会合に胸が高鳴った。しかし、あの晩餐会で、お前の妻六人発言で一気に殺意を覚えた。なぜ、こんな男が! と。そう思わないか? ペット・アソーク」


 店がこいつのフィールド。それはつまり、この戦い方はこの店の中だけ?

 そうだ。映像を使って俺を振り回すってことは、その映像をなくせばいい。

 そして、映像を流すとしたら? カメラ? パソコン? それは分からねえが、機械を使ってるはず。

 なら、その機械はどこにある? この店のどこかに設置されている。もしくは、この店そのものがそうか?


「ペット・アソーク。こんな口だけの男は見限れ。忘れろ。切り捨てろ。罵倒しろ。見下せ。貶せ。地獄へ落とせ。それほどの罪をこの男は背負っている」


 なら、もしこの店が無くなれば………



「か……勝手なことを言わないで下さい!」



 その時、ちょっと考え事をしていた俺の耳に、ペットの叫んだ声が聞こえた。


「確かに、ヴェルトくんは意地悪です! 女の子にも優しくないし、露骨に贔屓するし、乱暴だし、え、エッチなことだって隠さないし、空気あんまり読めないし!」


 って、おいおいおい、ペット! お前、それ、フォローじゃなくて俺を貶して………


「だけど! ………だけど、そんなヴェルトくんは、魔王軍に侵略される帝国の危機に駆けつけ、帝国を、私たちを、姫様を救ってくれた! 光の十勇者がジーゴク魔王国に惨敗した絶望の中に現れて、再び人類に光をもたらしてくれた! 人間なのに、多くの魔族にも亜人にも慕われて、戦争の局面を一気にひっくり返した! 聖騎士の手に落ち、世界がヴェルトくんの記憶を失い、世界がヴェルトくんの敵になっても……地の底から這い上がって、瞬く間に世界の頂上にヴェルトくんは駆け上がった! 全てを思い出した私たちに、一生恨まれても仕方のない私たちに、イジワルな仕返しをするだけで、ヴェルトくんは笑っていた! 自分の娘が攫われて、世界の果てまで命懸けで取り戻しに行き、強大な敵に怯むことなく立ち向かっていった! 私たちの世界の全ての歴史と種族を変え、亜人も魔族も人間も関係もなくなった世界を作った!」


 途中から、ペットは涙を流しながら、それでも必死に叫んでいた。



「あなたに、ヴェルトくんの何が分かるんですか! ヴェルトくんを、ちょっとエッチで乱暴者で、奥さんの多い人とだけしか知らないくせに、ヴェルトくんのことを言わないでください!」


「ペット・アソーク………お前は………」


「私は知ってる! 小さい頃から、ヴェルトくんのことを知っています! 私の知っているヴェルトくんは……あなたたちの妄想の王子様より、私にとってはずっと大きくて、勇敢で、素敵な人なんです! そんなヴェルトくんを私はずっと前から! ずっと前から………」



 ずっと前から………えっ、お、おまえ、まさか?



「ずっと前から、だいす………あっ……はうっ! だ、だい、だいじょ~ぶなひとだとおもってたんだよ~~~~」


 

 今、お前が大丈夫じゃねえ!

 鼻息荒くして、なんか、言いたいことを言おうとした瞬間、ペットは周りをキョロキョロ見渡し、状況を把握し、すぐに顔を真っ赤にして、煙をプシューと頭から吹き出した。



「ぺ、ペット、そ、そんなに俺のこと大好きなのは分かったが、ダメだからな? おれ、結婚してるから、これ以上は嫁増やせないから」


「こ、こ、ここここここ、こ、こけ~こ、す、こういうところ、本当にアレだけど、ヴェルトくんはとにかくすごい人なんです!」



 あ~、危なかった、一瞬、俺もクラっとしかけたけど、うん、あ~、危なかった。

 

「い、意外な展開なんで。あのヴェルトが照れて、うろたえた」

「た、確かに、そ、そうでござる。しかし、ペット殿の言葉は拙者も同意でござるが、女性経験豊富な殿がどうしてこれほど?」

「いや、考えてみるんで。付き合いの短い俺でも分かるが、あいつの嫁六人を思い浮かべたら一瞬で分かるんで!」


 どういうことだよ、ニート。………俺の嫁六人を思い浮かべたら分かる?



 フォルナの場合。『さあ、ヴェルト。今宵は寝かせませんわ! 運命で結ばれしワタクシたちの愛の育みに、無駄な時間は許しませんわ! さあ、さあっ!』


 ウラの場合。『ヴェルト、み、見てみろ、は、は、裸エプロンだぞ? こ、このスケベーめ。く、来るなら来いッ! 来ないなら、こっちからイッちゃうぞ♥』 


 エルジェラの場合『ヴェルト様。さあ●●△■□××、●●××、です、ああ、ヴェルト様、●○◇××□■』*表現不可


 アルーシャの場合。『あら、ヴェルトくん。その疲れたって顔はどういうつもりかしら? まさか、私のことが嫌になったとか? 残念だけど、もうそれは手遅れよ。あなたがどれほど嫌がろうと、別れてあげないし、逃がしてあげないんだから』


 アルテアの場合。『ギャハハハハハ、あ~、ウケる。ヴェルト、枯れて死ぬなよな~、んじゃ、あたしもおこぼれいただき~♥』


 ユズリハの場合。『婿~、交尾♪ 交尾♪ んっ、ちゅ~~う』



 まあ、俺とニートやムサシが思い浮かべる俺の嫁のイメージに差はあれど、俺はこんな感じだ………



「考えてみるんで。濃すぎるプレデター系プリンセスにいつも付きまとわれている中で……あんな純粋な良い子が居たら癒されるに決まってるんで! 自己中のウザとい妖精にまとわりつかれている俺にも理解できるんで! っていうか正直、俺もドキッとしたし、羨ましいと思ったんで! っていうか腐女子たちの言うとおり、あいつ爆ぜたらいいんで!」



 ニートの言ってること……そうなのかも……しれん。

 なんだろう。自分のこととはいえ、なんか恋愛ってこういう甘酸っぱいものなんじゃねえの? と思っちまった。

 こんな時だけど………


「くははは、くはははははははははは」


 笑っちまった。なんだか中坊のような青春茶番なんだが、そこまで悪い気もしなかった。

 そして、同時に思った。

 


「それが、ペット・アソークの答えか」


「くはははは、らしいぜ? ここまで言われたら、負けるわけにはいかねーな。男としてな」



 そう、負けられないと思った。

 被り物越しでも分かる、メロンの嫌悪感。これは錯覚ではなく、リアルなものだと分かった。

 でも、もうそんなのどっちでも良かった。



「だが、結果は変わらない。お前がクズであり、口だけというのは、今こうしてハッキリしている」


「どうかな? 確かに、こんな引きこもりな店内じゃ、俺は勝てねーかもな。だから、今度は不良の文化……ストリートでケリつけるか?」


「………どういうことだ?」



 そう、もう勝つしかない。そしてそのためには、錯覚だとか映像だとか、そういうもんを根本から無くしちまえばいい。



「言ったはずだ、今日限りでこの店は閉店だ!」


「………ヴェルト・ジーハ、お前はまさか?」


「ニート! ムサシ! ペットとアイドル姫連れて、伏せてろッ!」



 そのためには、映像使ってる機械とかそういうものをひっくるめて、この店そのものを破壊しちまえばいいのさ!




――あとがき――

お世話になっております! 本作週間総合ランキング97位に上がっておりました! 久々の総合100位以内でテンション上がっております! ありがとうございます!


嬉しいので、明日は2話投稿します! 朝9時頃にまず投稿し、20時ごろにもう一話投稿します! お楽しみに!


引き続き、本作の応援をよろしくお願い致します!


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